パーキンソン病 Feed

2025年8月30日 (土)

続・灯浮標48 パーキンソン病患者の行く末。

先日(8月27日)、ケアマネージャーと、老人ホーム&介護施設紹介業の担当者が自宅に。

Sと、介護施設、老人ホーム入居条件、予算、必要金額などについて話を聞く。

特に、金額の問題は思っていた以上にシビア。また、入居後も現在と同様の医療が約束されるかどうかも、色々難しい問題があるようだ。まあ、今すぐではないにしろ、考えておく必要がある。(案外Xデーは早いかも。ヘルパーさん、ショートステイ、デーサービスなどを除き、すべての自宅介護を24時間担っている私の体力、マインドの限界もある)

とにかく、Sの親族の助けは一切無いと考えておかなければならないし。(先日の電話でも、結局は突き放された感がある。)正直、辛い。

さて、昨日の言語療法の際、作業療法士からSno舌根沈下が気になるといわれる。これは以前、訪問看護師からも言われたような記憶が。気を付けなければならないのだが、さてどうしたものか。

なかなか悩みは尽きない。

今日も、デーサービスから帰宅後、どうも幻覚の中にある様子。(私は、ため息)

2025年8月20日 (水)

続・灯浮標47 パーキンソン病とギャンブル依存症の絶望的闇。

先週の初めからまたも、ギャンブル依存症の症状酷いS。

豪雨の中でもパチンコ屋へ行こうとする。

全く救い難い。

どうにか押しとどめたものの、疲労困憊。

いっそ特養とか頭をよぎるが、思い切れない。

Sのお姉さんに電話するも、泣き言風の返答の向こうに、そっちで勝手に施設に入れて結構と、いつもの言葉。そんな簡単にはいかない。私にはそんな義務も権利もない。

もともとの資質、承認欲求も強い。加えて幻覚幻想も、ここのところ激しい。

まったく孤立無援の日々が続く。

パーキンソン病は基本、神経内科がかかりつけ医となっている場合が多い。しかし、精神科、心療内科もふさわしいのではないかとも私は思う。

以前にも度々触れているが、医師の処方箋、あまりにパーキンソン薬を多く出しすぎるのではないか。それによって、副作用として、病的博打に浸かってしまう患者も多いのだから。

製薬会社、病院、医師、薬局、そこに横たわる闇を憂える。どうしようもない、絶望の淵で。

2025年7月22日 (火)

続・灯浮標46、パーキンソン病、ヤール5の現実。意識消失の浮沈。

このところの症状の特徴。(2025.7.21.)

Sは、先週末から1泊2日でショートステイ。

このところ、血圧の上がり下がりが激しい。医師の管理の下で降圧剤を服用しているが、パーキンソン病の特徴か、日々の変化が大きい。

先日20日、ショートステイから帰った夜。

例によって、食後Sga車いすの上で全く動かなくなる。

(20時30分)

血圧。79-47 脈拍69、体温37,0度

ベッドに寝かせて足を高くする。

(21時30分)

血圧。95-66 脈拍57。体温36.7度。酸素100%。

*尚、朝食前の血圧は、ほぼ毎日<150台-90台>から<130台ー80台>。で推移。

ここまで低い数値ではないが、こうした状況は昼間でもたびたび起こる。(入浴介助の際、ヘルパーさんが安全に入浴させるために、毎回大変。)

Sは、ここ数週間、パソコンと原稿用紙を使って書き物をしているようで、それが体調の変化にも関係しているようだ。とにかく、マドパー錠の効き方も、悪い。

いずれにしても、日中のOFFが増加している。

2025年6月22日 (日)

明け暮れて夏至。

朝10時過ぎ、Sをショートステイに送り出した後、いつもの往復3.5キロコースを軽くジョギング。

それから、太極拳教室へ。

帰路、スーパーで買い物。帰宅は夕方5時半。

今日6月21日は夏至。まだまだ明るいし暑い。

遅い昼食をとって、近くの湯治場へ。

夜8時半ごろ、別の温泉場へ向かう。目的は温泉ではなく今日から始まったホタル祭り。

ところが、強烈な混雑、大渋滞。これではホタルも怯えて光るものも光らないのでは。

一人、車の窓から祭りの喧騒を眺めれば、殆どが家族連れかグループ、私のようにお一人さんは皆無。結局どこの駐車場も満杯で、まあまた来ればいいやと、Uターン。

ホタルの光に亡き人の魂のようなものを重ねれば、わざわざホタル祭りには現れないか、などと、一人納得したわけで。

明日は朝のうちにSを迎えに行く。sの友人がやってくる。

つかのまのリラックス。夜10時過ぎて一人晩飯を食べていると、気持ちがすーっと軽くなって行くのを実感する。やはり、休息が必要なのだ。本当に・・・。ここ数日続く強い痛みの口内炎も、心なしか安らいだ感じ。

夏至の一日がもうすぐ終わる。

まだ備蓄米を買ってはいない。並んでまで買う時間そのものが私にはないし、その元気もない。

権力者のパフォーマンスに踊る庶民、悲し。(本当に切実に必要な人に、おいしく安いお米を届けるのが政府の仕事ではないのか!)

2025年6月15日 (日)

続・灯浮標45。幻覚幻聴の果てに。

夜9半ごろ、階下のリビングに置いたベッドで眠っているはずのSに、導眠剤と明日朝の薬を用意するために、階段を下りてみると、Sがベッドにいない。リビングにもいない。

廊下の先、上がり框の上で転倒している。外で音がしたので確かめようと、外に出ようとして、バランスをくずして倒れたようだ。幸いけがはしていない。

私は、肩の腱板断裂で手が思うように動かないのだが、ヘルパーさんや看護師さんをこんなに遅く呼ぶ気にもなれず、なんとか引き摺り挙げて歩行器を持たせて立ち上がらせる。

本人は嫌がるのだが、どうにかベッドに寝かしつけた。

これからを思うと、気が重い。

やるせない。Sには私の介護の大変さなどまったく思いもしていないのだろう。

初めてのことではないが、本当につらい。

Sは、こうして、自分の運命を閉じて言っていることに気づいてはいない。

パーキンソン病患者のあるある的な出来事である訳なのだろうが、それにしても・・・・

2025年6月14日 (土)

続・灯浮標44.ヤール5の憂鬱と現実。

今年度(R7)の特定医療費(指定難病)受給者証更新手続きのため、かかりつけ医に作成してもらった臨床調査個人票。

その項目のなかで、重症度分類は、昨年度までのヤール4から今年度は最も重いヤール5(介助なしにはベッドまたは車いす生活)に。

Sはそれなりにショックを受けたようだ。

今週の火曜日夕方から、Sが体調を崩す。咳、痰、発熱など。夏風邪をもらったようだ。

訪問看護師に来てもらい、かかりつけ医に薬を処方してもらう。

熱は一番高い時で38.4度まで。土曜日朝やっと熱も36.8度とSの日ごろの平熱にまで下がり体調回復に向かう。ただ咳は時折ある。

デーサービスに行ってもらう。

この数か月、昼間もなかなか覚醒せず眠り続けることが多くなった。

幻覚は相変わらず。

私の体の不調(両肩腱板断裂など)もあり、介護に伴う疲労がいつも以上に激しい。

2025年5月 4日 (日)

続・灯浮標43.眠る男。(或いは眠り続ける男。)パーキンソン病の執着と終着。

先日、SとSの友人と、私の運転でペット霊園まで、かれこれ一年以上になるだろうか久しぶりに墓参した。ペット霊園にはSの飼っていた愛犬3匹、Sの友人の愛犬1匹が眠っている。我が家からは高速道のアクセスもなく、途中の休憩も含めて約2時間ほどの道のりだ。往路は、後部座席を倒してフルフラット状態にしてSを寝かせた。良い天気で、Sも現地ではちゃんと合同墓にお参りもできた。問題は復路。ペット霊園近くの焼き肉店で遅めのランチをとり、こんどはSが助手席に座りたいというので座らせはしたのだが、それから2時間、全く起きない。多量の涎がたれ続けている。揺さぶっても声をかけても全く起きない。状態としては、起立性低血圧、突発性睡眠、或いは気絶。そんな様子なのだ。ただ、顔の血色は良く、脈も60程度ある。途中コンビニで休み、どうにか2時間余りをかけて自宅に着いた。直後の血圧は80~53。到着まもなくSは目覚めて、自分の足で歩行器を押して家に入ることができた。こうしたことは初めてではないが、やはり不安になる。

医師や看護師に話すが、そうそう解決策はない。パーキンソン病によくある症状ではある、らしい。帰路、ずっと助手席に腰かけていたのが、直接的にはまずかったのか。(医師によれば、血流、或いは水分が下半身に下がって体調に影響を及ぼした可能性あると。)座席に座るのは、過去の経験からしてせいぜい1時間以内か。それ以上はやはり後部席をフルフラットにして寝かせる方が無難なようだ。

今年に入って、日中、眠り続ける時間が圧倒的に増えたような気がする。また幻覚も連続して昼夜を問わない。やがては、我に返ることもなく、ほとんど毎日を眠り続けることになるのだろうか。それでも本人は、まだまだやりたいことがあるようなのだ。その執着は強い。

Sは昨日から2泊3日のショートステイ。深夜2時過ぎにSから要領を得ない電話。ショートステイ先のスタッフさんに電話をかけ、Sを見に行ってもらう。6時前、再びSから電話。どうも夢か幻覚の世界にいるようだ。

私は、眠れない。

2025年4月27日 (日)

続・灯浮標42.iPS細胞のパーキンソン病での治験&パーキンソン病の皮下注療法。

新聞発表によると、「人の人工多能性幹細胞(iPS細胞)から作った神経細胞をパーキンソン病患者の脳に移植する治験で、6人中4人で運動症状が改善し、効果が示唆された・・・・と、京大チームが発表した。」(中国新聞2025年4月17日(木曜日)付)とある。更に「住友ファーマ(大阪市)は再生医療等製品として国に製造販売承認を申請する方針・・・」だそうだ。

翌4月18日付中国新聞に「パーキンソン病 皮下注療法も選択肢」との記事。「2023年に保険適用された「持続皮下注療法」は、ポンプで薬を24時間注入することで、症状を抑える効果が長続きする。・・・、一長一短はあるが外科手術や胃ろうを用いる従来の治療法と比べて体への負担が少ない・・」(広島、福島生協病院山脇医師談)とある。

一方、従来から「DBS(脳深部刺激療法)」や「経腸療法」が、薬の効果が弱くなった進行期治療としてある。Sは、以前通院していた医師から、脳に穴をあけて電極版を埋め込む「DBS」を勧められたが、それはやらなかった。

4月19日(土)広島市内で、「パーキンソン病講演会」が開催された。これは、毎年開催されている、パーキンソン病友の会や製薬会社等の共催によるもの。

今回は、転倒と骨折、リハビリなどが主なテーマであった。また、この会は毎回「DBS」を勧める傾向が強い。そうした治療を勧める医師が講演をすることも多い。今回はその「DBS」を採用した患者の体験発表があった。

当たり前と言えば当たり前なのか、ここで、「DBS」による負の側面は、殆ど全くと言っていいほど、語られることがない。それでは不安は払拭されない。と、私は、思うのだが。実際、「DBS」によって思うほどの効果が得られなかったり、新たな困難に直面した患者の話を聞いたこともある。それを勧める病院とそれを勧めない病院・・・。

合わせて言えば、こうした講演会や友の会会報などで、患者を直接支える介護者、家族の苦難を語られることは、まずない。もちろん、薬剤の副作用的側面も強い「ギャンブル依存、性的依存、買い物依存、性格気質の亢進」、更には薬剤の過剰投与などについても、言及されることはない。そうしたことへの眼差しは、ない。そこに私は、無念、静かな憤り、むなしさを覚える。結局のところ、医師、企業の・・・と。云々。

付記;

今回、昨年に続いて、講演会の休憩時間に、Sとパーキンソン病のかつてのコーラスグループ有志による歌が、ステージ上で披露された。SはOFF 状態だったが、なんとかやり遂げることができ、その点については達成感があったようだ。私もサポートで、ステージに久しぶりに立った。

2025年4月 8日 (火)

厭桜記(仮)

昔はそうでもなかったのだ。昔と言ってもいつからと特定できるものでもないのだが、ここ数年、そして年ごとにそういう気分が増しているのだ。そう、昔ほど好きではない。この季節、街を野を埋め尽くす、溺れそうになるほどの桜の花の海に、私は辛い。むせかえるようなそれから逃げ出したいくらい。

桜の花の洪水に、大して侘びもなければ、雅趣もない。桜の名所と言われるあちらこちらでは花見客たちが桜の幹を芯に渦を巻く。車も人も渋滞する。ゴミは散乱し、アルコール類のアルミ缶は桜の根元に蹴り寄せられている。

安吾も由紀夫も嘗ては(遠い十代に)読んだけれど、今は、この時季の桜が嫌いだ。

なんでこうも人は桜を植えるのか。桜でも植えとけばなどと、中には安易なものもあるのではとも思う。

ま、永く守られている桜の古株はべつだが・・・。

それにしても、手入れのない荒れ果てた山塊や野に咲きこぼれる桜を見るにつけ、なんだか、むなしくもある。

それでも、山桜は咲いている。(山桜は、好き嫌いから除外しよう。)

山桜の足元に咲く、躑躅の赤赤とその見事さ鮮やかさ逞しさ、しなやかさにこそ惹かれる。

今、街ではソメイヨシノが散り始め、八重桜が満開だ。

2025年4月 1日 (火)

続・灯浮標41 パーキンソン病を食い潰す、ギャンブルという悪魔。

改めて。

Sがパーキンソン病と医師が診断書に書き込んだのは、2006年1月。Sはまだ50代初めだった。

あれから20年近くが過ぎる。

仕事を早期退職するその前から、地方競馬や中央競馬、海外(韓国、シンガポール、マカオ)のカジノに囚われてしまう。前後してパチンコにも入りびたるようになる。

それがすべてパーキンソン病によるものとは言えないかもしれないが、パーキンソン病薬の服薬が引き金になっているのは疑いようがない現実。

ギャンブルで、住む家も、お金も、人の信頼も失ったSを、そのギャンブルが生涯にわたってSの精神を蝕み続けるのだろう。