ギャンブル依存症 Feed

2023年10月31日 (火)

続・灯浮標21.続く幻覚幻視、錯乱。(そしてギャンブルへの追想。)

10月23日。Sのパーキンソン病かかりつけ医へ、4週間に一回の定期受診。

幻視幻覚が相変わらず頻繁に現れることを話す。

有効な手立てはないと医師も黙り込む。ただ、今現在朝晩の二回服用している漢方薬「抑肝散」を一日3回に増やそうとのこと。

それから1週間が過ぎるが、効果は無い。

幻視として頻繁に犬が現れるので少しは落ち着くかと内心期待して、26日日曜日、Sの曾ての愛犬たちが眠るペット霊園へお参りにSを連れて行く。私の運転で片道2時間。Sも私も疲労感が深い。

結局のところ、それでも幻視幻覚は一向に収まらない。ネット等で調べると、やはりパーキンソン病薬を一度断つのが、効果的らしい。ただ、そうすればSはオフ状態ばかりが続きまるで石になるわけで、S自身も望まない。そもそも、Sは頻繁に目の前に現れる犬や猫、人物、もののけを現実と認識している。住む次元が異なっているのだ。

こうした「日常」はこの秋ごろからより強くなってきているようだ。

朝7時の薬を服用させても、覚醒しない。すぐに眠りに落ちる。どうも、いわゆる突発性睡眠(或いは睡眠発作)らしい。血圧も乱高下が激しい。本当に介護者には不安しかない。

けさの3面記事。パチンコグループのGAIAが倒産したとか。Sが良く通っていたパチンコ屋の一つだ。この街にもある。何度Sに追加のお金を運んだか。何度動けなくなったS を迎えに行ったことか。いい思い出など一つもない。先日、SがSの友人にSkypeで、また顔国のカジノへ行きたいなどと話している。本当の所、何も変わってはいないのだ。

今朝も早くからSに呼ばれる。ベッド周りが散乱している。「何か」が出た様子。・・・・・

2023年10月23日 (月)

続・灯浮標20.パーキンソン病と共に歩む。発達障害的?なあれこれについて。

先日のこのブログ<続・灯浮標19>で、Sが長く患っているパーキンソン病の諸症状がシャイ・トレーが—のそれと近似であるとの指摘を、作業療法士のW先生から受けた旨を書いた。

それに加えて、最近のSの症状を見ていて、感じることがある。

それは一種の発達障害ではないかということ。

一般にADHD(注意欠如、多動症など)やASD(自閉スペクトラム症)などが、その代表的な症状としてあげられるが、Sの場合、その全てではないものの、若干その傾向があるのではないかと思わざるを得ない時があり、またそうしたカテゴライズによって、介護する私もまた、ある種納得できるような、割り切れるような気もする。

Sは物が片づけられない。過去の様々な事象や思い出にいつまでも拘る。そのこだわりは強い。一つ一つの負の言葉や出来事について、いつまでも言い募る。一般的には特にパーキンソン病の症状について顕著と言われるが、同時に一つの事を行おうとして、どちらも満足のいくようには果たせない。

人の話を聞かない。自分の世界観に合わなければ、他者を理解しようとは全くしない。それでいて、他者からの精神的なストレスには極めて強い被害者意識、強迫観念を持つ。挙げればきりがないが・・・。

連日の幻聴幻覚は夜ばかりではなく昼にも現出する。今日などは、携帯で写メを連写している。被写体は、ただの床だったり、壁や自分自身であったり。そこに、何者かが写っていると言うのだ。

これらは、パーキンソン病患者が全てそうと言うわけではない。言うまでも無く、Sの症状において、そうだという事だ。

困難な介護が続いている。全く困難を極める。私自身のメンタルが痛めつけられ、疲れ果てて行くのである。

2023年9月29日 (金)

続・灯浮標19.要介護5、パーキンソン病とシャイ・ドレーガー症候群の近似。

要介護2から要介護5に判定が変わって1年が経つ。

Sのパーキンソン病は確実にそしてゆっくりと止まることなく進行している。

特に夏から秋にかけて、一旦落ち着いていた幻覚幻聴が再び頻繁と言うか、毎夜酷い。それは鼠や犬らしき小動物であったり、或いはもののけであったり。感触など実感を伴うようだ。

夜間尿が多い。紙おむつがずれて防水シートに溢れることはほぼ連日。

当然ながら足のむずむず症候群、幻覚や尿漏れなどでのsの不眠も連日。そして私も頻繁に呼び起される。私もまた不眠が続く。

加えて、Sは、ここ数週間、血圧の日内変動が激しい。朝、食前は上が150前後で下が100前後。昼間は反対に上が80前後で下が50前後。自律神経が影響していると医師は言う。血圧降下剤を服用しているが、それをどうするか悩ましい所。また、右腕左腕で血圧の値が大きく違う。特に右腕が高めの値になる。本人は、血圧が低くても意識はある。結局、担当医師は、今しばらく血圧降下剤等の処方は変えず様子を見ましょうと・・・。

日中、オン状態が極めて少ない。歩行器で歩ける距離も少なくなりつつある。殆ど車椅子で終日を過ごす。また、訪問STにより隔週で言語リハビリもしているが、その時は調子がいいものの、日常的には、言葉が直ぐに出てこなくなりつつある。

これは以前このブログに投稿しているのだが、パーキンソン病患者を多くリハビリされているかかりつけの作業療法士さんによれば、Sの場合、その症状は、シャイ・ドレーガー症候群に似ていると言われる。確かに自律神経障害に伴う様々な症状はそう言える。

それにしても、これから長きにわたってどう介護していくか私の疲労の蓄積と共に悩ましい所だ。

因みに現在のルーティンは次の通り。月曜は午前、介護ヘルパー、午後、隔週で訪問言語療法。火曜はデーサービス。水曜日は毎週訪問リハビリと男性ヘルパーさんによる入浴介護。木曜は月1回の通所リハビリ&診察、隔週の訪問看護サービス、金曜日は午前、介護ヘルパー、午後男性ヘルパーによる入浴介護。土曜日はほぼ隔週でデーサービス。月2回のショートステイ(土日の1泊2日)。加えて月1回パーキンソン病のかかりつけ医受診。月1回の歯科受診。

2023年9月10日 (日)

汚染水であり、性的児童虐待である、ということ。

東京電力福島第一原発から排出された汚染水を処理水と言い換える。

言い換えても、トリチウム、セシウムなどの放射性物質によって汚染された汚染水である事実は薄められない。

芸能事務所のトップが長年にわたって数百人、いやそれ以上とも言われる少年たちに性的虐待を加え続けた事実を性加害と言い換える。

言い換えても、その犯罪行為の事実は薄められない。

そして、多くのメディア、マスコミも、その処理水、或いは性加害の呼称を使う。

根っこは同じではないのか。

恐らく多くの市民は、国民は、たいしてそれを気に掛けること無く日々を過ごし、やがて何事も無かったかのように、風化していくのか、いや、それはまずいのだ、まずいのである。

知りながら知ろうともせず、自分自身の立ち位置を曖昧にして、楽な方へ傾いて行く。そうしてきた「私たち」が、これからもそうであるなら、曾て多くの国民が戦争へ戦争へと雪崩を打って熱狂した歴史は繰り返されないとも、限らない。

過去を掘り起こしながら、今、少なくとも私は、処理水ではなく汚染水と呼び、性加害ではなく、性犯罪として、ニュースを(正しく)読み換える。

許されざる日々を忘れてはならない。

2023年8月31日 (木)

続・灯浮標18.パーキンソン病患者の介護。ニュープロパッチ始めました。

S,水曜日から、かかりつけ医の提案でニュープロパッチ(4.5㎎)の使用開始しました。

実は、ほぼ十年ぐらい前、現在とは違うかかりつけ医の勧めで同じ処方を試したことがあったのですが、その当時は、当人が肌に合わないと、早々に止めた経緯があったのですが、今回はどうなることか。

先ず、本人を昼夜を問わず苦しめている、むずむず症候群を何とか収めたいと言うのが大前提です。

貼付して2夜、今のところは効果を発揮しているようで、これまでのようなむずむず症による不眠は訴えていないようです。ただ、経過を注意深く見守る必要があるように思います。

この薬はシール状になっていて、腕や肩、太もも、お尻などに貼り、24時間効果が持続すると言うもの。

効果としては、パーキンソン病やレストレスレッグス症候群(下肢静止不能症候群、別名:むずむず脚症候群)の諸症状が改善することが期待できると説明書にはあります。

ただ、併せて、ギャンブル依存症(病的賭博)、買物依存症、性欲及び食欲の病的亢進も明記されています。曾て激しいギャンブル依存症となり、今もなおその傾向が全くないとは言えないSにとっては、文字通り「賭け」の様な気もするのです。

また、依然として幻覚幻聴の類は続いており、そうしたことへの危惧は拭えません。

扉を開けて誰か、何者かが侵入すると言い張ること、それに関連して、寝る前など玄関ドアや窓の鍵が開いていると主張し何度も私に確かめさせるなど、所謂、強迫性障害も進んでいるような気もします。

前のブログでも触れた「承認欲求」の強さは相変わらず。例えば、ヘルパーさんなどへ、Sの現役時代を記録したDVDやカセットテープを見せたり聞かせたりしています。本人の満足感がそこである程度は得られるのでしょうが・・・。

ひたすら私の神経と体力がすり減って行く、特に、右肘周辺の痛みはどうにも治まらず、苦しんでいる現状は変わりません。

2023年8月16日 (水)

続・灯浮標17.承認欲求のことなど。(パーキンソン病との日々)&パーキンソングを歌いながら

ここ数日、というか、あいも変わらず私は眠れない日々。

パーキンソン病を患っているSの介護に明け暮れている。

特に8月14日の夜はほとんど眠れなかった。

気がつけば日付が変わって15日「敗戦の日」を迎えていた。

その15日、Sと同じパーキンソン病を長く患っているNさんから朝、電話。

現在入院中のNさんは、一人暮らしが長く、高齢でもあり将来が不安とのこと。

お子さんたちはNさんとの同居は困難と。

Sと話していた。その後、昼に私に再度電話。あなたの考えが聞きたいと。

返答に困ったのだが、ただ一つ、もう頑張らないでいいのではないかと。

一人暮らしにはリスクが多すぎるのではないかと。

そうした上で、身の振り方をゆっくり考えられたらどうかと、お話しした。

施設等の入所も、はっきりとは提案しないものの、一つの検討候補ではないかと、それとなく。

Nさん、泣かれる。でも、ほんの少し霧が晴れたご様子だった。

Sの場合、彼の性格を病気が更に押し上げているような、承認欲求が強い。

在宅時も、デーサービス等を利用しているときもそのようだ。

介護する側とすれば、しんどい。

かといって、その性格はもうどうしようもないのだろう。

彼が今から十数年前に作った曲に「パーキンソングを歌いながら」がある。

友の会の全国大会や、コーラスグループの発表会のみならず、多くの人々に様々な機会を通じて歌って頂いている。S自身にとっても、心の励みとなっている。

以下に紹介します。

尚、この曲の歌詞及び楽譜は、Sの著書「パオ~ンおじさんとの夏」(2013年.新日本出版社刊)に掲載されています。


YouTube: 「パーキンソングを歌いながら」(試録音)lulu&tonys with puff

2023年7月13日 (木)

続・灯浮標16(2023.7.13)パーキンソン病末期の諸症状の一つ?

最近、Sの瞼が開け辛いという。訪問リハビリの先生は、眼瞼下垂の初期かもとおっしゃる。全体の筋力が落ちて行っているわけで、瞼も例外では無いらしい。先生の患者さんで、同じパーキンソン病の方が、眼瞼下垂(ガンケンカスイ)で瞼の二重手術をされたそうだが、また次第に垂れて来ているとか。今のところはそう日常性格に差し障りがあるわけでもないので、経過観察。

あいかわらず昼夜逆転生活。また夜中の足のむずむず症候群やパーキンソン痛でさらに眠れず。

介護者の負担も増える。

因みに私はテニス肘。タオルを絞ることさえままならない。

2023年7月 8日 (土)

続・灯浮標15(2023.7.8)パーキンソン病看護日乗。或いはキリエ、憐れみ給うな。。

7月に入っても先月からの雨は止まない。断続的に或いは連続して、時に激しく時に音を消して降り続いている。

6日、7日と、Sは特に排便が思うようにならない。動かない体では、便座に腰を掛けるのも間に合わず、ここには書きにくい状況が展開される。本人の辛さはもちろんだが、それは介護者の負担を激しく増加させる。後始末とトイレの復元に相当の体力と時間を要するのだ。

また、例によって、むずむず症候群や、特に足先に強く現れるパーキンソン痛などによる睡眠障害も一向に収まらず、私は夜中度々起こされるなど、疲労感は積み重なるばかり。ついつい言葉もけんか腰になる。ほとほと・・・である。

さて、ちょうど昨日のブログで書いているが、私の創作「キリエ~京橋川の泥に塗れて~」の中では、ギャンブル依存症に纏わる部分が物語の結末に向かっての重要なファクターとなっている。

改めて、言うまでもなくパーキンソン病とこの依存症は深くかかわっている。(もともと、本ブログ「灯浮標、続・灯浮標」は、これまであまり公にはされていないパーキンソン病におけるギャンブル依存症の現実を記録することから始まっている。)

これこそが、パーキンソン病当事者と介護者(家族等)を強く苦しめ続けているのかもしれない、とも推察する。あくまでSと私の場合を振り返ってだが・・・。ただ、ここに、単に楽観主義では容易に看過できないこの病の深い闇があるのではなかろうか。多く、薬の副作用によるところが多いとか。改めて、このことは、医療や製薬開発の現場で、もっと重要視されるべきと思う。(尚、この病には、他に性的依存症や買物依存症なども見られるという。)

8日も雨。各地で被害が発生している。Sはデーサービスである。

日に日を乗せ、歳を重ね、拭っても拭っても老いは纏わり付き、雨に降られて季節は過ぎて行くばかり。感傷などでは決してなく、単に事実として。夕方、土砂降りの中、Sを迎えに行く。

2023年7月 7日 (金)

「私」を巡る三部作「キリエ~京橋川の泥に塗れて~」「蛙」「或いはH君のこと」についての若干のメモ。

私の永洋名義での数少ないと言うか、小説は実質この3作だけなのだが、纏わるメモを。ふと。

脱稿直後、この3作をそれぞれ数部づつプリントし、紐で綴じ、ホッチキスで綴じ、数人の友人にのみこちらから勝手に送りつけ、もう見返すことは読み返すことは無いだろうと思っていたのだけれど、本棚を整理していて、零れ落ちたこれらをぱらぱらと読み返せば、やはり胸苦しい程の思いが込み上げてくるのだ。当時、読んでくれた友人には、こっぴどく哂われたのだが・・・

いいよ、これで、・・・と言う気持ちがやはりある。まあ、記憶を記録しておくと言った思いもある、「わたくし小説」なのだから。

永洋<「私」を巡る三部作>

「キリエ~京橋川の泥に塗れて~」(2017.10.31~2020.10.17)

「蛙」(2016.7.6~2020.12.15)

「或いはH君のこと」(2006.12.30~2021.5.11)

「キリエ」の殆ど最後に(憐れみ給うな!)と記している。

まさに!である。

2023年7月 3日 (月)

続・灯浮標14.(2023.7.3)服用薬に対する不信感が、効きを低下させてはいないか。

今日は四週間に一度の、Sのかかりつけ医受診。

タリージェ錠に対するSの不信感。

声のかすれや出にくい状態をタリージェの副作用と判断しているSは、このまま継続することにためらいがあり、かかりつけ医と話して、結局服用中止に。

かわりに、以前服用していたリリカ錠を頓服として復活させる。

あいかわらず、オフ時間が多い。結局ウェリングオフ状態と言う事か。

昨晩もSに起こされている。日中も介護が増えている。

相変わらずと言うか、体力が悲鳴を上げているのだが替わりはない。