昨夜(26日)、パーキンソン病のご主人(最後は総合病院に入院して71歳で亡くなられた。亡くなる直前には胃瘻も。)を長く介護しておられた奥様(古くからのS,私共通の知人)に久しぶりに電話。色々と相談する。ご主人も低血圧などで色々と大変な日常だったと改めてお聞きする。
また、昨夜は私の古い友人から電話。お互いの近況など話す。心が安らぐ。感謝。
今朝(27日)は、久しぶりにSの血圧、高めながらも安定。(7時、食前で141~86、脈拍48、体温36.8度)
表情も落ち着いて見える。昨夜来の激しい雨も上がり、気圧の変化なども影響しているのか。
午前中、ヘルパーさん。(1時間半)。
午後、訪問リハビリ(45分)。
(メモ)
ブログバックナンバーに目を通してみたのだが、Sの「特定調停」についての記録を書いてないようなので、ここにメモしておく。(書ける範囲でではあるが。)
平成27年(2015年)7月中旬、Sの多額のクレジット会社からの借り入れが発覚。(不確かではあるが、Sが私に借金を頼んだことがきっかけだったような記憶がある。)借り入れの原因の多くはパチンコによる借金。そしてネットで知り合った人物とのトラブルもあったらしいが、詳細はよく分からない。
私の自宅で、私、S、それに共通の友人Yの3人で対応策を話す。(当時、Sは既に私の家で愛犬2匹と共に多く起居していた。)
よく覚えていないのだが、消費者相談センター的な公的な機関と相談して、すぐにクレジット会社に電話。返済停止を申し入れる。
平成27年8月19日、簡易裁判所にクレジット会社4社を相手方に、特定調停申立書を提出。
平成27年10月28日、簡易裁判所にて、クレジット会社4社からの各担当者、S、私が同席。簡易裁判所裁判長により、特定調停の各法律に基づき、クレジット会社担当者、Sの同意の下、返済計画が決定される。(特定調停事件、正本発行日付は10月30日)
返済開始、平成27年11月。返済完了は、A社:平成31年5月(返済額:298474円)43回。B社:平成31年2月(200453円)40回。C社:平成31年9月(283264円)47回。D社:平成31年3月(491055円)41回。返済総額:1273246円。*尚、A,B,c社は残元金、確定金利を含んだ金額。D社は確定金利を放棄した。
11月からの返済について。A社、初回4474円、以降は各回7000円。B社、初回5453円、以降は各回5000円。B社、初回7264円、以降は各回6000円、D社、初回11055円、以降は12000円。
初回月、終了月を除き、毎月30000円の返済となる。それが4年間続く。そしてその4年間、Sはまだギャンブル依存から抜け出せていなく、返済はもちろん、様々な理由から、最後にはSの持ち家を売却することになり、住民票住所も私の家となる。
ATMによる返済だったが、Sの年金により、毎月の返済作業は全て私がした。パーキンソン病が進行し、且つギャンブル依存症から抜け出せていないSにはその作業は困難だった。
これらの具体的な事柄や内情についてはSの唯一の親族であるお姉様も知る由もなかった。返済に掛かる金銭について、一切の援助は受けなかった。(Sが本件について詳しくは伝えなかった。)
ギャンブル等による借金に至るまでに、Sは、Sの退職金(公務員(教職)であり、その額は私から見れば驚くほどの高額である。)及び貯蓄のほとんど全て(合せて数千万円に及ぶらしい。)をギャンブル、ネットトラブルで失っているのである。お姉様の驚きは、そのことにもあった。
返済の前後、最中も、ここには書き難い色々なことがあり、弁護士との相談、検察庁からの呼び出し、他都市の刑事とのやりとり等、様ざまな事があった。(そのほとんど全てに私がSに立ち会ってはいるが・・・)
返済期間中、その4年の間に愛犬は2匹とも旅立つ。返済直後、Sは膿胸で入院、その年の年末には中国で新型コロナウィルスが確認される。
*調停の席で裁判官は、まるで他人事のような表情のSを窘めた。そのことを私は未だにはっきりと覚えている。
16日(土)17日(日)とSはショートステイ。ただ、ありがちな事ではあるのだが、今回も女性スタッフとのコミニュケーションがあまりうまくは行かず、ストレスが溜まったようだ。
そして、今日18日未明、1時半過ぎ、Sの私を呼ぶ声で起こされる。足がムズムズする。足先が痛い・・・などと。下半身はジャージを脱ぎオムツだけになっている。足をさすってやり落ち着かせる。
朝方5時過ぎ、また呼び起こされる。暖房が切れてしまい寒いと訴える。既に朝7時の薬を飲んでいるのだが、覚醒はしていない。
朝、8時半ごろ朝食を用意するも傾眠状態がひどい。血圧が96~55と低め。
10過ぎ、おむつの中に排便(多量の軟便)。意識がはっきりしていない。
衣服をすべて脱がせて、お風呂でシャワー。これはSが自分で出来ると言うのでまかせる。
私が二階に上がっているとき鈍い音。お風呂で転倒してしまったようだ。軽く頭も打撲。が、風呂の蓋を立て掛けていたところに当たったようで、たいしたことはなさそう。相変わらず傾眠ぎみ。
体を洗ってやり、拭き、衣服を着せる。車椅子に座らせる。
多量の洗濯・・・。
少し目を離したすきにまたリビングでこけている。幸いひざ下の擦り傷程度。
11時過ぎ。血圧116-76、オキシパルメーター97、ただ脈拍48と低めだったが血圧も上昇しており、本人が、言語リハビリは休みたくないと言うので、昼食殆どとらずも、車に乗せリハビリ病院に向かう。
病院で、リハビリ前の計測。13時の血圧78-58(69)、リハビリ途中13:30の血圧70-52.
担当の言語療法士、看護師たちが相談して、リハビリ中止。帰宅することに。
S,そうした状況にあってもそれでも宝くじのロト6はしっかり買う。帰宅途中に車を止め、実際に窓口で買うのはもちろん私の仕事だが・・・。
帰宅して15:30の血圧91-59、脈は58.オキシパルは97.
かかりつけのクリニックに問い合わすと、とりあえずは水分をしっかりとって、様子見とのこと。
夕食はスーパーで買った焼肉弁当を、ほぼ半分強食べる。
夜7時ごろまで傾眠状態が続く。
ロトの結果を私に調べさそうとして、私がキレる。口論。
私の疲労はピーク。肉体的にも精神的にも、私の負担は大きすぎる。
8時近くなって、やっとSは覚醒したよう。
それから、食卓の上に外れたロトの用紙やスクラッチを散乱させている。
(私はつい、ヒステリックに言い募ってしまう。思わず食卓の上の湯呑のお茶をこぼす。)
Sに服用薬について何度も説明してやるが、なぜかどうしても理解が出来ない。学習障害?が顕著か・・・。薬局が発行する、処方箋についての説明書きを見せる。
今年に入って処方が始まったオンジェンティス錠やデエビゴ錠、また量が減ったミラベックス錠。そしてS自身の老化、パーキンソン病の進行、冬から春にかけての気候の変動。デーサービス、ショートステイでのスタッフとの問題、自律神経など色々な要素が絡み合って、Sの体調が激しく変動しているようにも思える。あまり一喜一憂しない事ではあるのだろうが、介護を殆ど私一人で担っている現状では、辛いものがある。
夜10時前、私はSに早く眠るように言って、2階に上がる。Sはベッド脇のットレスの上にいる。今夜、そして明日はどうなることやら。
そして、数年前に亡くなった愛犬2匹が、Sの前にまた現れているようだ。その確かな存在を私に訴える・・・。幻覚幻聴を説明しても納得させることは出来ない。
長い一日だった。
昨日未明、」1時半ごろ階下のSに呼び起こされる。4年前に亡くなった愛犬が居ると叫んでいる。落ち着かせる。朝方4時過ぎ、またも愛犬が居ると私を呼ぶ。愛犬の生前中、Sはギャンブルに溺れ、充分な愛情を注いでやることができなかった。その悔悟がある。もう一匹への愛情の偏りも今更に感じているのだろう。昨夜遅くにも私を呼び起こす。
昨日午前は言語療法リハビリ、午後は入浴介護。終日、認知症状が見え隠れしていた。覚醒しない。
新しい睡眠薬デエビゴの影響か。ウェアリングオフの改善薬として処方された新薬オンジェンティスの影響か・・或いは幻聴幻覚や病的賭博を惹き起こす要因の一つと指摘されているミラベックスを減らした影響か。それらが繋がっての症状か。パーキンソン病歴18年目の症状か・・・
私には判断しかねるが。やはり、介護サイドの疲労感、普通じゃない。肉体的にも精神的にもつらい。
私も結局精神安定剤を久しぶりに服用。
日々、不安ばかりが募る。
8日(金曜日)は未明3時台に電話で起こされる。昨日は久しぶりに夜中、呼ばれることはなかった。今日は未明2時台に呼び起こされる。悪夢を見たらしい。また、曾ての飼い犬も繰り返し夢や幻覚で出現しているようだ。実際に玄関の扉を開け犬を捜し飛び出ることもある。
ミラベックスを減らして以降、頻度は落ちたような気はするがやはり幻覚幻聴の類はなくならない。また夜中に空腹を覚えて冷蔵庫からリンゴを取り出して丸ごと齧ることも複数回。
気分の波の揺れが大きい。
まあ、私もこのところ、介護疲れの積み重なりもあってかイライラの幅が大きい。
ウクライナ報道。進展はなかなか見られないようだ。
言葉を、只連ねて見る。思い出すままに。
キーフ、ブチャ、マリウポリ、ソチ、ベトナム戦争、枯葉剤、アウシュヴィッツ、南京虐殺、広島、長崎、東京大空襲、沖縄戦、関東大震災、朝鮮人虐殺、日本軍731部隊、細菌兵器人体実験、シベリア抑留、ホロコースト、ロヒンギャ、クメールルージュ、・・・・・・・・
日本が明治大正昭和とアジア諸国、南洋諸島を侵略、植民地化した事実を脇に置いては、ロシアを非難できない。その歴史的事実の上で、ロシアによるウクライナ侵攻の現実を許してはならないのだ。
Sは19日(土)20日(日)、月一回のショートステイ。私のレスパイト。
土曜日は田舎へ墓参。帰路、激しい雨にたたられる。長い運転歴の中でもあまり経験がない程で、途中パーキングエリアで仮眠。
20日は、地下鉄サリン事件から27年。14人死亡、6900人の被害者。
そして、宮城・福島では依然2万戸が断水とか。
私と言えば、朝から血圧が高い。175-116(食前、朝10時)
何度計っても・・・・結局170-109がせいぜい。流石に心配になる。
振り返ってみるに、昨年4月頃から血圧が高くなり始めたのだが。まだ薬のお世話にはなっていない。
朝4時、いつものように、テレビからは通販番組が流れている。
今日はSの友人が数か月ぶりに遊びに来る。
もう少し眠る。
2022年3月16の日午後11時36分ごろ発生した宮城・福島を中心とする震度6強の地震では多くの被害がでた。現時点で3人死亡180人以上がけが。東北新幹線脱線。福島原発は一時冷却停止。
ウクライナでは、500人以上の市民が避難しているマリウポリの劇場がロシア軍に空爆されて、多くの死者、けが人が出ているようだ。救出が続けられている。
今朝4時頃、Sの呼ぶ声に起こされて、下着を換えてやり、脚や顔などを拭き、体勢を整えたり。新しい薬がオンジェンティス錠は効くには効くが、まだ体が上手く対応できていないようだ。
(薬の為か、気候のせいか、気分がどうも過剰にハイになっているようだ。色々な面で却って不安にもなる。)
昨日の朝、3時ごろから4,5時間、リビングの車椅子に移動して眠ったままだったらしい。(本人談)私が声掛けをしてもしばらく意識も体も覚醒していなかった。
朝8時過ぎの段階で低血圧状態。(起立性低血圧ではないようだが。)
*血圧メモ
<食前8:10> 79-52(脈拍51)
<食前8:15> 87-57(脈拍54)
<食後8:45> 105-61(脈拍53)
血中酸素濃度は100.
丁度この日、午後リハビリだったので、問診の医師に話すが、様子見で、先ずは問題はないだろうとのこと。
2011年3月11日午後2時46分に発生した東日本大震災から11年。
福島原発は未だ廃炉、修復の道筋は見えず、汚染水は増加を続けている。
そして、昨夜3月16日午後11時半過ぎ、宮城・福島で震度6強の地震。
東北、関東の広い地域で停電も。
福島原発冷却水システムが一時ストップしているとも報道。
(今のところ異常はないとも。現時点で詳しいことはよく分からない。)
新幹線、白石市付近(福島駅~白石蔵王駅間)で脱線。96人の乗客に怪我はないとも。ただ、救助はどうするのだろうか。
昨日16日午後の訪問リハビリ終わり、Sがギャンブル依存で多くの負債を負い、それがきっかけで、私と同居を始めたことを理学療法士に話す。
私が補足したのだが、私がしゃべり過ぎたらしく、今になって私を責める。Sと私は別人格であり価値観も違う。Sが納得する形で話せるわけはない。それなら私に話しを最初から振らなければいいのだ。
ここ数日、性格も徐々に変化して行っているようにも。更に気難しい。これも新薬の影響だろうか。夜1時半、私がトイレに行った折、Sの寝室を覗いてみたら目を覚まして、欝々としている。友の会の会員を辞めると言っている。まあ、入っていてもそうでなくても、大して影響もないのだが。本人が好きにすればいい。
今、福島第2原発の1号機2号機使用済核燃料冷却水ポンプが止まったままと報道。その後いずれも復旧と報道。
津波、1メートルから数十センチ上がり続けていると。
今回の地震、被害の全貌が分かるのは夜が明けてからだろう。
水、木とまだ2回だが、オンジェンティス錠は今のところいい方に向いているようだとSは思っている。
また、導眠剤デエビゴ錠も、違和感はないようだ。
まだもう少し様子を見る必要はあるが。
私は、腱鞘炎がひどい。タオルも絞れない。
日付は12日。土曜日。月に一度の太極拳教室。秋に初めて5回目ぐらいか。
十数年前に留学生から2年程度習って、留学生は帰国、それから色々、本当に色々あってやめていたが、なんとなく再開したが・・・。
・・・・・・。
・・・・・・。
Sはデーサービス。その間の息抜き、にはなる。
昨日は東北大震災から11年目。だった。
蒲団の中で思う。Sの介護で、ああしたらいい、こうしたらどうか、などと、リハビリの先生や、第三者から時折助言がある。ただ、あれはしなくていい。といった発想は余りなく、結局のところ、私の負担はそれがほんの僅かだとはいえ、プラスされる。のだ。
処方箋の事。今回も錠剤2種類増えた(睡眠導入剤は最終的には現状とどちらかになる)。実質は一種類増加の可能性大。結局は減らないのだ(実感として、多いよね・・・・。当事者はどうなのかなあ)。
眠れない。ここのところ、朝、低体温気味な私だ。(34度台。35度台。とか)