HIRO訳 漢詩 Feed

2026年4月11日 (土)

抜糸後。4月半ばの憂鬱。4月5日清明節の前後、雨ほぼ日替わりで降る。

(メモ、ソノ後)

先月27日縫合処置をしてもらって数日は腕の腫れがひかなかった。

その後、ゆっくりと腫れは収まり、痛みも遠のき、その分痒みが続く。

ほぼ毎日消毒に通い、4月4日抜糸。その後も数日消毒や経過確認に通院。4月9日、やっともう大丈夫でしょうとのことで、最後の絆創膏は貼られたけど、とりあえずクリニックから解放された。案外長かった。それでも、今月27日には2回目の破傷風の注射。その5か月後に3回目の注射を忘れないように・・・・と。

相変わらず、ツレのことでばたばた。本当にばたばた。おまけに私は、疲れがたまり、発熱はないがせき込み鼻水、風邪気味。

本日は忘れていた冬用タイヤとノーマルタイヤの交換。午後は太極拳。しんどいしんどいと言いながらようやるわ!我ながら。

そうそう、月曜には、運転免許所更新のための高齢者講習を受けた。講義、適性検査、実車指導。などなど。6600円也。で、来月は、「高齢者講習修了証明書」をもって免許証更新予定。

日々は続く。不安で不穏な日々は続く。かなあ。

2026年3月28日 (土)

inunokimoti?に嚙み砕かれた安い思い込み。

木曜日(3月26日)、夕方久しぶりにウオーキングしていると、年に数回程度遭遇する大型洋犬。飼い主によるとドイツの猟犬とか。まだ幼い時から知っている犬で、私がジョギングしていて、不意に出会っても、その犬は私にすり寄り舐めてきたり。そういうわけで今回も、何の躊躇もなく頭を撫でようとしたその瞬間、ガブリと2度も腕に嚙みつかれたわけで。トレーナーの上にジャージーを重ね着しており、痛みは感じたものの、その服が破れてもいず、大丈夫大丈夫と飼い主をなだめて、帰った・・・。

家で、ジャージやらトレーナーを脱いで嚙まれた箇所を見れば、一か所は擦過傷程度。そしてもう一か所、腕の裏側辺りが、痛い。出血もしている。どうも牙で腕の筋肉がほんの少し裂けているようで。とりあえず家にあった滅菌ガーゼを傷口に当てテープで止めた。不思議とたいして痛くない。翌朝、傷口辺りがべっとりと血で濡れている。どうも気持ちが悪いので、車で数分、外科もある近くの行きつけのクリニックへ。傷口を洗ってもらい、かなり傷は深いよと先生は、結局一針縫う処置をされた。

抜糸までは毎日通院して消毒をしなさいと。ついでに破傷風のワクチン注射。化膿止め、痛み止めも処方してくれる。

それが27日の話。今日28日、クリニックで縫合した傷口を消毒してもらう。結果は良好とのこと。一安心。時折不意に出会う、散歩犬。どこの家かも知らないし。私が勝手に近づいたわけだし。大したことはなかったし。と、自分に言い聞かせたここ数日。子供のころは我が家ではずっと犬を飼っていたし・・・、犬に好かれる絶対的な自信は、見事に砕け散ったのであります。

2026年3月10日 (火)

映画「長安のライチ」~ 二年ぶりの胃カメラ。

(先週末から今週初めのメモ)

2026.3.7

今年最初の映画はライチ!

「長安のライチ」。サロンシネマにて。

客席は満員!何の予備知識も持たず、タイトルだけに惹かれて観たのだが、これがめっぽう面白い痛快エンタメ!ストーリーも俳優たちの演技も、美術も最高だった。ライチ好きはもちろん、そうでなくとも、ぜひ旬のうちに見てほしい!本当に美味しい!窓口で聞けば聞けば、連日大入りとのこと。喜ばしい中国映画、流石!

2026.3.9

Hクリニックで、二年ぶりに胃カメラを飲んだ。

結果は問題なし。

ピロリ菌を除菌した前回よりポリープ(良性)も減少。

とりあえずは一安心。

だが、体は、おなかも含めて相変わらずしんどい。心因的?ストレス?

辛し。体重はぎりぎり52キロ。とか。

2024年11月 8日 (金)

活着。~始発に乗って。

今日街で偶然隣り合わせた女性。

87歳の現役介護ヘルパーさんだった。

夫に先立たれ、身体の不調を訴えながらも、50CC バイクで移動しているとか。会社が必要としてる限りは続けると。

中国語の「活着」が頭に浮かんだ。日本語に訳せば「生きる」だが、ニュアンスは「生きている」。そして生きていく。まさに。

2024年7月 1日 (月)

先々週からの雨は、止まない。(「雪朝」翻訳始めるも手強し。)

今日から7月。文月。七夕月とか。

先々週6月21日金曜日から断続的に降り続いている雨、昨夜は愈々激しく、市内各所に避難指示も。

肩の調子も一進一退。なんだかなあ。気分も晴れない。梅雨明けは何時か!!

(メモ)

「雪朝」の翻訳、先週6月24日一応スタート。

先ずは第一集、朱自清の『睡能小小的人』から。手強し。

完訳まで5年で済むか、十年かかるか、果たして。

生きなきゃ!」


YouTube: 「蛍の唄」lulu&tonys

2024年6月21日 (金)

「買わなかった」二人それぞれの「櫂の音に灯影の揺れる秦淮河」

俞平伯「奖声灯影里的秦淮河」を翻訳しました。

2020年2月に翻訳した朱自清版に続いて、2024年5月にやっと俞平伯版「櫂の音に灯影の揺れる秦淮河」を翻訳しました。

今から百年余り前、同じ日同じ船に乗り、中国の南京を流れる秦淮河の一夜を楽しんだ若き日の作家二人の、同じ題名による散文です。

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2024年4月 5日 (金)

花蓮のマグネット。

4月3日午前7時58分(日本時間8時58分)、台湾花蓮県海域で発生したマグネチュード7.3の地震で、4日現在、死者10人、負傷者1100人、連絡がつかない人が約10人、そして約700人が孤立。山崩れや建物崩壊など大きな被害が出ています。亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。また、被害に遭われた方々に心からお見舞い申し上げます。

今から十数年前の初夏(2012.6.9)、台北から花蓮まで電車に乗って一人旅をしたことがあります。電車内では、たまたま乗り合わせた台北から太魯閣へ向かう家族と話が弾み、私の拙い中国語に付き合ってもらった記憶があります。また、花蓮では、レンタサイクルで郊外まで足を延ばしました。

こんな形で花蓮を思い出すことになるとは・・・。

花蓮県や被害に遭われた地域の人々の暮らしが、一日も早く元に戻りますように。

あの花蓮の旅の記念に花蓮駅で買い求めた、マグネットを眺めながら心からそう思います。

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2023年10月16日 (月)

HIRO訳 漢詩31.李商隠「<無題二首>其の二」(重帷深下莫愁堂)

久しぶりのHIRO訳 漢詩です。

今回は李商隠(813?~858?晩唐、詩人)の、「重帷深下莫愁堂」から始まる七言律詩「<无題二首>其二」を訳して、投稿ました。

この中には金木犀も詠まれており、季節も丁度良いかと思ったわけです。尚、この漢詩の第二句「卧后清宵细细长」が、近代中国の文学者、俞平伯(1900~1990)の散文「浆声灯影的秦淮河」(櫂の音に灯影の揺れる秦淮河)に引用されています。

(原詩)

  李商隠「<无題二首>其二」

重帷深下莫愁堂,卧后清宵细细长。

神女生涯原是梦,小姑居处本无郎。

风波不信菱枝弱,月露谁教桂叶香?

直道相思了无益,未妨惆怅是请狂。

(HIRO訳)

 李商隠「<無題二首>其の二」

幾重のとばり深く館に莫愁(*)の面影あり、

横たわれば宵はしずやかにしてひたすら長い。

仙女は私の生涯も夢にしかあらずと語り、

あの娘の住まいにあなたはとうにいないとも。

風に波立つ池の菱は揺れ惑い、

月の雫は木犀の葉末に香りを伝える。

一途に思い続けても無益だが、

うち萎れた私を覆うのは愚かな反骨かも。

(2023.8.19)

*莫愁(ばくしゅう):古代中国の美女。

写真を二枚添えます。

「菱」は、広島市植物公園で2023年8月19日に撮影。

「金木犀」は、我が家の玄関先で2023年10月14日に撮影。

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2023年8月22日 (火)

日に背き頭を垂れし向日葵は生を宿して朝に斃る

日に背き頭を垂れし向日葵は

生を宿して朝(あした)に斃る

        永洋 (2023.8.22)

朝から酷暑の今日22日は、私の父の17回目の命日。生きていれば93歳、か。

だからと言って特別な何事も、まあ、しない。

冒頭の短歌は、今日に日付が変わった深夜にふと頭に浮かんだもの。

17年前、2006(H18 )年の8月21日夜には雨が降った。そして翌22日朝方、父は病院で母と私に看取られて旅立った。

それから、葬儀、納骨など・・・、が、私は余り泣かなかったような記憶がある。

テレビドラマや映画のように、ことはそうドラマチックではない。

淡々と過ぎて行った。そして、淡々と17年。

当時、うっすらと涙が滲んだことは数回あったような気がするが、父の事で慟哭した記憶はない。

ただそれは、父に対する思いの濃淡、そうした結果からではない。

神棚の榊を換え、水を換え、父の好物のメロンパンを供え。

今年の夏は殊の外暑い。

そして晩夏。窓の外で、雨を待ちながら秋の虫が鳴いている。挽歌、かな。

網戸に張りついたヤモリが餌の到来を待っている。

野良猫が何ものかを威嚇する唸り声が聴こえる。

明日23日は天気が崩れるとか。

2023年7月 7日 (金)

「私」を巡る三部作「キリエ~京橋川の泥に塗れて~」「蛙」「或いはH君のこと」についての若干のメモ。

私の永洋名義での数少ないと言うか、小説は実質この3作だけなのだが、纏わるメモを。ふと。

脱稿直後、この3作をそれぞれ数部づつプリントし、紐で綴じ、ホッチキスで綴じ、数人の友人にのみこちらから勝手に送りつけ、もう見返すことは読み返すことは無いだろうと思っていたのだけれど、本棚を整理していて、零れ落ちたこれらをぱらぱらと読み返せば、やはり胸苦しい程の思いが込み上げてくるのだ。当時、読んでくれた友人には、こっぴどく哂われたのだが・・・

いいよ、これで、・・・と言う気持ちがやはりある。まあ、記憶を記録しておくと言った思いもある、「わたくし小説」なのだから。

永洋<「私」を巡る三部作>

「キリエ~京橋川の泥に塗れて~」(2017.10.31~2020.10.17)

「蛙」(2016.7.6~2020.12.15)

「或いはH君のこと」(2006.12.30~2021.5.11)

「キリエ」の殆ど最後に(憐れみ給うな!)と記している。

まさに!である。