パーキンソン病 Feed

2022年10月20日 (木)

灯浮標65(2022.10.20)パーキンソン病と認知症状。

日付が19日から20日に変わる頃、追加の導眠剤2.5ミリグラムを飲ませる。(19日夜10頃、デエビゴ錠5ミリグラム服用。)

明け方4時半頃、Sが二階に上がってくる。卵がどうこういっている。叱ると階下へ自分で降りる。

どうも気になるので、リビングへ行って見ると、既にゆで卵を3個自分でつくり殻をむき、一つをカップめんに入れ、それを食べている。残りの二つは私の為らしく、おわんに入っている。

Sは10月から要介護5。普通は動けない体なのだが。

どうも、導眠剤を飲んだにもかかわらず、眠られず、挙句に、夜零時から4時ごろの間にマドパーを2錠服用したのではないかと思われる。

薄ら寒さを感じる。数日前には、リビングの押し入れに何物かがいると、私に言い募っていた。

さっき、20日夜11時ごろは、背中に虫がいると私を呼び付ける。

薬の更なる減薬、薬の私の管理方法を考える。他、色々難題が例によって私一人に降りかかっている。

数日前から私は、酷い腱鞘炎。テーピングやら、サポーターやら、湿布やら。痛みどめやら。特効薬は無し。

2022年10月 8日 (土)

灯浮標64.(2022.10.8)パーキンソン病と新型コロナウィルス陽性。

Sが、私と一日遅れで、新型コロナ陽性となりました。

<記録>

2022年9月28日午前、私、新型コロナウィルス、抗原定性検査で陽性判定。

同日午後、Sは陰性判定。

<29日>

早朝5時頃、S、不調を訴える。発熱。

体温:38.7度。酸素:95.

保冷剤で両脇、頭を冷やす。

私が購入しておいた抗原定性検査により、陽性反応。

朝7時:体温:37.6度。酸素99.その後、酸素量は95~96で推移。

訪問看護師に連絡。取り敢えず、私のロキソニン系の解熱剤を服用させる。

午後、かかりつけ医処方のカロナール錠を薬剤師が自宅まで届けてくれる。

夜7時過ぎ、訪問看護師来る。かかりつけ医の指示で訪問看護師により、改めて抗原検査。やはり陽性。

正式にかかりつけ医に報告。

<30日>

朝:7時:体温38.1度。酸素93.その後96に上昇。体温も37.2度~37.7度の間で推移。

本人の意識はしっかりしており、比較的元気。

かかりつけ医から電話。状態確認。

市、区保健所から連絡。私が状態説明。

(その後毎日のフォローアップセンターからの連絡には私が対応。)

訪問看護師からは毎日朝夕2回連絡有。

Sはパーキンソン病、曾て膿胸を患っているという事で重症化リストに入っている。

介護度は10月から要介護5.

自宅療養を希望。(療養期間は29日から10月6日迄)

<1日>

朝7時:37.7度。酸素96.

日中は体温、酸素量とも変動がある。

K君から食料品を宅配便で送ってくる。助かる。

夜7時:体温37.0度。酸素96.

夜、広島市からSの療養パック届く。(レトルト食品、缶詰類、紙パックジュースなど。ティッシュ、紙ナプキン、アルコール洗浄剤、ハンドソープ、ビニール袋、トイレットペーパーなど衛生用品)

意識しっかりしている。元気。咳もほとんどない。

<2日>

朝7時半:体温36.8度。酸素96.

朝からカロナール服用をやめる。軽い咳が残っている。

夜18時半:体温36.7度。酸素97.

<3日>

朝7時半:体温36.6度。酸素:96.

夜18時:体温36.9度。酸素:98.

パーキンソン病本来の症状が出始めている。

軽い幻覚あり。悪夢を見ている。

<4日>

朝8時:体温36.1度。酸素:99

昼ごろ、ケアマネージャーから電話。

夜18時半:体温36.1度。酸素:97。

<5日>

朝7時半:体温36.6度。酸素:97.血圧:156-90

夜18時半:36.7度。酸素98.

夜7時過ぎ、訪問看護師が来られる。状態確認。聴診器を胸にあてられる。問題無しとのこと。

相変わらず、悪夢、幻覚に悩まされている。

<6日(木)>

朝7時半:体温36.4度。酸素:96.血圧:159-109.

ここ数日、血圧が高め。(その後、8日ごろから血圧下がり始める)

市の看護師から電話問診。今日で無事に自宅療養期間終了。ただ、数日は不要な外出は控えるようにとのこと。

血圧の薬が7日で終わるため、お昼前、K内科クリニック院長と電話によるSの診療。

処方箋を直接薬局にFAXしてもらう。

私が近くのYクリニックに診察(私の血圧降下剤などの薬が無くなったため。)を受けに行ったついでに、薬局でSの薬も受け取る。

夜:体温36.7度。酸素:98.

悪夢は依然続いている。

コロナ症状の治まりと共に、パーキンソン病本来の症状が再び強くなってきているようだ。

*7日には、久しぶりに、男性ヘルパーさんの入浴介護により入浴。

2022年9月22日 (木)

灯浮標63.(2022.9.22)パーキンソン病におけるギャンブル依存症の熾火。

灯浮標は、パーキンソン病患者S(病歴17年9か月:約18年)の病的賭博を中心としたその病気の現在を記したブログです。

来月10月1日からSno介護認定は、これまでの要介護2から介護認定5に変わります。

それに伴い、昨日21日、我が家で担当者会議が開かれました。Sのベッド周りにケアマネージャーを中心に春パーさんなど関係者5人が揃い、今後の介護方針を検討しました。(3事業所は書類のみでの参加)

基本的には当面従来通りの介護サービスです。

皆さんの前で、Sha,病的賭博について口を開きました。

会議後、Sは今書いている原稿の為にパチンコ屋の取材がしたいと私に言います。

これはたびたびS が私を困らせた方便です。

やはり、根本では病的賭博、その依存症は治ってはいないようです。

私は、内心激しい絶望感と怒りのままに、Sのお姉様に電話。パチンコ依存症のこれまでの経過を話しました。お姉様は良く御存知ではなく、とても悲しんでおられました。

結局、その日は諦めさせたのですが、この依存症の根本治療の困難さを改めて実感しました。

本人は今一つ、分かっていないようです。

また、Sの場合、パーキンソン病薬以外にも病的賭博を推し進める要因があったわけで、そこのところについて、本人の自覚が甘く、全てを薬のせいにするのは、一種の逃げであると言えます。

本人の我欲やプライド、そして独善的な性格は、もう完全には治らないと思います。

パーキンソン病の進行や加齢が本人にどれだけの人生の試練を与えて、どんな生き方をS自身が選ぶのか、私にも分かりません。

2022年9月12日 (月)

灯浮標62(2022.9.12)介護認定について。

先週9月9日、Sの新しい介護認定証が広島市から届いた。これまでは要介護2だったのだが、10月1日からの3年間は要介護5という判定となっていた。

本人は、そこまでとは思っていなかったらしくかなり精神的なショックを受けたようだ。Sはだいたいが、昔から精神的な脆さが顕著で、今回も、その要介護5の判定に、心のやり場がないようだった。

考えてみるに、医師の意見書が書かれたのは恐らく幻覚幻聴などが最も酷かった春ごろではなかったか。そういうことも判定に影響しているようにも思える。

Sは唯一の肉親であるお姉様に電話をしたのだが、Sにとっては思いのほかそっけなく、意に反して施設入居を勧められ、心は落ち着かなかった。

さて、10月からの介護シフトをもう一度考えなければ。

というものの、実際介護をしているのは私一人で、たいして負担の軽減も望むべくも無く、私にしても気は晴れない。

ここ数週間、Sは、歩行が特に困難になってきている。

夜は、眠れたり眠れなかったり、排便も相変わらず不規則。排尿も介護が必要だったり、自力で出来たり変動が激しい。

また、足の所謂パーキンソン痛も日常化、恒常化している。

私自身の加齢などに伴う肉体的及び精神的疲労の蓄積と共に、悩みは尽きない。

(追記)

以前にも恐らく書いたような気もするが、Sの特定調停の支払い期間、4年間も、パチンコ、ギャンブル通いは全く止まることは無かった。犬の世話は私になっていたし、その分ある意味気楽だったわけで、早朝から深夜まで連日のパチンコである。そして、金が底をつくたびに、私に無心の電話、或いはメール。結局私が折れるまでひつこく求めてくる。留まることがなかった。バスで出掛ければ私に迎えに来させたり、タクシーを使ったり。諍いの日々だった。勝手口の破れたままのガラス窓は、その名残だ。

結局処分したSの家もそのほとんどが、ギャンブルへと消えて行った。

いまさらに、折々にその時の私の苦しみ怒り、空しさが甦って来る。彼の親族にも誰にも、今に続くそれらの深さ、心が折れる苦しみは分かりはしないだろう。

もちろん、Sにも分からないだろう。

2022年9月 7日 (水)

シュトルム「みずうみ」読了で、夏も終わる。

(メモ)

8月8日に次いで、8月21日、8月30日、そして9月4日と、今年は珍しく頑張って、海へ。

いつもの日本海、江津の海だが。

今年はいつもと違って、ほとんど人がいない。9月4日など、私一人。

ルートは、結局自宅から加計SIC~大朝IC、そして中三坂トンネル、国道を川本、桜江と走り、途中から浅利方面へ折れ、工業団地からR9へ出る。途中休まなければ2時間5分程度も可能。休めばそれでも2時間20分もあれば十分。往復で240キロから250キロ弱。まあ、私の体力からして、いつまで行けるだろう。

この夏は、シュトルム作「みずうみ」(岩波文庫)を海辺で読み始め、海辺で読み終わった。

生と死と愛についての小説五編が収録されてある文庫本だ。

では今夜はここらで。

もうすぐ中秋。

2022年9月 6日 (火)

秋の虫が鳴いている。愚痴が多い。とか共依存。とか、・・・

「灯浮標」で書くと、愚痴になる。

まあ、こっちでも大して差は無いのだが。

ここのところ、Sから夜中に起こされて、精神状態がキツイ。

夜中の排尿処理は辛い。

昼間も、傾眠というか、認知の入り口にいると言うか。私の指示は入りにくい。

諍いが多く。私自身の人生を想う。晩年はsの介護に明け暮れて、それで、閉じるのか、

と思うと、なんだか空しい。私のこの世での存在価値なんてあったのかどうか。などと、不遜にも思ってしまう。

思考回路が混線しているようだが。

明日はまたSの介護介助で悩殺される一日になりそうだ。

(今週から、従来の金曜日に加えて水曜日にも、男性ヘルパーさんによる入浴介助が始まる。)

さて久しぶりに、2020年に作った曲を聞いてみたくなった。


YouTube: 「冬かたみ(FUYUKATAMI)」lulu&tonys(試作)

PS:せめてライフワークの方に、もう少し軸足を移さなければ。

来年から本格的に翻訳をスタートさせる予定の中国の詩集。これは今から百年余り前に発行された、当時の中国における新進詩人、散文家、小説家など8人による合詩集だ。

なんとか生きているうちに完訳したいのだが、何年かかるのだろうか。

取り敢えず、そのための準備として、その8人のうちの一人、ある文学者の散文の翻訳をスタートさせる。これは年内に終わらせる予定。

ああ、それにしても、例のパソコンの熱暴走アクシデントで、データが消失しなくてよかった。消失してたらと思うと・・・・・

当時の時代背景や、8人の簡単なプロフィールを調べて纏めていたわけで。それも中国の検索サイトからの読みこみ、翻訳作業。それに何か月をも要していたのだ。

2022年9月 3日 (土)

ナルコレプシ―。睡眠発作的な何か・・・・

真昼にも星降りしきる星に生き

捨てられし我ナルコレプシー

(2022.9.1。永洋)

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休耕田に転がっている、巨大なゴムホースの先は、出口はあるのかどうか、あるならどこへか。

ふっとこれから書くつもりだったことを滑り落としてしまった。

あかんわ。

2022年9月 2日 (金)

殊勝、首相、衆生、素性、趨勢、・・・・そして傲慢!杉田議員の登用で剥がれ落ちる岸田政権のぐらぐらな見かけ倒しと、そこに在る冷血。

2022年8月23日火曜日付、中国新聞社説。

「杉田水脈政務官 差別容認議員なぜ起用」

を興味深く読んだ。

そして、私もまた、岸田首相の見識や任命責任を強く問う。

「今すぐ辞めさせるべきである。」との社説に同意する。

そもそも、安倍元首相の国葬や、旧統一教会と自民党の表裏一体とも言える癒着の現状に対する甘い認識、後手後手に回りしかもぐらつくばかりのコロナ禍政策など、岸田首相の見識を疑う事ばかりである。というより、首相就任から今まで一体何をやって来たのだろう。安倍元首相のやり方を踏襲するのか、国会も開こうとはしない、岸田首相のコロナ陽性は恐らく連夜の会食のツケかと思うのだが。

弔問外交など、果たしてどれほどの成果が上がるのか疑わしい。国葬の為の莫大な国家予算は、庶民の苦しい生活のためにこそ使って欲しい。

2022年8月31日 (水)

昨日、今年初めての朝顔が咲いた。八月が終わる。夏が行く。手首が痛い。

そう言う訳で、手首に湿布を巻きつけるが、まあ気休め。

顔面神経痛もある。以前は秋の終わりから冬にかけてがひどかったのだが、今は年中。

歳をとったという事だろう。

介護に追われて・・・・、

ふと振り返ってみたら、2600日近く無休の介護。

これって凄くない?自分を褒めてやりたいよなあ。

入院中も毎日病院に通ったし、ショートステイと言ったって一泊二日だから、まあ、よく体が持っているわ!と思うわけで。

母の介護4年、足掛け5年。母は時々連泊のショートステイを我慢してくれたし・・

それに比べて、今の現実は厳しい。あれから歳もとったし。

もう8年目に入っている。

これから先が見通せない。

明日から9月。マジ、だんじゃりでもはじめようか。

一日ひとつづつ何かを捨てれば一年で365個を捨てることになる。

まあ、捨てるものはうんざりするほどある。

すてるに捨てられない未練をそろそろ断ち切らなくっちゃ。

で、先日のパソコンの熱暴走で、今年に入って準備しているライフワークの全てを消し去ってしまうところだったのだが、どうにか復旧。冷や汗たらたら・・・・

バックアップを心がけましょう。

えげつない政治権力の輩たちにうんざりしながら、それでも私は私なりに、生きれるところまで生きて行きましょうかね。

さて、昨日の朝は、7月の下旬に種をまいた朝顔が初めて一輪咲いたのだけれど、今日は雨が降ったり止んだりで、花は咲かなかった。

2022年8月25日 (木)

灯浮標61(2022.8.25)ゆっくりびっくりぎっくり腰。介護の夜に。

実は先週木曜日頃から腰の調子が悪い。元々悪かったわけだけれど、なお悪い。所謂ぎっくり腰の類。もう何度もやっている。母の介護の頃にも無理がたたって数回。Sの介護が始まってからも数回。

慢性化している。腰痛は持病になってしまった感があるが、とくにぎっくり腰は始末が悪い。

歩けない。じっと横たわっていても痛み続ける。

先週金曜日19日のSの言語療法は、私がどうにもならず、結局、急遽休む。

土曜日曜はS、ショートステイ。

帰宅後、夜、K君とスカイプ。Sの宝くじ(ロトやスクラッチ)の無駄使いを窘められて、S,もうしないとは言っていたが、いつまでそれが続くか・・・・、

私の腰は、湿布やコルセットや杖や、痛み止めなどで時間を稼ぐしかない。今日で一週間。

それでもやっと少しはましになった感。

一昨日は夜中の2時過ぎ。明け方5時過ぎと階下から起こされる。

昨夜は零時に起こされる。

こういう日が続くわけで、まあ、あきらめが先にたつが。

夜中にはよく雨が降る。それでも今日25日は朝から快晴。また暑くなる予感。

週はじめ22日、かかりつけ医へSを連れて行く。

いつもどうりの処方。ランドセンを頓服として処方してほしかったのだが、飲み過ぎになると断られる。まあ、それもそうだろう。

これまでがパーキンソン病の他の薬も含めて、多すぎたのだから。

先週末にSのお姉様からお菓子、書留など届く。

Sの知人から(写真展お祝いのお返し、お礼として)ゼリー菓子届く。

昨日は、Sの友人K君から鎌倉土産の鳩サブレなど。

先行き不透明ながら。久しぶりのメモでした。

そう言えば23日は処暑。

今日は夜8時過ぎて涼しい実感。秋の虫も鳴き始めている。

メモ:午前中、Sを歯医者に連れて行く。一ヶ月に一回の定期検診。

虫歯があるとか。その処置、長引きそう。今日のようにOFと重なると連れて行くのも一苦労。