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2023年3月11日 (土)

続・灯浮標4(2023.3.11)レスパイトの行方。パーキンソン病患者と介護。

眠れず。

先月末、Sの加入しているパーキンソン病友の会から会報最新号がSに届いた。

そのなかの一文に目が留まる。

パーキンソン病当事者によるレスパイト入院とショートステイの経験談である。

冒頭からそこに書かれているのは、もう一度は無いと言う、その患者の思いである。

確かに、Sの場合もそうだ、ショートステイにおいて、常に不満が渦を巻く。ケアマネさんを交えて色々と話すのだが、毎回困難を極める。どうにか1泊ショートを利用させてはいる。入院は現在はまだ難しい。

それにしても、その寄稿者は、会報の編集にも携わっている方である。それがレスパイト入院やショートステイのマイナス部分を冒頭から書き連ねられては、これからそうしたシステムを利用しようとしている患者や、そのご家族がどういった印象を持たれるだろうか・・・、一介護者でもある私は暗澹たる思いに捉われる。その文を読むに、先ず「レスパイト」を理解しておられないようだ。これは本来、ご家族など介護者の負担を少しでも軽減する、短期間でも介護から解放すると言う意味が強い言葉である。介護から一瞬でも「逃避」しなければ、当事者は潰れてしまう、その切迫した状況をなんとか打開しようとするものなのだが、その投稿者は、ご本人の休息と言った意味合いに力点を置かれているようだ。もちろんそれもあるのだろうが。

友の会自体が、ほとんど当事者だけで運営されていて、結果的には客観性を欠きがちな会の性格をそこに見る思いがしたのだ。(かといって、外部からの協力者を積極的には募ってもいないようだ。先ず、そういった問題意識も希薄に思える。)

さて、

3月8日付のブログ「泳ぐ」に書き留めている言葉。

「マインドフルネス」

・瞑想、それに伴った呼吸法に拠る思考制御、心地よさへの体と思考の誘導・・・とか、私はそう理解する。

「アンが—マネジメント」

・怒りの制御。言葉を発するまでの、6秒の鍛錬。

わかることはわかるが、なかなかの難物。

介護者と介護を受ける人間との一種、攻防は続く。笑

今朝もまた、午前2時に呼び起こされたのである。

昨日も、排尿、排便介助、その後始末・・・等々。+食事の用意などなど。ぐったりな状況はさして変わらず。まあ、午前中のヘルパーさん、午後の入浴介助。そうしたことは、私にとって大きな救いでもある。

ああ。

今日は、デーサービスがある。その間、私は月に1回の太極拳サークルへ。

2023年3月 8日 (水)

泳ぐ。

3月6日は啓蟄。次第に暖かくなってくるのを実感する。

3月7日火曜日。忙しない一日。Sをデーサービスに連れて行く。

区民プールで20分程度、ゆっくりと泳ぐ。

十数人の利用者。平日もあって、その殆どは老人。まあ、私もその一人だなあと裸の自分を鏡に映してつくづく。

整形外科で週1回のリハビリ。相変わらず左腕が重いわけで。

それから、1ヶ月余り前に予約していた市内の病院へ。

受診は精神科。比較的若い先生が問診。ところがその担当医師、この4月には大学病院に戻られるという事で、なんだかなあ・・・

取り敢えずは、1時間近くカウンセリング。まあ、結局環境を変えない限り特効薬などないわけで。

分かってはいるのだが、Sとの関係性を変化させていくのは容易ではない。

次回カウンセリング予約をぎりぎり3月末に入れる。その後はどうなるか。

会計窓口で、何かの手違いがあったらしく、50分近く待たされる。

そんなもの、現実は。

精神科、心療内科で定評のある病院だけに、待合の人々は、本当に個性的なわけで、実は、十年近く前、生前、母も心療内科に通院していたのだが、そのころの空気感が甦る。

それなりに辛いのだ。この病院にコンタクトをとった私の気分を、誰が知るだろうか。

Sにも分かりはしない、きっと。

怒りを内包したまま、静かに介護を続けることなど・・・・出来るとは思わないのだが、私やSを知らない誰かに話しを聞いてほしいだけなのだろう。

処方箋は今回無し。

会話の中で出てきた医師の言葉を幾つか。

深呼吸。

マインドフルネス。

アンが—マネジメント。

統合失調症としてのパーキンソン病。

電気軽減療法、などなど。

今日8日、庭の梅が咲き始めている。鶯の啼声を聴いた。蛙も鳴いている。

去年からほったらかしにしていた庭木の剪定や枝、落葉の処理、今年に入って少しずつやってはいたのだが、今日やっと一段落。(今年の秋を思うと溜息。そもそも私はその頃元気かどうかとか。)

2023年3月 1日 (水)

「蜜のように甘く」読了。

(メモ)

イーディス・パールマン著「蜜のように甘く」(古屋美登里訳 亜紀書房刊)

読了!この短編集凄し!!

2023年2月28日 (火)

選択。整形外科にて。

今日2月終りは、4月の暖かさとか。

お昼12時からのリハビリを終えて、車の中で昼食。

そして2時半から受診。

先生は、MRIを撮ってみるか、それともこのままとりあえずは関節注射とリハビリを続けながら経過を診ていくか、などと。

全部で3つの選択肢を提示される。その中の一つは、まあ一番無難な注射とリハビリの継続。

1回目の注射は2月15日付のブログに書いている。

2回目(2月21日)は以下の通り。

左腕肩関節に。(状態が良くなった右腕は無し。)

アルツディスポ関節注25㎎ 1%2.5ml 1筒

カルボカインアンプル注1% 2ml 1菅

3回目の今日は1回目と同じ。(右腕は無し。但し左肩関節の注射位置が前回、前々回と微妙に異なる。)1回目同様の強い注射。

ケナコルト―A筋注用関節腔内用水懸注40mg/1ml 0.5瓶

カルボカインアンプル注1% 5ml 1菅

(数日の疲れが溜まっている。腕も体も、気分もだるい。)

安けりゃ何でもいいわけで、まずく冷たい缶コーヒーを飲みながら、帰った。

2023年2月27日 (月)

続・灯浮標2(2023.2.27)夢。

風雨に家が揺れ、壁もふわふわと膨らみ騒ぐ。私は痺れた足と痛む左肩、左腕を持て余しながら階下へ降りようとするのだがままならない。

すると、トイレに向かうSの姿が、階下に確認できる。そのSは私を見ると、一言、「君もパーキンソン病じゃないの」と声を掛けてくる。

そこで目が覚めた。夢だ。ただ、確かに足はだるく、肩も相変わらず痛いのだ。

Sは一昨日、昨日、今朝がたと、私を起こす時間帯は異なるものの、排尿などの介護が必要。からだの振顫も酷い。Sが私を呼ばなければ呼ばないで、熟睡も出来ない。

今年に入って、Sは競馬をやりたがる。私がネット投票をしてやる。結局は負けが込むのだが。

まあ、そう大金は注げないので、とりあえずは私の気持ちを抑えてはいる。

今日は、午後、Sの言語リハビリで、病院まで連れて行く。

夕方から夜にかけてひどく疲れている。疲れ果てている。

(追記)

夜9時過ぎ、Sをリビングから寝室のベッドに車椅子で移動させる。

それから1時間半ぐらいたったころ、酷く咳き込む声が、2階の私の部屋まで聴こえてくる。

階下に下りてみると、Sはベッドに座り込んで、激しく咳き込んでいる。どうも誤嚥のようだ。

昼間に飲みこんでしまった飴玉が喉の奥か気管の入り口に留まっていると言うのだが、よく分からない。お湯を飲ませる。しばらく様子を見る。咳が止まらないので、体の右を下にしてベッドに横たわらせて、背中をしばらく叩きつづけてみる。すると程なくおとなしくなって、眠り始めた。

灯りを消して部屋を出る。時間は夜11時過ぎ。それから更に日付が変わって3時過ぎ、Sの様子を窺うと、体勢は少し崩れていたが、ほぼ横向きのままでよく眠っている。

取り敢えずは落ち着いた様子だ。

2023年2月26日 (日)

若干のノスタルジーを込めて、エゴン・シーレのこと。

初めて私がエゴンシーレの存在を知ったのは、大島渚監督が、もうとっくに誌名も忘れたが確か雑誌のコラムか何かで、自身の好きな画家の一人としてエゴン・シーレの名前を記しておられて、そう言う偶然があったからだ。もう何十年も昔の事だ。

殆どその当時、あれもまた偶然なのだが、広島の街を歩いていて、京口門辺りに画廊があって、それはビルの狭い階段を上がった二階で、常設展だったような気がする。そこに、エゴン・シーレの小さな素描(まるで息を吐くような若い男の顔だったような)が一点掛けられていた。

しばらくその作品に見入っていた。そうしたら、画廊のオーナーらしき人物が、英語版のEGON SCHIELE図録を私に手渡し、差し上げますと。

それが今も手元にある。表紙にローマ字で小さくNAGATAの文字が読み取れる。その「ナガタ画廊」は今もあるのだろうか…。

今回、今更ではあるが、ページをめくっていて、その最後に色の褪せて薄っすらと染みのついた「友部正人コンサート」のチラシが挟まっていることに気がついた。

それには’82年3月21日(日)開演午後6時。ところ:ナガタ画廊、前売1,000円、当日1,200円とある。それで、私がシーレの作品を初めてみたのが27歳だったことが分かった。今からもう40年以上前の事だ。

次にエゴン・シーレを見たのが、ナガタ画廊での出会いから4年後、1986年5月17日~6月29日、奈良県立美術館で開催された「エゴン・シーレとウィーン世紀末」展でのことだ。私はなけなしの財布をはたいて、奈良まで行った。その時買い求めた図録もまた手元に在る。因みに私が持っているシーレに関する書籍の類は、他に「美術手帖3 特集シーレとウィーン 1986」ぐらいだ。

私は、今もシーレに惹かれる。ノスタルジーと共に。雑なあざとい言い方と分かったうえで「体の奥が疼く」のだ。特に一連のヌードの自画像がいい。また、街並みを描いた作品の中には、意外かも知れないが、殿敷侃の最初期の油彩と通じるものがるような、そんな思い込みも私にはある。

さて、現在のこと。「レオポルド美術館 エゴン・シーレ展 ウィーンが生んだ若き天才」が、東京都美術館で2023年4月9日(日)まで開催されている。そういうことである。

2023年2月24日 (金)

春を耕す。

雨水(2月19日)過ぎて21日の朝の雪。

中国の諺(農諺)に、

「立春雨水二月里、送粪莫等冰消完。」

拙訳で

「立春雨水は二月のうちに、氷溶け去るを待たず肥やしを運ぶ。」

があります。

雪は降っても、はや春を耕す季節とか。

因みに、私のメモ帖によれば、2022年2月21日も雪だったみたいです。

2023年2月15日 (水)

三ヶ月の辛抱の果て。整形外科受診、顛末あれこれ。

私自身のこと。

昨年11月下旬から特に左腕が不調。腕が上がらない。水平にすることさえままならない。

肩から肩甲骨、肘にかけての痛みがひどい。

左腕ほどではないにせよ、右腕も痛い。

行きつけのクリニックで痛みどめ(カロナール)を処方してもらったり、

月一回同じクリニックでリハビリを受けたりはしていたが、どうも好転しない。ここ数日は特に痛みも酷かった。

結局、意を決して以前何度か受診したことのある、駅前のH整形外科を受診。

この医院は、母が生前何度か通っているし、Sも例の肺の異常を見つけてもらったところだ。

私も坐骨神経痛で通ったことがある。

ただ、患者が多い。

昨日の火曜日は特に多かったようで、午前十時半の受け付け、受診は午後1時になった。

待ちくたびれたわけだが、それでも、よく診てくれた。

レントゲンの結果、骨には異常はなく、やはり、介護からくる筋肉疲労の可能性が高いようだ。

右肘はテニス肘。問題の左手は、筋肉の断裂も疑われるが、とりあえずは注射を打って様子を見ることに。

来週から週1のペースで通院。リハビルも開始。Sの介護等のスケジュールに合わせて、予定を組んでいく。

尚、昨日の注射は以下の通り。

(左手)関節腔内注射

・ケナコルトーA筋中用関節腔内用水懸注40㎎/1ml 0.5瓶

・カルボカインアンプル注1% 5ml 1管

(右手)腱鞘内注射

・ケナコルト―A筋中用関節腔内用水懸注40mg/1ml 0,25 瓶

・カルボカインアンプル注1% 2ml 1菅

今日2月15日は、朝から小雪。終日、降ったり止んだり。寒い。

昨日の注射は、今朝、若干効いてきいたよう。痛みも大分落ち着いてきたようだ。

2023年2月10日 (金)

立春過ぎて霙、湿雪。

(メモ)

2022年2月10日。日付が変わったごろから激しく霙。

10日夜明け前から、重い重い湿り雪。

夕方まで続く。

雪は小雨に。

2023年2月 5日 (日)

元宵節の夜。

大寒寒波は、結局先々週1月25日水曜をヤマに、先週の30日まで断続的に続いた。

あれから1週間近くになるが、庭にはまだ雪が残っている。

2月4日立春。

今日5日は春節から2週間。元宵節。

月日は、過ぎて振り返ってみれば、ずいぶん早い。

国の政治はずたずた。

政権与党の、差別(的)暴走。

マイノリティに偏見と無知と差別で対峙する彼ら為政者に怒りを覚えつつ。

岸田首相は何時まで権力の座にしがみついているつもりなのか。