黄灯は標となって秋雨哉
黄灯は
標となって
秋雨哉
(永洋 yongyang.2020.9.24)
黄灯は
標となって
秋雨哉
(永洋 yongyang.2020.9.24)
HIRO訳漢詩(8)
久し振りに、漢詩翻訳を投稿しました。
李商隠のこの詩は、以前、翻訳途中に、余りの困難さに長く放り投げていたもの。今回、再チャレンジしてみました。
「無題」 李商隠
昨夜星辰昨夜风
画楼西畔挂堂东
身无彩凤双飞翼
心有灵犀一点通
隔座送钩春酒暖
分曹射覆蜡灯红
嗟余听鼓应官去
走马兰薹类转蓬
(HIRO訳)
「無題」 李商隠
昨夜の星空、昨夜の風よ。
画楼の西の畔、桂堂の東。
鳳凰の翼はともに持ち合わせぬまでも、
通う心は犀の角の稀な模様にも負けない。
春の酒に酔いしれて童の遊びに興じたり、
手の内を当て合う座興に蝋燭は赤々と。
ああ!時を知らせる太鼓は無常、
蘭台へ走る馬上の私は転がる草。
*李商隠:812‐858年。晩唐期の詩人、官吏。
*桂堂:芳しい桂材を使った、(池の)座敷。
*蘭台:当時の政府(官庁)の部署。記録局、或いは秘書省を意味する。
*今回の翻訳に際しては、新修中国詩人選集5「李賀 李商隠(荒井健 高橋和巳注)」(岩波書店刊1984年初版)所収、<「無題」李商隠>の、高橋和巳氏による訳注、背景及び単語などに関する詳細な解説が役立った。(訳注*印はこれに倣う。)個人的に、高橋和巳氏の小説に熱中した若き日々が甦り、翻訳作業は困難ではあったが同時に楽しい時間だった。結果、その出来は別として。
(2020年9月6日)
(HIRO訳漢詩29)
4月4日は暦では清明。
この季節を詠った漢詩は杜牧や孟浩然など数多くありますが、今回は、唐詩選にも収められている賈至の「春思」。
私の拙訳でどうぞ。
「春思」 賈至(かし)
草色青青柳色黄
桃花歴乱李花香
東風為不吹愁去
春日偏能惹恨長
「春思」 賈至
草は青々柳の芽は黄色
桃花舞い散り李花香る
東の風にも心は晴れず
春の日に想いはつのる
*賈至(かし):718~772。洛陽の人。盛唐の詩人。官吏。
(2020.4.4.清明)
「いつもの道だけれど」
作詞:AZMI 作曲:AZMI KAMAL
いつもの道だけれど いつもとちがう
足音がする
いつもの道だけれど いつもとちがう
草の実こぼれ
いつもの道だけれど いつもとちがう
ひとりのわたし
(間奏)
いつもの道だけれど いつもとちがう
風に揺れている
いつもの道だけれど いつもとちがう
星くず踏んだ
(2019.3.11)
「麗和:REIWA」”麗しき平和な世界”を求めて、共に歌おう!
”好一個美麗新世界”、和我一起唱!
(出典は我が心にあり)
一週間前、2018年1月28日日曜日、朝、友人と私の愛犬ルルが14歳と7か月余りのこの世での生を終え、遠く旅立ちました。
とてもとても悲しいむなしい一週間」が過ぎました。
二週間以上、毎日雪が降っています。凍える寒さが続いています。
ルルに献じる弔詩です。
中国語と日本語で書きました。
献给璐璐
吊诗「野舟」
一艘舟被冲上草荒边来
夹小雪的寒风吹哭了它
撕破耀眼的阳光照进了
那是年轻的时候
现在无常的放弃渐渐被埋没的
一艘舟
它站在舟头
我再往前划
它展翅飞翔到天空再次哭起
永远地离开了我
(回诗)
哎哟
我看到家里灯亮着
我想回家但是我回不去了
望着天空再次哭起
弔詩「野の舟」
野の汀に打ち上げられた一艘の舟よ
小雪交じりの寒風に哭いている
あの眩い陽射しを切り裂いて進んだ
若々しき日々よ
今は儚く打ち捨てられて朽ちて行く
野の舟よ
私はあなたを舳先に乗せ
また漕ぎ出す
羽を大空へ広げ歓びに哭き続ける
あなたと共に
(2018.1.29.荼毘の日に)
(返詩)
おうおう
遠く家灯りがみえる
帰ることはもう無く
天にまた哭く
(HIRO訳漢詩26)
<原詩>
「长干曲」
逆浪故相邀,
菱舟不怕摇。
妾家扬子住,
便弄广陵潮。
<HIRO訳>
「長江の畔」
寄せては返す浪よ浪
菱の実採りの舟揺れる
私のうちは揚子江
寄せる潮に遊ばれる
底本:「中国古今民歌选译
~Chinese Folk Songs and Their English Translation~」(王宏印选译)
<商务印书馆出版>(2014.北京)
久しぶりのブログ更新。久しぶりの漢詩訳です。
今回は、中国で古くから歌われてきている歌から、この時期に合いそうな一曲を訳してみました。
そういえば、私が子供の頃、近くの沼に遊びに行き菱の実を採って帰ると、母がそれを茹でてくれた思い出が微かにあります。栗のような味だったかなあ・・・・。
因みに、菱の実の形は、忍者が使うマキビシのそれで、鋭い角があります。
画像は、詩とは直接関係ありません。数年前の夏に訪れた上海市内の公園です。
2016年の初めに、朱自清の詩から一篇、 私の拙訳でご紹介します。
<朱自清>
「漆黒」(原題:黒暗)
漆黒の夜、
私は独りぼっちで広場の隅に座り込んでいる。
遠くの家から漏れた灯りは、
稲妻の花紋となって、黒い絨毯に散る―。
それは自らが発光する。
彼らの意志に関わらず、
微弱な力で揺れ動き。
ごらん、きらめきを輝きを、
これこそは闇の眼差しじゃないか!
震える闇夜に、
憧憬の人影がぶらついて。
周囲の柏樹は黙しながらも咆哮する。・・・・
おお、―世界の底の声よ。街の声、人の声よ。
遠くから近くから吹き寄せて、
怒涛のように沸き上がり、溶け合いながら。・・・・
闇夜の底で心が波立っているじゃないか!
広場は拡大して、
もうこれ以上の広がりようは無く。
闇夜の底は翼を広げて、
誰も彼らの実態を掴むことは出来ないのだろう?
彼らは慈愛、そしてまた暖かく、
そこにある全ての意志は彼らに覆われて。
自己たる所以のその全てを忘れさせられたのだ。
その一切が漆黒、
「我らと共にある!」
(一九二一年十一月七日、杭州。)
(翻訳:HIRO)
*転載流用一切厳禁です。