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2023年6月27日 (火)

続・灯浮標13.[2023.6.27)各種申請手続き(更新等)集中。

5月下旬から7月に掛けては、各種申請手続き、更新などが集中する。

当事者にとっても、介護者にとってもかなり煩雑である。

もう少し、何とかならないのだろうかとは思うが、縦割り行政の現実を見せつけられる。

実際に窓口で申請したものを列記してみる。(郵送で済むものもあるのだが、確認したいことなどは、やはり担当窓口に直接出かけるのが無難なわけで。)

「重度心身障害者医療費受給資格更新申請書」5月31日提出。

「市高齢者在宅介護用品支給現況届」6月12日提出

「特定医療費(指定難病)支給認定申請書(更新)」6月19日提出

 *これには、かかりつけ医の診断書も添付。

「介護保険負担限度額認定申請書(更新)」6月26日提出

Sは相変わらずではあるが、このところ食後、排便後等の傾眠状態が以前に増して頻繁である。

血圧の変動幅は、以前のような意識消失に近い状態はほぼ無いが、それでもやはり安定はしない。

相変わらず夜中の多尿、幻覚、譫妄は多少ある。神経、精神ともに睡眠時が安定しない。

特に夜明け前から朝にかけて排尿後の始末(濡れた衣服、シーツ交換等)が忙しい。

私の介護に要する体力も不安なわけで、今後の視界は不良だ。

服薬に関して、これは以前からの傾向であるが、Sの自己判断で服薬パターンを変えている。

常にチェックしないと飲み忘れも時折ある。服薬量も難しい。

2023年6月11日 (日)

続・灯浮標12(2023.6.11)パーキンソン病3.3

さして考えなくとも容易に想像はつく。

そう、老いて学ぶまでも無く。

Sを介護している私か先か、あるいはSか。

余命は尽きる必ず。

その日の為に、手だてがあるか否か。だが・・・・

ネット検索をしていたら、ある神経内科医の話として、

パーキンソン病患者の余命について、

幻視のくり返し出現から平均4.1年、

認知症発症から平均3.3年、

施設介護が必要となって平均3.3年で死亡だとか。

また、主な死因は、誤嚥性肺炎、脱水、腎機能障害、腸閉塞、等々。

(出典:ニューロテックメディカル「パーキンソン病の末期症状と余命」より)

眠れないまま時間は過ぎる。人生は疲労を刻み続けている。

日付が変わった午前零時58分、Sから電話。

尿がこぼれたズボン、紙パンツを着替えさせる。

午前5時36分、再び着替えさせる。

今日も洗濯多し。

空は曇天。

朝9時。血圧91-49.腕を替えて再計測も77-52.脈拍61.

リビングに横たわらせる。

1時間後 113-65、脈拍47.酸素量は95.

やっと落ち着く、遅い朝食。

このくり返しは、不安でしかない。

2023年6月 6日 (火)

続・灯浮標11.(2023.6.6 )陥落か、なあ・・白旗は何処?

2023年6月5日朝5時。

紙おむつから漏れて、倒れた飲料水ボトルと一緒になった尿と・・・。

ベッドの上の2枚の防水シートは大きく濡れている。

濡れたSを動かし、上から下まで全て着替えさせる。

午前9時45分~11時15分。介護ヘルパー。

午後12時15分。Sを車に横たわらせて出発。

1時~2時。Nリハビリ病院で言語リハビリ滞在。

3時。かかりつけ医、M神経内科。4週間ごとの定期診療。不眠、むずむず症候群、足のパーキンソン痛、有効な処方が無し。次の患者が待っておられるからと、退室を促されS不満。

帰途、S,急な便意。結局、車中で紙おむつに排便。帰宅後も排便止まらず。

下半身、汚れる。シャワーで流し、全身着替えさせる。後始末も時間が掛かる。

翌6日未明3時、階下からSが私を呼ぶ。

紙おむつに排尿が嫌だからと、尿瓶にも排尿が出来ず、ベッドの上もS本人も尿まみれ。

ベッドのシーツや防水シーツも全て変える。

S本人もマドパーを半錠飲ませて、全身着替えさせる。

疲れ果てた先に何があるのか。自問。答えは無い。

今日は、S、デーサービス。

その間に私は、3か月ごとに通っている市内の泌尿器科へ通院。

前立腺肥大。通常の2倍半、とか。

帰宅後、少し休んでデーサービスのSを迎えに行く。

2023年5月31日 (水)

続・灯浮標10.(2023.5.31)猜疑心。聞く耳持たず。パーキンソン病の迷路。

一昨日から雨。気象庁、5月30日梅雨入りと発表。

その5月30日の事。

いつから起きていたのかは分からない。

Sの呻き声に呼ばれて朝6時前、階下へ降りる。

S、全裸でベッドに上半身もたれた状態で激しい振顫。

未明、染髪、シャワーを浴びたらしい。危ないことこの上ない。

すぐに朝7時の薬(マドパー、ノウリアスト、ミラベックス、ランドセン(半錠))を服用させる。

少し落ち着く。体を持ち上げて、体勢を整えて、服を着せる。

車椅子でリビングに移動。

朝7時:血圧78~47 脈拍60 体温36.5

低血圧、リビングのマットレスに横たわらせる。意識はほぼある。

朝7時半:血圧89~58 脈拍52 酸素97

血圧、若干上がる。

朝8時:血圧108~67 脈拍48

血圧、ほぼ平常値に近い。

朝9時:血圧143~96 脈拍51

血圧。平常値、というか、少し高め。まあ、これがS、ほぼ普通。

この血圧の変動は怖いくらい。

S、食事をして、10時前、デーサービスへ。

相変わらず私とは言葉の応酬。私がどうしても感情に走ってしまう。

疲れが蓄積するばかりなのだが、自分のことで精いっぱいのSにはそれが理解できていない。

誰かにこの介護を分担してほしいが、これは無い物ねだり。

夕方4時半前、Sを迎えに行って帰宅。

夜7時半過ぎ、激しい振顫、全身が痙攣したようで、息苦しさもあると言う。

コルセットを外しマットレスに横たえる。

30分ぐらいたって落ち着いてくる。マドパー半錠、ランドセン半錠服用。

午後8時:血圧135~89 脈拍66 酸素98

振顫状態、普通に戻る。

一時は脈拍100を超え、酸素量も激しく上下して、救急車も考慮した。目も血走り怖かった。

急に自分の事は自分ですると言い始める。が、すぐにはそうはいかないことは分かったことなのだが。私の心が苛立つ。

ベッドに自分で行くものの、食後の薬を中なかなか用しようとしない。意固地である。

やっとベッドの上で飲ませる。

私が夜11時二階へあがってほぼ1時間後。12時過ぎ、Sが私を呼んでいる。

下りてみると、ベッドの上で、頭から枕が外れて、無理な体制になっている。

直して、導眠剤を服用させる。

本当に難しい、私の心も体も、最悪な状態に近い。

左腕に加え右腕、腰も痛む。

そのことをSに伝えると、激しく拒否反応。私の状態については効く耳を持たないのだ。私が言う事でまたオフになり、振顫が激しくなると言うのだ。

どうしようもない。(溜息)

そして31日。五月が終わる。雨は昼ごろに上る。

午前、訪問リハビリ(理学療法士)と入浴介護(介護ヘルパー)。

S、食後や排便後などの傾眠症状は相変わらずだが、一日、まずまず気分落ち着いている。血圧などの状況も、まずまず安定。

2023年5月28日 (日)

続・灯浮標9(2023.5.28)眠れないままに・・・・・

今日、5月28日午前。Sと私、集団接種会場にて新型コロナワクチン6回目接種。

(夕方から私は、副反応か注射を打った左腕及び左足が強い筋肉痛。そして倦怠感。)

午後、Sの旧知の合唱同好会60回目の定期演奏会。招待チケットを頂いていたので、Sと私、久しぶりに鑑賞。コロナ禍、4年ぶりの開催。数日来、夜、十分な睡眠がとれていず、本音は休みたかったのだが、S、どうしても行きたいと言うので止む無く。

ここ数日、夜中に何度もSに起こされる。恒常的な寝不足は深刻。体が悲鳴を上げている。

sとの間に感情的な行き違いが多し。原因は私の疲労の蓄積。

Sの病状の進行か、毎食後Sは強い傾眠状態となる。血圧が大きく下がる。そのため毎食後、Sを横たわらせる。

また、S、先日、ベッド周りに出現したムカデから、それに対する恐怖心もあり、眠りがこのところ特に浅い。

さらには、日常的に、言葉が出にくくなっているようだ。思考していることが整理できず、混乱している。表情筋も衰え顕著。老いが貌を覆う。

自我の主張が以前より更に強くなってきている。

私一人で抱えるには、正直しんどい。

2023年5月16日 (火)

`灯浮標8.(2023.5.16)パーキンソン病患者の低血圧、傾眠と対処など。

先週水曜日の低血圧による意識消失についてはこのブログ灯浮標7に投稿しているが、それからの経過など。

Sは、その後も、食事や排便などの後、強い傾眠状態に陥る。

それはほぼ毎日。ここ数週間はそうした傾向が強く、医師に話しても、季節柄、或いはSの長い闘病歴などから、致し方も無い、難しい局面で在ろうと言う話になるのだが。

なかでも、日曜日もかなりな状態に陥った。

水曜日から数日を待たずで、どうしたものか。

日曜日は、すこし多めに血圧の変動もチェックしてみた。

5月14日日曜日

(朝8:00) 111~78 脈拍67

 (9:00)  73~49 61 指先冷たく酸素量測れず。

 (9:30) 130~57 53

 (11:30) 117~74 61

(午後4:00) 102~70 85 酸素濃度96

  (8:00) 119~71 58

5月15日月曜日

(朝7:30) 140~102 61

 (9:00) 93~67 59

特に日曜日の朝食後9時時点での数値が低すぎる。ただ、水曜日とは異なり、意識はあり、マットレスに横たわらせると30分程度で血圧は上昇した。

いずれにしてもこの血圧の波は問題。

月曜日午前はヘルパーさん、午後はN病院で言語リハビリ。それから区役所での用件を済ませて、かかりつけ医のMクリニックへ。

タリージェを夕食後2.5㎎だけ飲むことに。減薬して様子見。

原因はそれだけではなく複合的、かつパーキンソン病歴20年近いその事実に直面しているというわけなのだろうが、先ずはこれでしばらくやってみる。

それにしても、Sの傾眠は多くなったし、頭の覚醒しない時間が増えた。私とのコミュニケーションもうまくいかないことが多い。

将来に亘って不安。もちろん、私の介護体力、その気力も落ちてきているわけで。

2023年5月11日 (木)

続・灯浮標7(2023.5.11)意識消失、血圧測定不能の果てに。

改めて、Sはパーキンソン病である。発症して20年近くになる。

要介護5認定。

10日、午前10時半から男性ヘルパーさんによる入浴介護。

1時過ぎから食事。お好み焼きを作ってやる。ぺろりと完食。

ふと気がつくと、1時45分ごろには傾眠状態。

いつもの事と思っていたが、なにか気になり、食器洗いなど後片付けが済んだ2時15分ごろ、Sを揺するが反応がない。垂涎、若干の吐瀉物。

血圧を、腕を替えて何度か測るがエラーばかり。起立性低血圧かと思うが不安が募る。

オキシパルメーターは97から95程度。瞬間80になることも。

脈拍は56から70程度。鼻の下に手をあてがうと、ほぼ規則的に息をしている。

それでも、いくら呼びかけても全く反応がない。体がぐったりしている。

訪問看護師ステーションに電話。代表が出るが担当看護師とは繋がらない。

Sをとりあえず車椅子からなんとか降ろし、マットレスに横たわらせて、足を高くしてやる。

Sの体調をよく知っておられるW先生に電話。留守電に状態を話して置く。

3時、訪問リハビリのI先生定刻に来られる。

症状を話す。先生が血圧を測られるが、下が低すぎてとれない。

救急車を呼ぶかどうかの瀬戸際、

何度か呼びかけをしているうちに、Sが反応し始める。

反応がゆっくりと強くなってくる。顔に赤みが戻る。

I先生から訪問看護師のYさんに電話繋がる。

駆けつけて下さることに。

血圧、上は100ちょっと、下は50台まで戻る。

取り敢えずは、大丈夫だろうと。

最近、傾眠状態が日中多い。

数日前の月曜日、かかりつけ医受診。Sの足の痛みが強いので、

リリカ錠の代わりにタリージェ錠を処方。朝夕の食後に服用することに。

この影響があるのかとも思うが、分からない・・・・。

取り敢えず、夕食後だけ服用することに。

看護師さんからかかりつけ医のM先生に伝えてもらうことに。

そのまま夜はベッドで就寝。

深夜、軟便。

朝、まずまずの体調か。

血圧は144~96.脈拍56。体温は35.6度。Sの場合は、まあ、普通である。

看護師さん、今朝も来られる。

今日は1日安静にしといたらと言われるが、歯医者の予約、新コルセットの出来上がりがあり、Sは行くという。

私の疲れも酷いのだが・・・・

午前、歯医者受診。左上奥歯に被せる。虫歯治療終了。

午後、Hクリニックへ。新しいコルセット装着、W先生リハビリ。

昨日の事を話す。先生は脱水ではないかと。圧倒的に水分不足か。

この季節、不調を訴えるパーキンソン病患者、非常に多いと言われる。

昨日の今日。さすがに疲れた。

記憶を辿ると、ほぼ一年前にも、Sが低血圧で意識を失うことがあった。

このブログの以下の日付に記録を残している。

*2022年4月26日(火)付

<灯浮標34(2022.4.26)パーキンソン病と血圧、日内変動など。>

この前後各十数日を含めて読めば当事者及び介護者の置かれていた当時の状況も分かる。

また、

2022年5月19日(木)付

<灯浮標45.(2022.5.15)>パーキンソン病と不眠、むずむず症候群、そして若干の経過メモ>もそれに関連している。

2023年5月 7日 (日)

続・灯浮標6.(2023.5.7)振顫振顫振顫振顫心痛!!パーキンソン病なれどされど。

昨日5月6日は立夏。一年早いなあ・・・・

その日、Sは一泊のショートステイだったのだが、朝、いざという時になって行かないと言い出す。

私は土曜日午前中に、眼科に行く予定あり。ここ一週間右目の痛みが続いていた。

午後は私の友人と一か月ぶりに会食予定も。

困り果てる。

どうしようもなく、Sのお姉様に電話をして、Sを励ましてもらう。が、それでもなかなか難しい。

お姉様に電話を掛ける前に連絡(留守電)していたケアマネージャーさんが急遽駆けつけて下さる。

ケアマネさんがなだめすかし・・・・少しずつSの心がほぐれて行く。

体の振顫が次第に治まって行く。

予定の時間より遅くなったが、ショートステイにSを私の車でやっと送り届ける。

Sの病気は、精神と深く関連している(と私は思う)のだが、パーキンソン病は神経内科での受診が一般的である。

このカテゴリー分けは、私には甚だ疑問だ。

ただ、パーキンソン病の当事者(たち)には、かかりつけ医が精神科ではなく、神経科ということになるという、その現実がある種の意味を持つ(のだろう)。ここに、パーキンソン病当事者や家族、介護するものにとっての、病気と向き合う上での、”やっかいな問題”も介在している。

さて、私は、どうにか午前中に眼科へ。眼球に植物の極小さな種子のようなものが貼りついていたらしい。無事に取り除いてもらえた。一瞬で痛みが消えた。放置していた緑内障の検査の予約をする。

それにしても、Sとのこれからも続く暮らしに不安が募るばかり。

2023年4月26日 (水)

続・灯浮標5(2023.4.27)HSPのことなど。

以前、これについて投稿したような記憶も不確かながらある。

最近よく聞く言葉に、HSP(Highly Sensitive Person)がある。巷では「繊細さん」などと呼ぶこともある、らしい。Sはどうもそれに近いような気もする。

シンプルに言えば、自意識が人一倍強く、メンタルが壊れやすい。心理学上のカテゴリーらしい。

ふと思う。Sが60歳で退職(最後の3年間は有給病休だった。)し、それから1年足らずで病的賭博に嵌まり、更にはネット詐欺に遭い、退職金はもとより全てを失う。数年後には家も手放したわけで。そして私の家に同居し借金を四年にわたって返済し、愛犬2匹を我が家で看取り、2019年9月借金完済、直後胸に膿が溜まる病気で約1ヶ月の入院。歳明けて新型コロナが蔓延。昨年2022年9月には、わたしとS ほぼ同時に新型コロナに感染。まあ、HSPにもなるよなあ・・・・などとも思うのだ。

だが、ちょっと違うのだ。自らが傷つく事には敏感(センシティブ)だが、他者に対してはそうでもなく、時にはある種「鈍感力」を発揮してしまうのだ。

私も、それに打ち負かされることは多々。全くもって困ったものだ。

(こうした傾向がパーキンソン病患者にある程度共通しているかどうか、言い切ることは出来ないのだが、私の周囲のパーキンソン病患者には、比較的そうした傾向があるような気がしてならない。)

2023年3月11日 (土)

続・灯浮標4(2023.3.11)レスパイトの行方。パーキンソン病患者と介護。

眠れず。

先月末、Sの加入しているパーキンソン病友の会から会報最新号がSに届いた。

そのなかの一文に目が留まる。

パーキンソン病当事者によるレスパイト入院とショートステイの経験談である。

冒頭からそこに書かれているのは、もう一度は無いと言う、その患者の思いである。

確かに、Sの場合もそうだ、ショートステイにおいて、常に不満が渦を巻く。ケアマネさんを交えて色々と話すのだが、毎回困難を極める。どうにか1泊ショートを利用させてはいる。入院は現在はまだ難しい。

それにしても、その寄稿者は、会報の編集にも携わっている方である。それがレスパイト入院やショートステイのマイナス部分を冒頭から書き連ねられては、これからそうしたシステムを利用しようとしている患者や、そのご家族がどういった印象を持たれるだろうか・・・、一介護者でもある私は暗澹たる思いに捉われる。その文を読むに、先ず「レスパイト」を理解しておられないようだ。これは本来、ご家族など介護者の負担を少しでも軽減する、短期間でも介護から解放すると言う意味が強い言葉である。介護から一瞬でも「逃避」しなければ、当事者は潰れてしまう、その切迫した状況をなんとか打開しようとするものなのだが、その投稿者は、ご本人の休息と言った意味合いに力点を置かれているようだ。もちろんそれもあるのだろうが。

友の会自体が、ほとんど当事者だけで運営されていて、結果的には客観性を欠きがちな会の性格をそこに見る思いがしたのだ。(かといって、外部からの協力者を積極的には募ってもいないようだ。先ず、そういった問題意識も希薄に思える。)

さて、

3月8日付のブログ「泳ぐ」に書き留めている言葉。

「マインドフルネス」

・瞑想、それに伴った呼吸法に拠る思考制御、心地よさへの体と思考の誘導・・・とか、私はそう理解する。

「アンが—マネジメント」

・怒りの制御。言葉を発するまでの、6秒の鍛錬。

わかることはわかるが、なかなかの難物。

介護者と介護を受ける人間との一種、攻防は続く。笑

今朝もまた、午前2時に呼び起こされたのである。

昨日も、排尿、排便介助、その後始末・・・等々。+食事の用意などなど。ぐったりな状況はさして変わらず。まあ、午前中のヘルパーさん、午後の入浴介助。そうしたことは、私にとって大きな救いでもある。

ああ。

今日は、デーサービスがある。その間、私は月に1回の太極拳サークルへ。