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2024年3月11日 (月)

没後32年、殿敷侃の眼差しを想う。

(以下の文章は、2024年2月10日に私が作成したものです。改めてここに投稿します。)

  「没後32年、殿敷侃の眼差しを想う」

 2月11日は環境アーチスト殿敷侃(とのしきただし)の命日だ。1942年広島市に生まれた殿敷は、1945年8月6日広島に原爆が投下されたその日、母と共に父を捜して広島市内に入り、二次被爆している。

 長じて1970年には殿敷の油彩「は(2)」が「朝日ジャーナル(12月6日号)」の表紙に採用され、社会的にも注目を浴びる一つの契機となった。

 彼の作品は油彩画、シルクスクリーン、インスタレーションなど多岐に渡り、環境アーチストとして活動の場は広島から国内外に広がっていた。油彩「自画像の風景」、シルクスクリーン「ケロイド」「爪」、インスタレーション「まっ赤にぬられてヒロシマが視えた」「タイヤの生る木」、そして、移り住んだ山口県長門の海岸で、多くの賛同者と共に行ったインスタレーション「山口ー日本海ー二位ノ海、お好み焼き」など、極めて刺激的だ。

 遺された映像や作品は、私に「平和」、「環境」そして「いのち」について問い掛けてくる。私は、殿敷の眼差しの先には決して諦めない未来への希求があったと思う。1992年、50歳で世を去った彼の絶筆「僕は夜明けを信じた」が、時代を越えて生き続ける彼の作品群と共に私の心を揺さぶる。そして日々の暮らしに追われ老いの前に右往左往する私の背中を、今もなお明日へと押し続けてくれる。(2024.2.10)

追記:

今日3月11日は、東日本大震災の起きた日。あれから13年。だが、その傷は未だ大きく癒えてはいない。汚染水の問題も解決していない。さらに、今年1月1日に起きた令和6年能登半島地震は、未だ多くの被災者が避難し、水道などのインフラも一向に復旧していない。志賀原発も故障した。

あの長門の海岸に打ち寄せる波、そして海は、遥か日本海の対岸ユーラシア大陸にも打ち寄せる。そして大陸を西に辿れば、ウクライナとロシアの戦禍が待ち受ける。更に西に向かえば、パレスチナの地。イスラエルの砲撃が止まないガザ地区がある。

世界は、未だまっ赤に塗られてある。

殿敷の信じた未来は今此の地、そして地球には無い。

2024年2月 2日 (金)

暮れて行く日々に。もう、そしてまだ1か月。

2月1日で発生から1か月経った令和6年能登半島地震。報道に拠れば2月1日付で石川県の死者は240人、安否不明者は15人。まだ1万4643人が避難生活。そのうち1万人近くが体育館や集会所で避難生活とか。しかも、床に雑魚寝状態。断水が続いているとはいえ、未だ入浴もしていない高齢者の方などが多数。国は一体何をしているのか。憤りを覚える。神戸や東日本など、過去の災害に何を学んだのだろうか。政府には今一つ危機感が感じられない。国民の命を預かっているというその重さが感じられない。自衛隊の初動が遅かったとも言われている。自治体と政府、自衛隊などとの連携はうまくいっているのだろうか。

棄てられてよいものなどは何もないと思う。

2023年11月19日 (日)

初冬を走る。広島ベイマラソン参加。~憎しみと悲しみ、怒りと無力。

例年よりずいぶん早く、今冬の初雪は18日土曜日。未明、雨は雪に変わって降り続き、朝には数センチ積もった。それもお昼過ぎには溶けたがとにかく寒い。この時季に雪が降るのは初めてではないものの、それにしても今シーズン、果たして雪は多くなるのだろうか。そんな予感も・・・。冬用タイヤに16日交換しておいてよかった。

さて、今日11月19日日曜日、4年ぶりにマラソン大会に参加した。

安芸郡坂町で開催された、第32回広島ベイマラソン大会の5キロの部。晴天。時折薄曇り。湾岸沿いの走路は寒さが応えた。

これまではハーフか10キロを走っていたが5キロは今回初めて。走り終えれば、事前に予想できなかったほどの足に筋肉痛。ふるまわれた牡蠣雑炊が美味しかった。

タイムは、自分にしては上出来。五キロ男子302人中176位。記録:31分40秒。

因みに、今回でマラソン大会出場は28回目。

初マラソンは1989年(H1)3月19日。第9回ひろしま国際平和マラソン大会10キロの部(34歳)。今から34年前。

・フルマラソン(1997年(H9))2月23日。’97吉備路マラソン大会(4時間32分58秒)(42歳)

・ハーフは7回出場。ベストは2001年(H13)9月2日。第18回八幡高原聖湖マラソン大会の1時間53分30秒(47歳)。

・10キロは19回出場。ベストは1997年9月7日。第14回聖湖一周マラソン大会の47分37秒(43歳)。

パレスチナ。ガザ地区。ハマスの砲撃を機にイスラエルの報復、反撃がやまない。特に病院や学校も激しく攻撃されている。

破壊し尽され、犠牲者には多くの子どもたちも含まれている。

私は、これはもうジェノサイトではないかと思う。

怒りを禁じえない。

停戦に向けた何か手立てはないのだろうか。歯がゆい。

2023年11月 8日 (水)

甕虫襲来。そしてKOTOKOKKA。

11月8日。水曜日。立冬。

十月半ばからカメムシが大量に我が家を襲来。今月11月になってもその激しさ、量は益々過激化。やっと一昨日ぐらいから減りつつ治まりつつあるようです。

どこから侵入してくるのか、部屋、廊下、トイレ、台所と至る所で旋回し、壁を這い。困り果てております。カメムシが大量発生した年は雪が多いとか。今から戦々恐々です。

それにしても、ガザの戦闘はどうなるのだろう。多くの子どもたちの命も奪われている。ニュースの映像は辛い。日本政府に出来ることは無いのか。アメリカ、イスラエルの顔色ばかり窺っているように見えるのだが。

最近、「個」と「国家」について思うことがある。生きる理由も権利も尊厳もそして名誉も、その全ては「国家」ではなく「個」に帰するのだと。

2023年10月15日 (日)

コロナワクチン7回目接種!(金木犀が薫る夜。の副反応)

昨日2023年10月14日土曜日夕方、市内の海が見える集団接種会場にて第七回目のコロナワクチン(モデルナ社ワクチン、XBB対応)を接種しました。因みに前回6回目は2023年5月28日でした。

丁度1年余り前、2022年9月末(私は28日陽性、sは29日陽性)にコロナ陽性反応が出て、高熱と咳、痰、筋肉痛、倦怠感に苦しんだのが遠い昔のような気がします。

今回、会場には案外多くの人が予約時間に合せて切れ目なく訪れていました。年齢層も幅広いものでした。

さて、私は、1回目、2回目は副反応に苦しんだものの、それ以降6回目までは副反応はほとんど無く、油断しておりました。今日の7回目接種後20分が過ぎたころから口渇、頭痛、倦怠感が始まり、夜には接種した左腕を中心に酷い筋肉痛に悩まされております。

日付が変わった夜中、例によって幻覚に苦しむsを介護、そしてこれを書いています。(一緒にワクチンを接種したsはこれまでただの一度も、そして今回もまた副反応はありません。)

外は小雨。今週初めから咲き始めた金木犀の花も濡れているのでしょう。

海の向こうの砲弾の音は届かないけれど、欝々とした日々です。ではお休みなさい。


YouTube: 金木犀の雨(lulu&tonys)

「金木犀の雨」

作詞:azmi 作曲:kAMAL 歌:lULU&TONYS

(1)

ふるさとの道は 閉ざされて

脇道見知らぬ人 濡れて行く

いつもの癖で 目を伏せて

あなたの靴音を 聞いている

金木犀の 降る雨に

あなたの靴音を 聞いている

(2)

知らないまま すれ違うなら

これからもまた ただ ひとりの道

知らないまま 去り行く人

振り向けばあなたが 居るような

金木犀の 先に海

振り向けばあなたが 居るような

(2017.10.6)


YouTube: 「金木犀の雨」lulu&tonys ライブバージョン

2023年9月10日 (日)

汚染水であり、性的児童虐待である、ということ。

東京電力福島第一原発から排出された汚染水を処理水と言い換える。

言い換えても、トリチウム、セシウムなどの放射性物質によって汚染された汚染水である事実は薄められない。

芸能事務所のトップが長年にわたって数百人、いやそれ以上とも言われる少年たちに性的虐待を加え続けた事実を性加害と言い換える。

言い換えても、その犯罪行為の事実は薄められない。

そして、多くのメディア、マスコミも、その処理水、或いは性加害の呼称を使う。

根っこは同じではないのか。

恐らく多くの市民は、国民は、たいしてそれを気に掛けること無く日々を過ごし、やがて何事も無かったかのように、風化していくのか、いや、それはまずいのだ、まずいのである。

知りながら知ろうともせず、自分自身の立ち位置を曖昧にして、楽な方へ傾いて行く。そうしてきた「私たち」が、これからもそうであるなら、曾て多くの国民が戦争へ戦争へと雪崩を打って熱狂した歴史は繰り返されないとも、限らない。

過去を掘り起こしながら、今、少なくとも私は、処理水ではなく汚染水と呼び、性加害ではなく、性犯罪として、ニュースを(正しく)読み換える。

許されざる日々を忘れてはならない。

2023年8月11日 (金)

「封口費」~福島原発放射能汚染処理水海洋放出のことなど~。

いつのまにか、8月6日、広島原爆忌は過ぎ、8日、立秋を迎え、9日、長崎原爆忌も終わり、台風6号の風や雨がまだ残っている。

東京電力福島第一原子力発電所の放射能汚染処理水を、政府は2023年(今年)8月下旬にも太平洋福島県沖に放出する方針とか。

これに反対している福島県の漁業者に対して、政府は風評被害等に対する補償費800億円を用意しているとか。これで漁業関係者が納得するのかどうか。

果たして、漁業者が納得したとして、国民はどうなのか。世界はどうなのか。

実際、中国は処理水の放出計画に厳しく反対している。

先日CCTV(中国中央電視台)を見ていたら、海外向けテレビニュースでこの漁業関係者への補償費を「封口費」と呼んでいた。まさしくそう言う訳である。これで漁業関係者の口を封じられるのだろうか。そして、国民は納得するのだろうか。

少なくとも私は、「否」。福島原発の廃炉も一向に進展しない中、運転休止中の古い原発を再稼働させ、新規に原発建設を目論む政府と経済界の方針は、どうにも納得いかない。

*おりしも、8月2日、中国電力は、山口県上関町に、原子力発電所から出る使用済み核燃料の「中間貯蔵施設」建設を検討と発表。同日、そのための調査の実施を地元の上関町に申し入れた。しかも、同施設建設が進まない関西電力と共同で建設する計画とか。なんなのこれ?結局、地元を金で懐柔してってことか?これもまた「封口費」が動く。

この国の未来が見えない。地域の明日が見えない。私たちの拠って立つところは、原発エネルギーではないだろうに。あの悲惨な現実、歴史をどう見るのか。目を塞ぎ続けるのか。「否」!

新たな自然エネルギーの活用についても、政府は積極的であるとは言い難い。

こんなんええの? やっぱりね、様々な海洋汚染が世界中で問題になっている現在、これでええの?深くやりきれなく、そう思う。

2023年7月12日 (水)

この国の向うところ。この国の為政者のありよう。なんだかもやもやするのだ。

ここ数週間断続的に降り続く雨は、特に西日本各地に甚大な被害をもたらしている。

特に、先週からの熊本県、島根県、そして福岡、佐賀、大分の被害は甚大だ。

11日朝までには九州では5人死亡など、人的被害も深刻。

九州、中国地方を中心に、線状降雨帯が発生。過去例を見ないほどの雨が降り続いている最中。その10日夜には、岸田首相は東京六本木のステーキハウスで、自民党の世耕参院幹事長、野上参院国対委員長と2時間半会食。それを表立って批判するメディアは私が知る限り無かったようだし、確かにそれは大きな批判の対象にはならないのかもしれないが、私は、なんだかもやもやするのだ。

あの首相の、いつもの、なんとも人を食ったような紋切り型の記者会見の表情が目に浮かんできてしまう。

翌11日には欧州外遊に出発。なんだかもやもやするのだ。

やはりもやもやするのだ。

この国の為政者の有り様を考えてしまう。

10日。九州の豪雨災害記事と共に、「袴田事件有罪立証へ」と新聞一面に在る。検察権力の非情に対して、袴田巌さんはすでに87歳。国家権力の有り様に、やはりなんだかもやもやするのだ。

早ければ今夏にも、東京電力福島第1原発の処理水を海洋放出とか。これもまたなんだかもやもやするのだ。

この国の霧は深い。深い靄の中に沈むこの国のこれからを思うほど私の思考力は明晰ではないが、やはり、なんだかやはりもやもやしてしまうのだ。・・・やりきれない。(この疲労感は日々のそして果てのない介護にも起因するのだが。)

今日も終日曇り。晴れない。

2023年7月 7日 (金)

「私」を巡る三部作「キリエ~京橋川の泥に塗れて~」「蛙」「或いはH君のこと」についての若干のメモ。

私の永洋名義での数少ないと言うか、小説は実質この3作だけなのだが、纏わるメモを。ふと。

脱稿直後、この3作をそれぞれ数部づつプリントし、紐で綴じ、ホッチキスで綴じ、数人の友人にのみこちらから勝手に送りつけ、もう見返すことは読み返すことは無いだろうと思っていたのだけれど、本棚を整理していて、零れ落ちたこれらをぱらぱらと読み返せば、やはり胸苦しい程の思いが込み上げてくるのだ。当時、読んでくれた友人には、こっぴどく哂われたのだが・・・

いいよ、これで、・・・と言う気持ちがやはりある。まあ、記憶を記録しておくと言った思いもある、「わたくし小説」なのだから。

永洋<「私」を巡る三部作>

「キリエ~京橋川の泥に塗れて~」(2017.10.31~2020.10.17)

「蛙」(2016.7.6~2020.12.15)

「或いはH君のこと」(2006.12.30~2021.5.11)

「キリエ」の殆ど最後に(憐れみ給うな!)と記している。

まさに!である。

2023年6月13日 (火)

周傳雄「黄昏」の歌詞を日本語に訳しました。

今から20年以上前に中華圏で発売されてヒットした「黄昏」は、台湾出身のアーティスト周傳雄(チョウチュアンション)によるもの。20年の歳月を越えて今また、台湾、大陸を問わず中華圏を中心に、当時をよく知らない若者たちからの熱い支持を受けて、大きなうねりとなっています。

現在、周傳雄は54歳。この20年余りの間に大病を患うなど苦難を克服しています。

私なりにこの曲を日本語に意訳してみました。

只者ではないこのラブソングの魅力に私も惹かれて、訳しながら何か胸に迫る、不思議な「感覚」に囚われました。

(この詩には、複層的な意味合いを感じるのです。現在、台湾や大陸の若者たちが置かれている状況になにかしらフィットするものがあり、彼らの感情を強く揺さぶるのではないか、とも思うのです。私の勝手な推測ですが。)

(日本語訳)

 「黄昏」

      作詞:陳信榮 作曲:周傳榮 歌唱:周傳雄

出来過ぎた夏は行き 辛く悲しくいいことなんか何もなく

ハンドルを握ればあてもなく果てもなく

疾走する俺の感覚

終わりなき歌を歌おう 瞳を閉じて心鎮めよう

愛するほどに愛に囚われていつも傷つく

夜が来るから黄昏は美しい

忘れられない、お前の口から零れるサヨナラは鉄のように堅く

暗がりの中で灼熱の太陽に身を焼く錯覚

黄昏の地平線 別れの台詞がボーダーになる

永い夜に未練が忍び込む

忘れられない、お前の瞳から零れるカナシイ涙には望みなく

心乱れるまま熱い涙に火傷する錯覚

黄昏の地平線 幸せのピークが断ち切られる

愛は幻のように消える

                      (意訳:永洋)(2023.6.12.)


YouTube: 【周传雄】谢谢你们走进这场「黄昏」 2023 「念念不忘」演唱会 官方剪辑版