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2017年3月 8日 (水)

HIRO訳漢詩28<「春思」李白>

2017

<HIRO訳漢詩28>

3月5日の啓蟄を過ぎても、今日は小雪舞う寒さ。

久し振りに漢詩を訳してみました。

今回は李白の「春思」です。

(画像は、近くの道端で咲いていたオオイヌノフグリです。)

「春思」   李白

燕草如碧丝,秦桑低绿枝。

当君怀归日,是妾断肠时。

春风不相识,何事入罗帏。

「春の思い」

遥か燕(えん)の地の草々は青い絹糸、

こちら秦(しん)の地は桑の枝に緑滴る。

あなたが帰る筈だった今日この日、

私の心は張り裂ける。

春風は何も伝えてはくれず、

ただ帳(とばり)を揺らすだけ。

2016年11月 6日 (日)

「中国残留婦人 慰霊の碑」碑文のことなど。(2016.10.30)

 先日(2016.10.30.)、初めての山口市内へ。

 訪れたのは、山口大学吉田キャンパス内から出土した「音義木簡」がちょうど展示されていた山口大学埋蔵文化財資料館、そしてザビエル記念聖堂、国宝五重塔で知られる瑠璃光寺です。

 その瑠璃光寺裏手に広がる墓地の一角に、「中国残留婦人 慰霊の碑」があります。 碑文を書き写しました。

 <中国残留婦人 慰霊の碑>

  [碑によせて]

   聖戦を信じ王道楽土建設のため 満州に渡った開拓移民は昭和二十 年の敗戦を境に言語に絶する悲惨 な運命の人となった

   父を憶い母の名を呼び一歩いま 一歩の逃避行にたおれた姉妻子た ちは中国人の救護によって命を助 けられた

   昭和四十七年ようやく日中の国 交が回復したものの中国残留婦人 対策は戦後四十七年目の今も回復 されていない

  「祖国へ帰りたいけれども帰れ なかった!」これは国に見捨てら れ中国の地で生きてきた残留婦人 たちの思いである

   私たちはこの冷厳な事実をつた え望郷の想いの中に天の星となら れた残留婦人たちのみたまを祖国 に迎え永遠に慰め平和への祈りを こめてこの碑を建てた

  一九九二年十月一日

    中国残留婦人交流の会

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2016年8月 9日 (火)

HIRO訳漢詩26.「長江の畔」(长干曲)

HIRO訳漢詩26

<原詩> 

干曲

逆浪故相邀,

菱舟不怕

妾家子住,

便弄广陵潮。

 

 <HIRO訳>

「長江の畔」

寄せては返す浪よ浪

菱の実採りの舟揺れる

私のうちは揚子江

寄せる潮に遊ばれる

 

底本:「中国古今民歌选译

~Chinese Folk Songs and Their English Translation~」(王宏印选译

<商书馆出版>(2014北京)

 

久しぶりのブログ更新。久しぶりの漢詩訳です。

今回は、中国で古くから歌われてきている歌から、この時期に合いそうな一曲を訳してみました。

そういえば、私が子供の頃、近くの沼に遊びに行き菱の実を採って帰ると、母がそれを茹でてくれた思い出が微かにあります。栗のような味だったかなあ・・・・。

因みに、菱の実の形は、忍者が使うマキビシのそれで、鋭い角があります。

画像は、詩とは直接関係ありません。数年前の夏に訪れた上海市内の公園です。

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2016年4月11日 (月)

HIRO訳漢詩 「插花吟」 邵雍

今時分にピッタリな、宋の漢詩を一篇訳してみました。

「花を詠う」 邵雍(シャオヨン)

頭上の花は盃に映え、その盃に花あるも好し。

人生三十年を又重ね、故に四朝の盛りを識る。

加えて体は世に耐えて、時節はまさに花盛り。

酒に花影きらめけば、時をわすれて花に酔う。                                           

(訳:HIRO、2016.4.7)

(原詩)  「插花吟」 邵雍

头上花枝照酒卮,酒卮中有好花枝。

身经两世太平日,眼见四朝全盛时。

况复筋骸粗康健,那堪时节正芳菲。

酒涵花影红光溜,争忍花前不醉归。     

(邵雍:北宋の詩人、哲学者1011~1077)

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2016年2月15日 (月)

「父子」

「父子」

https://youtu.be/EyXhgEJ_BTM

ふと、朱自清の世界に通じるものがあるかと。

そして、

感動は、国境や民族や世代を超えて・・・

2016年1月 1日 (金)

HIRO訳漢詩:朱自清「漆黒」(原題:黒暗)を読む。

2016年の初めに、朱自清の詩から一篇、 私の拙訳でご紹介します。

   <朱自清>

漆黒」(原題:黒暗)

漆黒の夜、

私は独りぼっちで広場の隅に座り込んでいる。

遠くの家から漏れた灯りは、

稲妻の花紋となって、黒い絨毯に散る―。

 

それは自らが発光する。

彼らの意志に関わらず、

微弱な力で揺れ動き。

ごらん、きらめきを輝きを、

これこそは闇の眼差しじゃないか!

 

震える闇夜に、

憧憬の人影がぶらついて。

周囲の柏樹は黙しながらも咆哮する。・・・・

おお、―世界の底の声よ。街の声、人の声よ。

遠くから近くから吹き寄せて、

怒涛のように沸き上がり、溶け合いながら。・・・・

闇夜の底で心が波立っているじゃないか!

 

広場は拡大して、

もうこれ以上の広がりようは無く。

闇夜の底は翼を広げて、

誰も彼らの実態を掴むことは出来ないのだろう?

彼らは慈愛、そしてまた暖かく、

そこにある全ての意志は彼らに覆われて。

自己たる所以のその全てを忘れさせられたのだ。

その一切が漆黒、

「我らと共にある!」

(一九二一年十一月七日、杭州。)

(翻訳:HIRO)

*転載流用一切厳禁です。

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2015年11月23日 (月)

2015.11.23.北京も雪に。

北京も、雪。

2015年8月23日 (日)

「立秋」今更ですが。

立秋から既にニ週間余りが過ぎた今更ですが、「立秋」と題する漢語の詩を作ってみました。

 「立秋」   HIRO

我扔一把伞

昨天也没下雨

大地出裂缝了

但是水稻都开始开花了

今天也没下雨

但是为了明天

我捡一把伞

(和訳)

 「立秋」

傘を捨てる

雨の降らない昨日に

大地にひび割れが走り

それでも稲の花は開き始めている

今日も雨は降らないが

それでも明日の為に

私は傘を拾う

2015

2015年8月 1日 (土)

朱自清「荷塘月色」(月下の蓮池)~後半部分~  

*6月下旬に投稿した朱自清の「荷塘月色」(月下の蓮池)前半部分に続いて、やっと後半部分です。翻訳をしたのは昨年末でしたが、どうにもこうにも困難を極めた部分です。

   「荷塘月色」(月下の蓮池)~後半部分~  

(承前)不意に私は「採蓮」の故事を思い起こす。「採蓮」は江南地方の旧い習わしだが、とても早くから有るもののようで、六朝時代に最も盛んだった。詩歌からその様子を伺い知ることが出来る。「採蓮」は少女が主役、彼女たちを乗せた小舟が揺れて、恋の歌が遠く聴こえる。「採蓮人(採蓮を愉しむ人)」については、多くを語るまい。私たちは「採蓮」を遊ぶ人々を今将に、間近に見る。あれは賑やかな季節で、そしてまた風雅な季節。梁元帝の<採蓮賦>に尋ねれば好い。

<そして艶やかな少女よ、揺蕩う船に少年と心を通わせる。水鳥が首をもたげれば、共に羽杯を交わす。藻を絡めて櫂を漕げば、船は浮草を除けて航路を開く。少女は腰に帯を結び、恋を孕んで船は行きつ戻りつ。夏の始まりにはまだ春があり、葉は瑞々しく花は咲き初めて、濡れた衣に少女は微笑み、船が傾くのを恐れて密やかに身頃を整える。>

当時の楽しげな舟遊びの光景が目に浮かぶ。この風趣よ!惜しむべきは、私たちは今や、とうにこの楽しみを忘れ去っていることだ。 それからまた、<西洲曲>の一句を思い起こす。

<採蓮その南の池は秋にして、蓮の花は頭をよぎる。頭を低くして蓮の実を遊べば、蓮の実の清らかさは水の如し。>

 今宵、もしも採蓮の人有れば、蓮の花は<西洲曲>に詠う「頭をよぎる」と重なるのだろう。ただ、水の流れに、些かも人影を見ることはできず、その興趣はない。私はこの蓮池に、ふと江南の面影を見て、それを懐かしんでいたのだ。 ―思いを巡らせ、その果てに顔を上げれば、不覚にも既に我が家の門前に辿り着き、私は軽く門を押して中に入った。何の声もそこには無く、妻はとっくに深い眠りに落ちていた。              

(一九二七年七月、北京清華園。)

*底本「朱自清散文选集」百花文艺出版社

(2014.12.28.洋文訳了)

*尚、私の拙訳、転載等禁ということで、読んでお楽しみ?くださいね。

*画像は、廿日市市極楽寺山蛇の池(2015.7.29.)

2015728

2015年7月 3日 (金)

水戸芸術館を訪ねました。

先月23日から25日(2015.6.23~25)まで茨城県水戸市に滞在していました。

<水戸>

先月下旬、茨城県水戸市へ行く機会があって、水戸芸術館へも足を延ばしました。大げさではありますが、ずっとずっと私にとっては憧れだった「水戸芸術館」。訪れた当日は、演劇は数日前に幕を下ろし、コンサートの類も、美術展も特別なものはなかったわけで、人影まばら。それでもその静かな空間を満喫できました。

パイプオルガンの下あたりだったか、壁に音楽評論家で初代館長、故吉田秀和氏(19132012)の銅版が埋め込まれてありました。その銅版には肖像画(サインから察するに横尾忠則氏によるものかなあ)と併せて論語が彫ってありました。

私なりの訳でご紹介します。

 

「知之者不如好之者 好之者不如楽之者」

「それを知っているからってそれが好きな人にはかなわないし、

それが好きだからってそれを楽しむ人にはおよばない」

 

水戸へ着いた時は土砂降りで、翌日は打って変わって、晴天猛暑。

水戸芸術館の塔から海は見えませんでしたが、芝の緑と共に、なんだか水平でゆったりとした時間を楽しむことが出来ました。

皆さんも、もしまだ行かれて無いようでしたら、いつかぜひ。(偕楽園公園へも。)

それにしても梅雨明けが待ち遠しい・・・・

 

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