« 2012年7月 | メイン | 2012年9月 »

2012年8月

2012年8月21日 (火)

いつもの、ベリーショートで。

夕方、散髪しました。

栗饅頭を買いました。

CDを予約しました。

本を購入しました。

晩ご飯を作って食べて、うたた寝しました。

中国語のお勉強をして、

お風呂に入って、晩安。

おやすみなさい。

では、また明日。

あっ、今、NHK、Biz+で・・・、パナソニックも大変なんだ。

昼には、シャープも大変って、言ってたけれど。

2012年8月20日 (月)

おはよ。

120820_

2012年8月19日 (日)

昨日の海の向こうは四国。たぶん。

120818_1337431

2012年8月18日 (土)

アメリカデイゴ(海紅豆)が満開でした。

この夏2回目のぷかぷか。

120818

2012年8月17日 (金)

ジェロ(Jero):「MY LIFE」RELEASE PARTY参加!

Tonight(2012.8.17)!

<INFINITY16>

BADDAZ vol.01 ~NEW ALBUM「MY LIFE」RELEASE PARTY~

http://www.vision-tokyo.com/event/to-be-announced-5

http://www.youtube.com/watch?v=9JLH_Gnyqhg&feature=colike

2012年8月16日 (木)

闇の向こうから秋が。

もう、7月のはじめ頃から咲いているんだ。

1208158

http://ameblo.jp/qingyesi/

2012年8月15日 (水)

湖畔の菩提樹。

先日まで預かっていた犬たちの匂いが残っている。ふと、懐かしい。

さて、以下は、今年2012年8月6日の、広島市長による「平和宣言」(平和記念式典で市長が世界に向けて読み上げるものです。)からの抜粋です。宣言文全体の約三分の一程度を割いて述べられている、2011年3月の福島原発事故に関わる部分です。

・・・・・

2011年3月11日は、自然災害に原子力発電所の事故が重なる未曾有の大惨事が発生した、人類にとって忘れ難い日となりました。今も苦しい生活を強いられながらも、前向きに生きようとする被災者の皆さんの姿は、67年前のあの日を経験したヒロシマの人々と重なります。皆さん、必ず訪れる明日への希望を信じてください。私たちの心は、皆さんと共にあります。

あの忌まわしい事故を教訓とし、我が国のエネルギー政策について、「核と人類は共存できない」という訴えのほか様々な声を反映した国民的議論が進められています。日本政府は、市民の暮らしと安全を守るためのエネルギー政策を一刻も早く確立してください。また、唯一の被爆国としてヒロシマ・ナガサキと思いを共有し、さらに、私たちの住む北東アジアに不安定な情勢が見られることをしっかり認識した上で、核兵器廃絶に向けリーダーシップを一層発揮してください。そして、原爆により今なお苦しんでいる国内外の被爆者への温かい支援策を充実させるとともに、「黒い雨降雨地域」の拡大に向けた政治判断をしてください。

・・・・

これは・・・あまりに酷い。どこか見知らぬ遠い国で起きた原発事故かと錯覚させるような、まるで他人事ではないか。平和宣言の冒頭部分に引用してある、体験者による原爆のその惨状の証言は、いったい何のためなのか。よくも、『・・・皆さん、必ず訪れる明日への希望を信じてください。私たちの心は、皆さんと共にあります。』などと、言えたものだ。

自らの立ち位置を明確にせず、さらには、ことの本質を曖昧化するこうした文章に、力は無い。

画像は、広島県の土師ダム湖畔に自生している、一本の菩提樹(チュウゴクボダイジュ)です。

120806_

「ホギリート」更新

2012年8月14日 (火)

踏み段をもってこなきゃ。

8月12日深夜から13日未明にかけて、

ペルセウス座流星群が降り注ぐということでしたが、

皆さんは、ごらんになりましたか。

私は、そんな遅くまで目ももたず、能も働かず、

眠っておりました。

お天気はどうでしたっけ。

宇宙の彼方からの、魂のお盆帰りは確認できたのでしょうか。

まあ、それにしても、会いたい人の魂が、

人の形に姿を変えて現れるというわけでもないのですから。

写真のほこりでも払いましょう。

「ホギリート」更新

2012年8月13日 (月)

またひとり、じゃ~ん。

1週間ご滞在。本日お帰りになりました。

120809_08

「ホギリート」更新

2012年8月12日 (日)

つまるところ、無題。

新潮9月号。

結局3店目で購入。

広島ではわりかし大きな地場書店チェーンなんか、

もう新潮も群像も置いてないんだって。

文学界は、文芸春秋のついでに置いてあるのかな、なんて。

だれがよむのだろう、

いわゆる、純文芸誌。

(ここの箇所の変換は文芸死。がふさわしい。)

購読者って、新人賞狙いか、未だに文学少年。

まさかねえ。

懐かしかった、こういう雑誌手に取るの。

小川国夫の未発表作品が載ってなければ、

また十年は買わないところだったのだろう。

って、また、俺、くだらんこと、書きすぎや!

ところで、最近の小説読んでふと感じたのだけれど、

パソコン打ちで小説創っているのと、

原稿用紙にペンで直接書いているのって、

なんだか、見分けられるような気がした。

だからどうしたって、ことじゃないのだけれどね。

120812

「ホギリート」更新