春を耕す。
雨水(2月19日)過ぎて21日の朝の雪。
中国の諺(農諺)に、
「立春雨水二月里、送粪莫等冰消完。」
拙訳で
「立春雨水は二月のうちに、氷溶け去るを待たず肥やしを運ぶ。」
があります。
雪は降っても、はや春を耕す季節とか。
因みに、私のメモ帖によれば、2022年2月21日も雪だったみたいです。
雨水(2月19日)過ぎて21日の朝の雪。
中国の諺(農諺)に、
「立春雨水二月里、送粪莫等冰消完。」
拙訳で
「立春雨水は二月のうちに、氷溶け去るを待たず肥やしを運ぶ。」
があります。
雪は降っても、はや春を耕す季節とか。
因みに、私のメモ帖によれば、2022年2月21日も雪だったみたいです。
私自身のこと。
昨年11月下旬から特に左腕が不調。腕が上がらない。水平にすることさえままならない。
肩から肩甲骨、肘にかけての痛みがひどい。
左腕ほどではないにせよ、右腕も痛い。
行きつけのクリニックで痛みどめ(カロナール)を処方してもらったり、
月一回同じクリニックでリハビリを受けたりはしていたが、どうも好転しない。ここ数日は特に痛みも酷かった。
結局、意を決して以前何度か受診したことのある、駅前のH整形外科を受診。
この医院は、母が生前何度か通っているし、Sも例の肺の異常を見つけてもらったところだ。
私も坐骨神経痛で通ったことがある。
ただ、患者が多い。
昨日の火曜日は特に多かったようで、午前十時半の受け付け、受診は午後1時になった。
待ちくたびれたわけだが、それでも、よく診てくれた。
レントゲンの結果、骨には異常はなく、やはり、介護からくる筋肉疲労の可能性が高いようだ。
右肘はテニス肘。問題の左手は、筋肉の断裂も疑われるが、とりあえずは注射を打って様子を見ることに。
来週から週1のペースで通院。リハビルも開始。Sの介護等のスケジュールに合わせて、予定を組んでいく。
尚、昨日の注射は以下の通り。
(左手)関節腔内注射
・ケナコルトーA筋中用関節腔内用水懸注40㎎/1ml 0.5瓶
・カルボカインアンプル注1% 5ml 1管
(右手)腱鞘内注射
・ケナコルト―A筋中用関節腔内用水懸注40mg/1ml 0,25 瓶
・カルボカインアンプル注1% 2ml 1菅
今日2月15日は、朝から小雪。終日、降ったり止んだり。寒い。
昨日の注射は、今朝、若干効いてきいたよう。痛みも大分落ち着いてきたようだ。
(メモ)
2022年2月10日。日付が変わったごろから激しく霙。
10日夜明け前から、重い重い湿り雪。
夕方まで続く。
雪は小雨に。
前回、灯浮標76の続き。
2泊3日のショートステイの件。
S、結局スタッフの対応などについて納得がいかず、私がケアマネージャーとやり取りをして、そしてスタッフサイドに聞き取りをされ、2月1日、ケアマネージャーがこちらに来られる。
Sの納得がいっていなかったことなどを直接Sに説明される。どこまで理解できたのか分からないが、どうにか収まりつつはあるようだ。当面2泊3日のショートステイは中止。先週末のショートステイも中止。デイサービスに振り替えた。
毎食後の傾眠状態がより顕著になりつつあるようだ。
日中の覚醒した時間も少なくなりつつある。
ギャンブル依存について言えば、度々触れているが、やはり消えることは無い。
金額は少なくなったものの、宝くじ(ロト)、競馬(ネット購入)などは毎週のように購入。
私の心にそれが苛立ちとなって積み重なる。
最近は、Sとの会話も減少。
それぞれが孤立している。
私は、1月末、以前母が通院していた心療内科のある病院(市内)に電話でコンタクト。
Sではなく、私が受信するために心療内科を予約。色々聞き取りをされて、予約は1か月余り先の3月初め。なんだか、社会の有り様を反映しているような混み具合である。
Sの誕生日は2月8日。数日後には69歳になる。
今年1月でパーキンソン病の発病から18年目に入ったS。
Sも私も、これからどうなるのか。
私には、私自身の老いや精神の疲弊と併せて、不安しかない。
灯浮標を書き始めて1年になる。少し休もうかなとも。ここの所、代わり映えしないし。
うす雲の朝。庭にはまだ雪。
今日は、午後、言語療法リハビリにSを連れて行く。
あと一時間余りでヘルパーさんが来られる。(午前中1時間半の身体介助&生活介助)
最近つとに感じるのが、Sの認知症の入り口かなあ、と思わせるような、日中の幻聴、幻視、幻覚の散発的な出現。私の言葉も入っていない。意味不明の言葉をつぶやいていることもある。
今日などは、夕方、そろそろ学校へ行くと言い出す始末。(見当識障害か?)
私の気分が落ち込む。あと何年、この家で同居が可能だろうか。
私の腕から肩にかけての痛みも、昨年11月末から一向に治らない。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
大寒寒波は、結局先々週1月25日水曜をヤマに、先週の30日まで断続的に続いた。
あれから1週間近くになるが、庭にはまだ雪が残っている。
2月4日立春。
今日5日は春節から2週間。元宵節。
月日は、過ぎて振り返ってみれば、ずいぶん早い。
国の政治はずたずた。
政権与党の、差別(的)暴走。
マイノリティに偏見と無知と差別で対峙する彼ら為政者に怒りを覚えつつ。
岸田首相は何時まで権力の座にしがみついているつもりなのか。
s、1月28日(土)から30日(月)まで、ショートステイ初2泊3日。
その間も雪降り止まず。
複数のスタッフとの軋轢が色々とあったようで、しばらくは2泊3日はおろか1泊も無理か・・・。
利用者も人間。スタッフも人間。難しい。
スタッフの全てではないが利用者の多くが認知症ということもあって、人に接する方法論?がおかしくなっているのではなかろうか。とも推測する。
Sに関して言えば、幻覚幻聴等がしばしばあるものの、認知症とまでは行かず、その対応は確かに、本当に本当に難しい。疲労が蓄積する。(常に介護している私の実感!!!!!)
凍える日々が続いている。1月も終わるが、身も心も厳寒の底に在る。
(日曜日、Sからの頼みで馬券をネットで買う。もちろん、スル!笑)
夜11時過ぎ、Sが階下から私を呼んでいる。おしっこをたっぷり吸いこんだ紙おむつを替える。尿瓶の尿を捨て洗う。新しい紙おむつを穿かせる。ズボンを穿かせる。体勢を整えてやる。
54キロ程度の私が、70キロ近いsの体を動かすのはやはりツライ。
大寒過ぎて、春節過ぎて、寒さは尚一層厳しい。
24日火曜日昼過ぎから雪激しくなり、25日朝には40センチ近く積もっていた。私が記憶する限りでは、十四五年振りではないか。
午前中の訪問リハビリは急遽休止に。それでも、Sの入浴介護には大雪の中、来て頂けた。
終日、冷蔵庫の中にいるような凍える寒さ。
明けて、今日26日、昨日からの雪はほとんど溶けず。
きびしい寒さが続いている。
昨年末のクリスマス寒波から一ヶ月、大寒寒波襲来!
昨夜から重い雪が降り積もっている。
新年快乐 万事如意
玉兔迎春到 红梅祝福来
今日、20231月22日は春節(旧正月)。
私のブログを訪ねて頂いた皆様にとって、新しい一年がより健康で穏やかな日々となりますように。
世界から争いが無くなりますように。
昨夜は同居人の足の痛みや体の震えの介護でほとんど眠れず、それが、今日は呼ばれることは無いのだが、昨日の寝不足からか、却って眠れない。
どうしたはずみか、布団の中の私の脳裏に、山頭火の「分け入っても分け入っても青い山」が繰り返し出てきて、ならば私の場合は、
「切っても切っても白い波」或いはゴロ良く「抜き手を切れば白い海」なのだろう。などと無音で呟いている・・・。(ああ、立ち切れない人生がある。哂え!)
今更に、「青い山」がイコール「人生」となる。そんなことにこの老いた歳になって気付くのだ。とうに評論家や山頭火愛好家が述べてはいるのだろうが。ただ、彼は無鉄砲に藪を分け入っているわけではないのだろう。そこにはけもの道、或いは山里を縫う険しく細い道が続いているに違いない。その瑞々しく美しい青い山を辿っているのだ。人恋しさまでも私は想う。どうだろうか。決して孤独ではない。などと。いつか必ず人と遭遇するのである。一幅の山水画がそうであるように。
泳ぎはしないが、冬の海に行って見たい。
追記:「きって」つながりで、今年届いたお年玉付き年賀はがき、十数枚ながら切手シートが一枚当たりました。確率いいよね。