「ミント ~mint~」LULU&tonys
6月1日のこのブログに投稿した「ミント~mint~」。
その曲をユーチューブにアップしました。試作ですが聴いてみてください。
「ミント~mint~」
作詞:AZMI 作曲:KAMAL 歌:Lulu&tonys
6月1日のこのブログに投稿した「ミント~mint~」。
その曲をユーチューブにアップしました。試作ですが聴いてみてください。
「ミント~mint~」
作詞:AZMI 作曲:KAMAL 歌:Lulu&tonys
風待、伏月、早苗月。6月。
雨に濡れた緑が目に優しい。
2月に書いた短い詞に昨夜、曲を付けてもらいました。取り敢えず今回は詞だけアップ。
曲はまた後日。
「ミント ~mint~」
詞:AZMI 曲:KAMAL
(1)
ミントちぎって 浮かべた
澄んだ カップに
わたしの顔が 揺れている
ちぎって 捨てた
ほんのきのうまでの あれこれ
けさの空気に かおり立つ
胸のたかまり
はじめましょうか
またはじめから 恋でも
(2)
けさの日差しに とけて行く
胸のせつなさ
はじめましょうか
またはじめから・・・・
またはじめから・・・
(2023.2.8)
と言えば言い過ぎなのだろうか。
あの喧騒から数日経った今、溜息と怒りと空しさ、そうした感情がうすら寒く湧いてくる。
彼ら権力者たちは結局のところ、原爆資料館見学や原爆慰霊碑献花を単なるセレモニー化して、HIROSHIMAを利用し、悪く言えば核抑止論を正当化したようなもんだ!と思えてくるのだが。
ウクライナ大統領来広に熱狂する市民たちを遠く眺めながら、私は、武器供与を要望する大統領と握手を交わすG7メンバーにある種の嫌悪感を覚えた。
例えば、ウクライナ大統領を呼ぶのであれば、無理を承知の上でもロシアや中国を招待するとか、そうした「実績」だけでも残すことは出来ただろうに、結局はあれである。
優れた記事がある。中国新聞2023年5月21日付第一面の署名記事「「広島ビジョン」に値せぬ」だ。それを読みながらぶつぶつあれこれと、思った私である。
<Murder of Geoge Floyd ジョージ・フロイドの死>
2020年5月25日、アフリカ系アメリカ人のジョージ・フロイドが、ミネアポリス近郊で警察官によって拘束殺害された。
「怒りと希望」はその記憶と共に在る。
「怒りと希望」~2020年5月25日の夜に~
作詞:AZMI 作曲:KAMAL
(1)
光を浴びて 幹は立ち
枝を落とせば 葉は繁る
たわわに実った 希望をもいで
口に含めば いのちこぼれる
*私は悲しみ 私は怒り
私は希望 私は歌う
(2)
あなたが残した 言葉には
寄る辺ない岸 ゆれる船
差し伸べたなら ふたつの手
必ずつながる 結ばれるから
*~*
(3)
袖をまくって 進もうか
膝を落として 祈りを
今は闇でも その先に
我らがかざす 灯(ともしび)がある
*~*
*~*
(2020.6.2)
2023年5月19日金曜日。夜は明けたけれど、どす黒い雨が降っている。
道を叩く雨粒にしぶきが上がり行く手を遮って激しく降っている。
ああもう5月が過ぎて行く。
警護車両に守られてトラワレビトたちの列が続く。
ブルース!
アイルランド、キルデア郡の5月はまだ寒く、セーターにコートは必需。
彼の祖先が眠るとか、
ラタンガンの教会で
橋のたもとで
雲の行方を見つめる。
その先に、歌が響くのだ。
「ささゆり一輪、野に挿して」
作詞:AZMI 作曲:KAMAL
朝(あした)に草刈れば
光はとび散り けものは潜(ひそ)む
ささゆり一輪、野に挿して
あなたの香りは
時の忘れもの 野の悪戯(いたずら)よ
ささゆり一輪、野に挿して
ささゆり一輪、野に挿して
野に挿して
(2020.6.17)
5月3日は、憲法記念日でした。
現在、政治の世界では、日本国憲法改正が俎上にあり、与野党間で様々な考え方がせめぎ合っているようです。
その一番の要となっているのが、第9条の扱いです。言うまでも無く、与党勢力を中心に9条改正への動くが高まっています。
私は、第9条はもちろん、現憲法堅持の立場をとります。
さて、日本のマスメディアにおいて、それはリベラル系、保守系でかなりの幅が有りますが報道の仕方に注意を払う必要もあるようです。
そして残念ながら、3日当日のNHK報道は、まるで改正へ向けての世論誘導をもくろんでいるのではないかとも思える報道内容には、危惧を禁じ得ませんでした。
その一例、NHKによる世論調査の結果は、憲法改正への積極的な肯定派が30パーセント台にも拘らず、あたかも世論としての改正派が多数派と言った内容などは、報道姿勢に多く疑問の残るところでした。
憲法改正へ向けての世論醸成の大きな一翼を担っていると思われるNHKのそのやり方を、これからも注視しなければならないのではないかとも思うのです。
さて、G7広島開催が近づいてきました。
交通関連を中心に、G7の名のもと、様々な規制が強まって来ています。大国と自負する7か国プラス1の「威圧的セレモニーの演出」を前に、複雑な思いがします。
話は変わります。もう5年前になりますが、平和公園に移植されている被爆あおぎりをテーマにした歌を作りました。丁度、歌に在るように、あおぎりの青葉若葉が目にまぶしい季節です。
昨日、朝方までの長い雨もやっと上がって、あおぎりの木はその葉に光の粒を纏い、瑞々しく命を輝かせていることでしょう。
YouTube: 「あおぎりの花咲く空へ」(試作)lulu&tonys
「あおぎりの花咲く空へ」
作詞:Azmi h eijima 作曲:Kamal 歌:lulu&tonys
1)
ぬかるみに 足をとられて
つまずくことも あるけれど
たゆまず ひるまず 希望を胸に
あなたといっしょに 歌おう
緑まばゆい ひろしまで
あおぎりの花 咲く空へ
生きる歓び 歌おう
生きる歓び 歌おう
2)
雨は止み また雨は降り
雨にぬれても かまわない
たゆまず ひるまず 希望を胸に
あなたといっしょに 歌おう
あおぎり育む 大地から
いくさの絶える その日まで
平和の尊さ 歌おう
平和の尊さ 歌おう
あおぎりの種 風に乗せ
みんなの願い 届けよう
明日へ いのち 育てよう
明日へ いのち 育てよう
(2018.7.12)
以前、これについて投稿したような記憶も不確かながらある。
最近よく聞く言葉に、HSP(Highly Sensitive Person)がある。巷では「繊細さん」などと呼ぶこともある、らしい。Sはどうもそれに近いような気もする。
シンプルに言えば、自意識が人一倍強く、メンタルが壊れやすい。心理学上のカテゴリーらしい。
ふと思う。Sが60歳で退職(最後の3年間は有給病休だった。)し、それから1年足らずで病的賭博に嵌まり、更にはネット詐欺に遭い、退職金はもとより全てを失う。数年後には家も手放したわけで。そして私の家に同居し借金を四年にわたって返済し、愛犬2匹を我が家で看取り、2019年9月借金完済、直後胸に膿が溜まる病気で約1ヶ月の入院。歳明けて新型コロナが蔓延。昨年2022年9月には、わたしとS ほぼ同時に新型コロナに感染。まあ、HSPにもなるよなあ・・・・などとも思うのだ。
だが、ちょっと違うのだ。自らが傷つく事には敏感(センシティブ)だが、他者に対してはそうでもなく、時にはある種「鈍感力」を発揮してしまうのだ。
私も、それに打ち負かされることは多々。全くもって困ったものだ。
(こうした傾向がパーキンソン病患者にある程度共通しているかどうか、言い切ることは出来ないのだが、私の周囲のパーキンソン病患者には、比較的そうした傾向があるような気がしてならない。)
(メモ)
台湾現代詩人シリーズ③「越えられない歴史 林亨泰詩集」(三木直大編訳 思潮社刊)読了。
*林亨泰(リンホンタイ 台湾 1924年~)
2023年4月16日。昼過ぎから雨。久しぶりに、一人でウッドワン美術館へシャガールを見に行きました。(ウッドワン美術館(Hiroshima Yoshiwa)「POWER OF COLORS シャガールを中心に」2023.3.18~5.21)
山里はもう田んぼに水が張られて田植えの準備。帰りに佐伯町の津保美堂で二重焼購入。
音楽家 坂本龍一さんが、先月、3月28日(火)に71歳で亡くなられました。心からお悔やみ申し上げます。
短歌、近作四首をここに記します。(永洋)
降りしきる涙も痛し清明夜
一人の寂寥 二人の孤独 (2023.2.18)
*清明は4月5日ですが詠んだのは2月。まあいいか、です。
情よりも術を知りたし日々のこと
懲りず怒らずあなたと暮らす (2023.3.8)
急かされて蕗の薹摘む蓬摘む
天から降りし母と並んで (2023.3.18)
問われれば沸き立つ花の苦しくて
ソメイヨシノの春は嫌いと (2023.4.1)
ネット検索によれば、広島市中町に曾てあった見真講堂は1998年閉館と、中国新聞の記事にある。その見真講堂で開催された大江健三郎(1935~2023)と井上光晴(1926~1992)の講演会に出かけたことがある。大江健三郎が「洪水はわが魂に及び」(1973年 新潮社刊)を、そして井上光晴が「心優しき反逆者たち」(1973年 新潮社)を出版して、おそらく数年後か或いは直後、私が20代半ば、大阪から広島に帰ってすぐだったか・・・(いや、大阪へ出る直前か?)。講演会の内容は、もうほとんど全くというほどに覚えてはいない。ただ、大江が「ヒロシマノート」(1965年 岩波新書)に言及し、井上が「虚構のクレーン」(1960年 未来社刊)に言及し、とりわけ虚構と事実、事実と真実に執拗な程に拘っていたような記憶が、あるにはあるが、その具体的な内容は全く覚えていない。(付け加えれば、人選からして、それぞれの近著出版元である新潮社主催だったかもしれないが、確証はない。)
さて、大江健三郎がこの3月3日午前3時過ぎに亡くなった。新聞記事には老衰、88歳とある。今、微かな人生の記憶と押し寄せる様々な重力の洪水の中で、私は、しばし感慨にふけった。感慨にふけるぐらいは許せるだろうと、自答しながら。
道を挟んで見真講堂のほぼ向かいには宿泊施設「法華クラブ」(ホテル法華クラブ広島が正式名称のようだ。それは今もそこに在る。)があった。そしてその道のどちら側かを、どういう経緯だったか高校時代の同級生W君と歩いたことがある。W君とは拠って立つ思想信条が異なっていたような気がするが、それは高校生時代の事、私に限ればいい加減不確かであいまいなそれであった。だが、W君のその磁場は私には及ぶべくもない強固なものであったような。夏だったのか日差しが暑く、そして強かった。私たちは日に晒されながら歩いていた。私に歩調を合せてくれていたW君が、ふと私に「日陰を歩けばいいのに」と言ったのだが、その彼の一言だけが私の記憶の底に沈んで今も剥がれない。同じその頃と言っても講演会からは数年後だったと思うが、いずれにせよかなり遠い。もう遥か遥かのことである。
話が外れた。・・・決して氏の熱心な読者ではない私が最初に読んだ作品は「死者の奢り」(1957年、文学界初出)。それから幾つかの作品を読んだ。そして今日までに距離は随分と離れてしまっていたのだ。願わくば、高みにて静かな日々を送られますように。
「大江健三郎さん死去」のトップニュースが載った同じ中国新聞第1面(2023年3月14日(火)付)には、並んで「袴田さん再審決定(13日)」の記事がある。袴田巌さんは現在87歳。その歳月の果てしなさ!!一日も早い再審開始と、無罪判決を!(尚、東京高検が最高裁に特別抗告の方向で検討との記事が中国新聞17日付にある。権力の横暴に言葉を失う。)