癒しと救いを求めて。「冬かたみ」「そんなもんなんですよ」「えみうた」
癒しと救いを求めて作ったのかも知れない。
LULU&Tonysのこれまでに作った曲の中から3曲をUPしておきます。
「冬かたみ」
YouTube: 「冬かたみ(FUYUKATAMI)」lulu&tonys(試作)
「そんなもんなんですよ」
YouTube: 「そんなもんなんですよ」(Full version) lulu&tonys
「えみうた」
癒しと救いを求めて作ったのかも知れない。
LULU&Tonysのこれまでに作った曲の中から3曲をUPしておきます。
「冬かたみ」
YouTube: 「冬かたみ(FUYUKATAMI)」lulu&tonys(試作)
「そんなもんなんですよ」
YouTube: 「そんなもんなんですよ」(Full version) lulu&tonys
「えみうた」
(メモ)
2月2日午後3時過ぎ。例によって車いすに座ったままSは傾眠状態。垂涎も相変わらず。揺すってもなかなか起きない。血圧を測ると89~47。脈拍は48.起立性低血圧か。どうにか車椅子からベッドに移動させて寝かせる。(因みに、朝8時半、食前の数値は165~71.脈拍59)
1時間もしないうちに、意識もはっきりして、夕方からの入浴介護も受けた。相変わらず日内変動が激しい。
長期にわたるパーキンソン病薬の蓄積がこういう症状を引き起こすのだろう。介護者の疲労もまた蓄積していく。
以前も何度か触れているが、パーキンソン病治療は、対症療法的なものが相変わらずメイン。国が認定する難病であり、ある程度の医療費免除があるわけで、介護者の私には過剰とも思える薬の投与が副作用を増幅させている、と思う。国、医師、製薬会社、そして患者本人の要求が複雑に絡み合って、そこにはやはり、闇があるように思えてならない。
3日~5日ショートステイ。毎回相変わらず嫌がるが、どうにか行ってくれる。そつかのま私は休息できる。
昨日30日早朝、異臭が二階まで届く。一階のSのベッドへ。
多量の軟便と尿でベッドの上は悲惨極まりなく。
防水シートを越えて下のシーツや毛布も汚れている。
医療用手袋をはめて処理。具体的には書かないが、ほとほと疲れ果てる。
S、風呂場でシャワー。
多量の洗濯物、そしてベッドを整えなおす。
Sの陰部が炎症を起こしている。蒸れや尿、便の影響か。
急遽、デーサービスは休みにして皮膚科へ連れて行く。待ち時間1時間半。
診察の結果、炎症を抑える軟膏(副腎皮質ホルモン(ステロイド))などを処方される。
当日、そして今日で殆ど炎症は収まる。
1月が終わる。介護は果てしなく。Sの幻視、或いは妄想の世界は何処までも深く。
日常は昏い。
(メモ)
昨年後半から激しくなってきたSの幻視幻覚は今年、止むどころか日々激しくなっていくように思う。
夜中からの症状は昼ごろまで続く。居るはずのない犬や人をはっきりと認識しているようだ。
時には家じゅうを捜し回る。そこここに隠れていると疑っている。
今朝6時前ごろも杖を振り回し、ベッド周りには物が散乱し、廊下で立ちすくんでいる。そして朝7時の薬を欲しがる。起床時のマドパーは早いうちに飲んでしまったらしい。
飲ませて再びベッドに寝かしつける。
ここ数日、排便が上手くいかない。トイレに移動するまでに紙おむつの中に便が溢れる。
昨日は、朝、排尿と多量の便でベッドの上が汚れている。私の処理も早朝から大変。S、シャワー。その後着替えさせてベッドメイキングも。私の体力も不安材料の一つ。
*
22日。5年ぶりにSがかつて所属していたパーキンソン病患者で構成されていたコーラスグループのメンバー数人とカラオケ屋さんに集まる。(街中へ車椅子で連れて行くのは大変だったが。)Sの気分は高揚したようだ。
そうしたことも影響しているのか、精神状態が不安定気味になっている。それも幻視幻覚の増加と関連しているのかも。パーキンソン薬を欲しがる。かかりつけ医は減薬したままの方がよいと。
パーキンソン薬の服用の果てに幻視幻覚の捕囚となったsの今があると思う。将来への不安は募るばかり。介護サービスなどを利用しているとはいえ、私一人だけでの介護がいつまで出来るか・・・。
*
23日(火)夜から25日(木)夜まで断続的に降り続いた雪、やっと治まる。今シーズン最強の寒波だった。積雪も我が家の庭で10センチ以上はあった。それでも26日には道路の雪だけはほぼ溶けた。
ここ数日、例によってSの幻視幻覚激しい。
今朝の悲喜劇は、目を覆うばかり。
排尿と排便で、ベッドのSの下半身は汚れがひどく。
朝7時の薬服用を経て、やっとお風呂場へ移動させ、シャワーで下半身の酷い汚れを洗い流させる。
洗濯物は3回に分けて何時間もかかる始末。
部屋に籠った臭いを換気扇と消臭剤で拡散させる。
先の読めない介護が続く。
幻視幻覚の強さやその種類、また不眠の度合い、夜間尿の量などは日によって大きく差があるが、ここ数日はどうもそれがどれも強い。昼間の気分が何かしらハイになっているような気もする。
私の精神的な疲労、不眠、肉体的な限界も実感しつつ。
1月も後半に。時は早い。
ここ10日間ほどの、Sのパーキンソン病メモ。
11.23(木):
0:33 階下のSから電話。下りて、Sのベッドの中の体勢を直してデエビゴ錠を服用させる。
2:33 再び電話。排尿で濡れた体を拭いてやる。紙おむつを取り替える。
11.24(金):
4:03、4:05、4:06、4:06、4:23、4:25、4:25、とSが連続して電話で私を呼ぶ。幻視幻覚で荒れるsをなだめる。私は疲れと眠気で苛立つ。怒る。そして6:32、7時の薬を飲ませる。午前、ケアマネージャーへ電話。ベッドの部屋の移動を相談。業者に、お昼すぎ、ベッドを床の間からリビングに移動してもらうことに。少し環境を変えてみることに。午前、ヘルパーさん。午後、ケアマネさんと業者さん。ベッド移動。ケアマネさんは、一週間ほどのショートステイを勧められるが本人は納得しない。
11.25(土):
3:25、階下から呼ばれる。うがいをさせる。デエビゴ錠を服用させる。顔を拭いてやる。体のシップを剝がして体勢を直す。
11.26(日):
朝5時頃呼び起こされる。マドパー半錠飲ませる。朝7時に7時の薬(マドパー1、ノウリアスト2、ミラベックス1、ランドセン0.5)飲ませる。尿で濡れたシーツなど交換。尿が染みた衣服をすべて脱がせてシャワーを浴びさせる。Sが自分で浴びる。午後、気分転換にとカラオケに連れて行く。
11.27(月):
午前3時、階下から呼び起される。悪夢を見たようでひどく怯えている。体をさすってやり、デエビゴ錠を服用させる。そのうち眠り始める。
11.28(火):
3:30、Sに起こされる。体勢を直す。その夜10時頃か、S、私が外から呼ぶ声がしたからと庭先に一人歩行器で出ている。その時私は2階に居たわけで。転倒はしていなかったが、こういった幻聴は色々な面で怖い。強く窘める。言い争いになる。
11.29(水):
朝4:30、6:30と相変わらずSの幻視幻覚で呼び起こされる。朝8:45訪問リハビリ。10時半、訪問入浴。お昼前、4年ぶりにSのお姉様が大阪から来られる。S、嬉しそう。午後3時過ぎ、ケアマネ、訪問看護師を交えて今後の事など話す。結局のところは当面は大きな変更は無くも、ただショートステイを増やすことに。将来的には入院、施設入所等も視野に。Sは良くは納得してはいないものの、一応は考えておかなければ、私の健康状態にしても何があるか分からないわけで。夕方5時過ぎ、私の運転でお姉様を駅まで送る。Sも同乗。
11.30(木):
朝、訪問看護。昼前、H内科受診。sの先日の血液検査の結果など問題無し。sのリハビリ。昨日の事もあり、Sの気分が昂ぶっている。精神的にも様子が不調。昨夜から朝にかけても幻視幻覚は酷かった。
12.1(金):
久しぶりに夜、Sが私を呼ばなかったが、未明2:30ごろ団地内で火事があり、パトカーや消防車のサイレン音などがうるさく、結局眠れず。午前ヘルパーさん生活介護、夕方入浴介護。そしてその後、緊急でショートステイに3泊4日。たまたま個室が開いていたわけで、助かる。私の睡眠不足、疲労はピーク。Sに持たせるものを忘れたりで、何度もショートステイ先と往復する羽目に。とにかく疲労が溜まっている。
12.2(土)
久しぶりに穏やかで静かな朝。ただ、疲れは簡単にはとれない。頭痛がひどい。私は午後、月に一回の太極拳教室に。
今秋、初冬とカメムシが今年は特に多かった。ピークを過ぎたがそれでもまだ時折室内を飛び交う。その都度捕獲を試みる。
天井にそれが止まると、まるで染みのようにも見える。Sが怯える。
10月23日。Sのパーキンソン病かかりつけ医へ、4週間に一回の定期受診。
幻視幻覚が相変わらず頻繁に現れることを話す。
有効な手立てはないと医師も黙り込む。ただ、今現在朝晩の二回服用している漢方薬「抑肝散」を一日3回に増やそうとのこと。
それから1週間が過ぎるが、効果は無い。
幻視として頻繁に犬が現れるので少しは落ち着くかと内心期待して、26日日曜日、Sの曾ての愛犬たちが眠るペット霊園へお参りにSを連れて行く。私の運転で片道2時間。Sも私も疲労感が深い。
結局のところ、それでも幻視幻覚は一向に収まらない。ネット等で調べると、やはりパーキンソン病薬を一度断つのが、効果的らしい。ただ、そうすればSはオフ状態ばかりが続きまるで石になるわけで、S自身も望まない。そもそも、Sは頻繁に目の前に現れる犬や猫、人物、もののけを現実と認識している。住む次元が異なっているのだ。
こうした「日常」はこの秋ごろからより強くなってきているようだ。
朝7時の薬を服用させても、覚醒しない。すぐに眠りに落ちる。どうも、いわゆる突発性睡眠(或いは睡眠発作)らしい。血圧も乱高下が激しい。本当に介護者には不安しかない。
けさの3面記事。パチンコグループのGAIAが倒産したとか。Sが良く通っていたパチンコ屋の一つだ。この街にもある。何度Sに追加のお金を運んだか。何度動けなくなったS を迎えに行ったことか。いい思い出など一つもない。先日、SがSの友人にSkypeで、また顔国のカジノへ行きたいなどと話している。本当の所、何も変わってはいないのだ。
今朝も早くからSに呼ばれる。ベッド周りが散乱している。「何か」が出た様子。・・・・・
月に一度、リハビリを受けている。
病名は「肘内側側副靭帯損傷」と仰々しいが、要するに介護による使い痛み。別名テニス肘。
まあ、どうしようもないわけで、湿布を貼ったり、テニス肘バンドを着用したり、サポーターをハメたり。ほぼほぼ常時痛みはあるわけで、ツライ。
ここのところ、眠れない。Sの幻覚にほとほと参っている。
疲労は蓄積するばかり。
月曜日の岸田首相の所信表明演説全文を読んだ。心に響くわけも無く、その空疎な言葉の羅列に寒々となる。生活者の本当のところは、決して生活者とは言えない首相には分かる筈も無く。
様々な税の負担が様々な形で日々の暮らしに重く覆いかぶさってくる現実!
先日のこのブログ<続・灯浮標19>で、Sが長く患っているパーキンソン病の諸症状がシャイ・トレーが—のそれと近似であるとの指摘を、作業療法士のW先生から受けた旨を書いた。
それに加えて、最近のSの症状を見ていて、感じることがある。
それは一種の発達障害ではないかということ。
一般にADHD(注意欠如、多動症など)やASD(自閉スペクトラム症)などが、その代表的な症状としてあげられるが、Sの場合、その全てではないものの、若干その傾向があるのではないかと思わざるを得ない時があり、またそうしたカテゴライズによって、介護する私もまた、ある種納得できるような、割り切れるような気もする。
Sは物が片づけられない。過去の様々な事象や思い出にいつまでも拘る。そのこだわりは強い。一つ一つの負の言葉や出来事について、いつまでも言い募る。一般的には特にパーキンソン病の症状について顕著と言われるが、同時に一つの事を行おうとして、どちらも満足のいくようには果たせない。
人の話を聞かない。自分の世界観に合わなければ、他者を理解しようとは全くしない。それでいて、他者からの精神的なストレスには極めて強い被害者意識、強迫観念を持つ。挙げればきりがないが・・・。
連日の幻聴幻覚は夜ばかりではなく昼にも現出する。今日などは、携帯で写メを連写している。被写体は、ただの床だったり、壁や自分自身であったり。そこに、何者かが写っていると言うのだ。
これらは、パーキンソン病患者が全てそうと言うわけではない。言うまでも無く、Sの症状において、そうだという事だ。
困難な介護が続いている。全く困難を極める。私自身のメンタルが痛めつけられ、疲れ果てて行くのである。
昨日2023年10月14日土曜日夕方、市内の海が見える集団接種会場にて第七回目のコロナワクチン(モデルナ社ワクチン、XBB対応)を接種しました。因みに前回6回目は2023年5月28日でした。
丁度1年余り前、2022年9月末(私は28日陽性、sは29日陽性)にコロナ陽性反応が出て、高熱と咳、痰、筋肉痛、倦怠感に苦しんだのが遠い昔のような気がします。
今回、会場には案外多くの人が予約時間に合せて切れ目なく訪れていました。年齢層も幅広いものでした。
さて、私は、1回目、2回目は副反応に苦しんだものの、それ以降6回目までは副反応はほとんど無く、油断しておりました。今日の7回目接種後20分が過ぎたころから口渇、頭痛、倦怠感が始まり、夜には接種した左腕を中心に酷い筋肉痛に悩まされております。
日付が変わった夜中、例によって幻覚に苦しむsを介護、そしてこれを書いています。(一緒にワクチンを接種したsはこれまでただの一度も、そして今回もまた副反応はありません。)
外は小雨。今週初めから咲き始めた金木犀の花も濡れているのでしょう。
海の向こうの砲弾の音は届かないけれど、欝々とした日々です。ではお休みなさい。
「金木犀の雨」
作詞:azmi 作曲:kAMAL 歌:lULU&TONYS
(1)
ふるさとの道は 閉ざされて
脇道見知らぬ人 濡れて行く
いつもの癖で 目を伏せて
あなたの靴音を 聞いている
金木犀の 降る雨に
あなたの靴音を 聞いている
(2)
知らないまま すれ違うなら
これからもまた ただ ひとりの道
知らないまま 去り行く人
振り向けばあなたが 居るような
金木犀の 先に海
振り向けばあなたが 居るような
(2017.10.6)