JogTan.41
猫嫌いの俺にさえも通せんぼ
痩せても枯れても独り啼く野良
(2011.4.14)
*以降のJogTan.42~101は、
私のAmebaブログアドレス(紅棗 Hongzao故事)
のTHEME「JogTan」でご覧ください。
猫嫌いの俺にさえも通せんぼ
痩せても枯れても独り啼く野良
(2011.4.14)
*以降のJogTan.42~101は、
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麓は、躑躅、菫、蒲公英、連翹、藪椿、山吹、金鳳花、仏の座・・・・
遥か雑木林は糀に蒸れています。
僅か、1週間程度のことですが。
塩秋刀魚を焼いて、だいこおろし添え。
筍と蕗、昆布、の炊き合わせ。
菜の花と豆腐の味噌汁。
オクラとモズクの酢の物。
土筆の佃煮。
危ういことは、予見できていたのでしょう。恐らくきっと。
かつて、取引をしたのですよね。
飴は、程々に甘かった筈です。
取り返しは、決してつきません。
それは、あなた方も私も同じ。
犯した過ちは、もう、あがなえません。
罪とお金を天秤にかけても、それは、むなしい。
もう、甘く感じる飴は、存在しません。
目に見えないほどの細い雨が、
降っています。
確実に降っています。
屋根瓦が濡れていますから。
アクセルを踏み込むように山は春
辛夷の花の白妙の朝
(2011.4.11)
昨日、十数年ぶりに、安芸津の正福寺山へ、友人とお花見に行きました。
以前行ったときの同行者の半分は、もう既にあの世に旅立っています。
時の流れを実感させられます。
散り初めの桜の花びらが海風に舞い、お弁当の上を飾ってくれました。
瀬戸の島々を眼下に眺めながら、ぼ~と、していました。
友人:桜の木の下にはね。
私:死体だろ。
友人:誰だったっけ。
私:坂口安吾。
友人:そうか。
私:別に桜の木の下でなくたって、死体なんて、そこらかしこに散らばっているよ。
友人:そう?
私:うん。
友人:お弁当、食べよう。
昔、カンボジアを旅行したことがあります。もちろん内戦後のことです。クメールルージュ。そんな言葉が思い出されます。激戦の地の一つだった川へ至る緩やかな丘陵を歩いていたときのことです。行く手には、人の骨片が無数に散らばっており、その余りの夥しさにそれを避けて歩くことは、到底無理で、靴を通り抜けて、足の裏へ骨の感触が伝わってくるような気がしたものです。そのときのシーンは、乾いた風と共に、未だ鮮やかに甦ります。
オレンジのシルバーカーでパン屋まで
子犬を乗せて毎日通う
(2011.4.8)
彼らは、生きるために闘っている。
彼らは、俺たちの為に闘っている。
闘いを放棄した市長を選んだからには、
闘うのは、おまえたちだぞ。
わかってんのか、おい!!
母親も家をも捨てる覚悟無く
春蝉が這う復路の桜
(2011.4.7)
車を避けて振り向けば
霧に白い太陽が浮かんでいました
(2011.3.22)