HIRO訳 漢詩 Feed

2015年8月23日 (日)

「立秋」今更ですが。

立秋から既にニ週間余りが過ぎた今更ですが、「立秋」と題する漢語の詩を作ってみました。

 「立秋」   HIRO

我扔一把伞

昨天也没下雨

大地出裂缝了

但是水稻都开始开花了

今天也没下雨

但是为了明天

我捡一把伞

(和訳)

 「立秋」

傘を捨てる

雨の降らない昨日に

大地にひび割れが走り

それでも稲の花は開き始めている

今日も雨は降らないが

それでも明日の為に

私は傘を拾う

2015

2015年8月 1日 (土)

朱自清「荷塘月色」(月下の蓮池)~後半部分~  

*6月下旬に投稿した朱自清の「荷塘月色」(月下の蓮池)前半部分に続いて、やっと後半部分です。翻訳をしたのは昨年末でしたが、どうにもこうにも困難を極めた部分です。

   「荷塘月色」(月下の蓮池)~後半部分~  

(承前)不意に私は「採蓮」の故事を思い起こす。「採蓮」は江南地方の旧い習わしだが、とても早くから有るもののようで、六朝時代に最も盛んだった。詩歌からその様子を伺い知ることが出来る。「採蓮」は少女が主役、彼女たちを乗せた小舟が揺れて、恋の歌が遠く聴こえる。「採蓮人(採蓮を愉しむ人)」については、多くを語るまい。私たちは「採蓮」を遊ぶ人々を今将に、間近に見る。あれは賑やかな季節で、そしてまた風雅な季節。梁元帝の<採蓮賦>に尋ねれば好い。

<そして艶やかな少女よ、揺蕩う船に少年と心を通わせる。水鳥が首をもたげれば、共に羽杯を交わす。藻を絡めて櫂を漕げば、船は浮草を除けて航路を開く。少女は腰に帯を結び、恋を孕んで船は行きつ戻りつ。夏の始まりにはまだ春があり、葉は瑞々しく花は咲き初めて、濡れた衣に少女は微笑み、船が傾くのを恐れて密やかに身頃を整える。>

当時の楽しげな舟遊びの光景が目に浮かぶ。この風趣よ!惜しむべきは、私たちは今や、とうにこの楽しみを忘れ去っていることだ。 それからまた、<西洲曲>の一句を思い起こす。

<採蓮その南の池は秋にして、蓮の花は頭をよぎる。頭を低くして蓮の実を遊べば、蓮の実の清らかさは水の如し。>

 今宵、もしも採蓮の人有れば、蓮の花は<西洲曲>に詠う「頭をよぎる」と重なるのだろう。ただ、水の流れに、些かも人影を見ることはできず、その興趣はない。私はこの蓮池に、ふと江南の面影を見て、それを懐かしんでいたのだ。 ―思いを巡らせ、その果てに顔を上げれば、不覚にも既に我が家の門前に辿り着き、私は軽く門を押して中に入った。何の声もそこには無く、妻はとっくに深い眠りに落ちていた。              

(一九二七年七月、北京清華園。)

*底本「朱自清散文选集」百花文艺出版社

(2014.12.28.洋文訳了)

*尚、私の拙訳、転載等禁ということで、読んでお楽しみ?くださいね。

*画像は、廿日市市極楽寺山蛇の池(2015.7.29.)

2015728

2015年7月 3日 (金)

水戸芸術館を訪ねました。

先月23日から25日(2015.6.23~25)まで茨城県水戸市に滞在していました。

<水戸>

先月下旬、茨城県水戸市へ行く機会があって、水戸芸術館へも足を延ばしました。大げさではありますが、ずっとずっと私にとっては憧れだった「水戸芸術館」。訪れた当日は、演劇は数日前に幕を下ろし、コンサートの類も、美術展も特別なものはなかったわけで、人影まばら。それでもその静かな空間を満喫できました。

パイプオルガンの下あたりだったか、壁に音楽評論家で初代館長、故吉田秀和氏(19132012)の銅版が埋め込まれてありました。その銅版には肖像画(サインから察するに横尾忠則氏によるものかなあ)と併せて論語が彫ってありました。

私なりの訳でご紹介します。

 

「知之者不如好之者 好之者不如楽之者」

「それを知っているからってそれが好きな人にはかなわないし、

それが好きだからってそれを楽しむ人にはおよばない」

 

水戸へ着いた時は土砂降りで、翌日は打って変わって、晴天猛暑。

水戸芸術館の塔から海は見えませんでしたが、芝の緑と共に、なんだか水平でゆったりとした時間を楽しむことが出来ました。

皆さんも、もしまだ行かれて無いようでしたら、いつかぜひ。(偕楽園公園へも。)

それにしても梅雨明けが待ち遠しい・・・・

 

Photo

 

 

2015年5月 3日 (日)

HIRO訳漢詩25:「題春晚」(「晩春に」)周敦顧

HIRO訳漢詩25

 

「題春晚」    周敦顧

 

花落柴门掩夕挥,

昏鸦数点傍飞。

吟馀小立阑干外,

遥见樵渔一路归。

 

 

 

「晩春に」 (周敦顧

 

花は散り日は落ちて、

数羽の鴉が渡って行く。

ひと時欄干に佇めば、

樵や漁夫や家路を急ぐ。

 

(訳:洋文、2015.4.29

周敦顧:宋の人、1017~1073

 

 

 

2015年4月 6日 (月)

清明節の雨。

昨日は、雨の止み間に薄日が出たので、友人と友人のワンちゃんとお花見をしました。

おはようございます。 昨日から断続的に清明節の雨です。

なんか、毎年この時期に投稿しているような気がしますが、なかなか納得がいかないわけで、というわけで、今年も杜牧の「清明」を訳しなおしてみました。

画像は、昨日の朝の庭の沈丁花です。

(この雨が上がれば、近くの農家で杏も咲き始めるかも。)

「请明」    杜牧

请明时节雨纷纷

路上行人欲断魂

借问酒家何处有

牧童遥指杏花村

(HIRO訳) 「清明」    杜牧

清明節の雨しとと降り、

路上の人は震えるばかり。

酒場は何処かと問えば、

牧童の指先に杏の花の村。

Photo

2015年3月24日 (火)

HIRO訳 漢詩24 「春晚书山家屋壁(春晩、壁に書き記す)」貫休

寒の戻り。今朝から断続的に吹雪き。それでも庭の山茱萸(さんしゅゆ)は満開です。

というわけで、今回は晩唐の詩人、貫休の、二編からなる「春晚书山家屋壁」の

その最初の一編を訳してみました。

詩の中に鶯の鳴き声が聞こえてきます。

そして、鶯は、中国では「黄鳥」とも書きます。

山茱萸の鮮やかな黄色もまぶしいこの季節にピッタリと、思ったわけで・・・。

(画像は、我が家の庭のその山茱萸です。)

「春晚书山家屋壁」    贯休

柴门寂寂黍饭馨,

山家烟火春雨晴。

庭花蒙蒙水泠泠,

小儿啼索树上莺。

(訳:HIRO、2015.3.21)

「春晩、壁に書き記す」 (貫休)

茅の軒には黍(きび)飯が馨り、

夕餉の山里に春雨は上がる。

庭の花に霧深く水はりんりん、

童は樹上に鶯を捜す。

(貫休:晩唐の詩画僧、832~912)

2015

2015年3月22日 (日)

HIRO訳 漢詩23 「梅花落」(鮑照)を訳す。

数日前から、やっとやっと梅の花が開き始めた我が家の庭。

というわけで、久し振りに漢詩。 画像は、「彼岸の梅」といった風情かな。

(今回の訳、マジ超難い!嗚呼!題名もそれなりに考えてみたんですけどね、どうでしょう。)

「梅花落」    鮑照

中庭杂树多

偏为梅咨嗟

问君何独然

念其霜中能作花

露中能作实

摇荡春风娟春日

念尔零落逐寒风

徒有霜华无霜质

(HIRO訳)

「梅花頌」

庭の雑木の中で、

何より私は梅が好き。

何故に?って問われたら、

梅は霜に耐えて咲き、

露に実を結ぶから。

あなたは東風に揺れ春の光に戯れて、

やがては寒風に散るさだめ。

その花の霜の白さも凍えるばかり。

(鮑照:南朝・宋)

2015

2015年1月 1日 (木)

未来の種子!

夜のとばりは重く、 大地を覆っている。

新年は翅を開き始めている。

ああ!なんと麗しく鮮やかな赤い翅!

彼女の口には深く澄んだ黄金の粒―

 「未来」の種子。

(朱自清「新年」より:拙訳)

2015年、世界中に幸多くありますように。

2014年9月27日 (土)

HIRO訳 漢詩22「十五夜望月」(王建)

満月にはまだ数日あるのですが、もう金木犀の花が薫り高く満開です。

というわけで、唐の詩人、王建の「十五夜望月」を訳してみました。

画像は、今日未明に撮った庭の金木犀です。

  「十五夜望月」       (王建)

...

中庭地白树栖鸦,

冷露无声湿桂花。

今夜月明人尽望,

不知秋思在谁家。

「十五夜」

庭は白く輝いて木に鴉が宿れば、

露は冷たく音もなく木犀の花を潤す。

人は今宵の月に望みを託すのだが、

君は何処で何を思うのだろう。

                   (棗樹訳)

2014927

2014年9月 5日 (金)

HIRO訳 漢詩21、「峨眉山月歌」  李白

今夜は月齢10.5。

半月は過ぎたけれど、久し振りに雲が切れて、きれいな月でした。

最近の私のお気に入り、李白の「峨眉山月歌」を、私流に訳してみました。

「峨眉山月歌」  李白

峨眉山月半轮秋,

影入平羌江水流。

夜发清溪向三峡,

思君不见下渝州。

「峨眉山月の歌」

峨眉山に半月が懸る秋、

影は平羌(へいきょう)江(こう)の水面に落ちる。

夜には清溪を発って向かう三峡、

思えど君に会えず渝州(ゆしゅう)を去る。

(棗樹訳)