旅行・おでかけ Feed

2023年7月13日 (木)

続・灯浮標16(2023.7.13)パーキンソン病末期の諸症状の一つ?

最近、Sの瞼が開け辛いという。訪問リハビリの先生は、眼瞼下垂の初期かもとおっしゃる。全体の筋力が落ちて行っているわけで、瞼も例外では無いらしい。先生の患者さんで、同じパーキンソン病の方が、眼瞼下垂(ガンケンカスイ)で瞼の二重手術をされたそうだが、また次第に垂れて来ているとか。今のところはそう日常性格に差し障りがあるわけでもないので、経過観察。

あいかわらず昼夜逆転生活。また夜中の足のむずむず症候群やパーキンソン痛でさらに眠れず。

介護者の負担も増える。

因みに私はテニス肘。タオルを絞ることさえままならない。

2023年7月12日 (水)

この国の向うところ。この国の為政者のありよう。なんだかもやもやするのだ。

ここ数週間断続的に降り続く雨は、特に西日本各地に甚大な被害をもたらしている。

特に、先週からの熊本県、島根県、そして福岡、佐賀、大分の被害は甚大だ。

11日朝までには九州では5人死亡など、人的被害も深刻。

九州、中国地方を中心に、線状降雨帯が発生。過去例を見ないほどの雨が降り続いている最中。その10日夜には、岸田首相は東京六本木のステーキハウスで、自民党の世耕参院幹事長、野上参院国対委員長と2時間半会食。それを表立って批判するメディアは私が知る限り無かったようだし、確かにそれは大きな批判の対象にはならないのかもしれないが、私は、なんだかもやもやするのだ。

あの首相の、いつもの、なんとも人を食ったような紋切り型の記者会見の表情が目に浮かんできてしまう。

翌11日には欧州外遊に出発。なんだかもやもやするのだ。

やはりもやもやするのだ。

この国の為政者の有り様を考えてしまう。

10日。九州の豪雨災害記事と共に、「袴田事件有罪立証へ」と新聞一面に在る。検察権力の非情に対して、袴田巌さんはすでに87歳。国家権力の有り様に、やはりなんだかもやもやするのだ。

早ければ今夏にも、東京電力福島第1原発の処理水を海洋放出とか。これもまたなんだかもやもやするのだ。

この国の霧は深い。深い靄の中に沈むこの国のこれからを思うほど私の思考力は明晰ではないが、やはり、なんだかやはりもやもやしてしまうのだ。・・・やりきれない。(この疲労感は日々のそして果てのない介護にも起因するのだが。)

今日も終日曇り。晴れない。

2023年7月 8日 (土)

続・灯浮標15(2023.7.8)パーキンソン病看護日乗。或いはキリエ、憐れみ給うな。。

7月に入っても先月からの雨は止まない。断続的に或いは連続して、時に激しく時に音を消して降り続いている。

6日、7日と、Sは特に排便が思うようにならない。動かない体では、便座に腰を掛けるのも間に合わず、ここには書きにくい状況が展開される。本人の辛さはもちろんだが、それは介護者の負担を激しく増加させる。後始末とトイレの復元に相当の体力と時間を要するのだ。

また、例によって、むずむず症候群や、特に足先に強く現れるパーキンソン痛などによる睡眠障害も一向に収まらず、私は夜中度々起こされるなど、疲労感は積み重なるばかり。ついつい言葉もけんか腰になる。ほとほと・・・である。

さて、ちょうど昨日のブログで書いているが、私の創作「キリエ~京橋川の泥に塗れて~」の中では、ギャンブル依存症に纏わる部分が物語の結末に向かっての重要なファクターとなっている。

改めて、言うまでもなくパーキンソン病とこの依存症は深くかかわっている。(もともと、本ブログ「灯浮標、続・灯浮標」は、これまであまり公にはされていないパーキンソン病におけるギャンブル依存症の現実を記録することから始まっている。)

これこそが、パーキンソン病当事者と介護者(家族等)を強く苦しめ続けているのかもしれない、とも推察する。あくまでSと私の場合を振り返ってだが・・・。ただ、ここに、単に楽観主義では容易に看過できないこの病の深い闇があるのではなかろうか。多く、薬の副作用によるところが多いとか。改めて、このことは、医療や製薬開発の現場で、もっと重要視されるべきと思う。(尚、この病には、他に性的依存症や買物依存症なども見られるという。)

8日も雨。各地で被害が発生している。Sはデーサービスである。

日に日を乗せ、歳を重ね、拭っても拭っても老いは纏わり付き、雨に降られて季節は過ぎて行くばかり。感傷などでは決してなく、単に事実として。夕方、土砂降りの中、Sを迎えに行く。

2023年7月 7日 (金)

「私」を巡る三部作「キリエ~京橋川の泥に塗れて~」「蛙」「或いはH君のこと」についての若干のメモ。

私の永洋名義での数少ないと言うか、小説は実質この3作だけなのだが、纏わるメモを。ふと。

脱稿直後、この3作をそれぞれ数部づつプリントし、紐で綴じ、ホッチキスで綴じ、数人の友人にのみこちらから勝手に送りつけ、もう見返すことは読み返すことは無いだろうと思っていたのだけれど、本棚を整理していて、零れ落ちたこれらをぱらぱらと読み返せば、やはり胸苦しい程の思いが込み上げてくるのだ。当時、読んでくれた友人には、こっぴどく哂われたのだが・・・

いいよ、これで、・・・と言う気持ちがやはりある。まあ、記憶を記録しておくと言った思いもある、「わたくし小説」なのだから。

永洋<「私」を巡る三部作>

「キリエ~京橋川の泥に塗れて~」(2017.10.31~2020.10.17)

「蛙」(2016.7.6~2020.12.15)

「或いはH君のこと」(2006.12.30~2021.5.11)

「キリエ」の殆ど最後に(憐れみ給うな!)と記している。

まさに!である。

2023年6月13日 (火)

周傳雄「黄昏」の歌詞を日本語に訳しました。

今から20年以上前に中華圏で発売されてヒットした「黄昏」は、台湾出身のアーティスト周傳雄(チョウチュアンション)によるもの。20年の歳月を越えて今また、台湾、大陸を問わず中華圏を中心に、当時をよく知らない若者たちからの熱い支持を受けて、大きなうねりとなっています。

現在、周傳雄は54歳。この20年余りの間に大病を患うなど苦難を克服しています。

私なりにこの曲を日本語に意訳してみました。

只者ではないこのラブソングの魅力に私も惹かれて、訳しながら何か胸に迫る、不思議な「感覚」に囚われました。

(この詩には、複層的な意味合いを感じるのです。現在、台湾や大陸の若者たちが置かれている状況になにかしらフィットするものがあり、彼らの感情を強く揺さぶるのではないか、とも思うのです。私の勝手な推測ですが。)

(日本語訳)

 「黄昏」

      作詞:陳信榮 作曲:周傳榮 歌唱:周傳雄

出来過ぎた夏は行き 辛く悲しくいいことなんか何もなく

ハンドルを握ればあてもなく果てもなく

疾走する俺の感覚

終わりなき歌を歌おう 瞳を閉じて心鎮めよう

愛するほどに愛に囚われていつも傷つく

夜が来るから黄昏は美しい

忘れられない、お前の口から零れるサヨナラは鉄のように堅く

暗がりの中で灼熱の太陽に身を焼く錯覚

黄昏の地平線 別れの台詞がボーダーになる

永い夜に未練が忍び込む

忘れられない、お前の瞳から零れるカナシイ涙には望みなく

心乱れるまま熱い涙に火傷する錯覚

黄昏の地平線 幸せのピークが断ち切られる

愛は幻のように消える

                      (意訳:永洋)(2023.6.12.)


YouTube: 【周传雄】谢谢你们走进这场「黄昏」 2023 「念念不忘」演唱会 官方剪辑版

2023年6月 7日 (水)

「ミント ~mint~」LULU&tonys

6月1日のこのブログに投稿した「ミント~mint~」。

その曲をユーチューブにアップしました。試作ですが聴いてみてください。

「ミント~mint~」

作詞:AZMI 作曲:KAMAL 歌:Lulu&tonys


YouTube: 「ミント〜mint〜」(試作)

2023年6月 6日 (火)

続・灯浮標11.(2023.6.6 )陥落か、なあ・・白旗は何処?

2023年6月5日朝5時。

紙おむつから漏れて、倒れた飲料水ボトルと一緒になった尿と・・・。

ベッドの上の2枚の防水シートは大きく濡れている。

濡れたSを動かし、上から下まで全て着替えさせる。

午前9時45分~11時15分。介護ヘルパー。

午後12時15分。Sを車に横たわらせて出発。

1時~2時。Nリハビリ病院で言語リハビリ滞在。

3時。かかりつけ医、M神経内科。4週間ごとの定期診療。不眠、むずむず症候群、足のパーキンソン痛、有効な処方が無し。次の患者が待っておられるからと、退室を促されS不満。

帰途、S,急な便意。結局、車中で紙おむつに排便。帰宅後も排便止まらず。

下半身、汚れる。シャワーで流し、全身着替えさせる。後始末も時間が掛かる。

翌6日未明3時、階下からSが私を呼ぶ。

紙おむつに排尿が嫌だからと、尿瓶にも排尿が出来ず、ベッドの上もS本人も尿まみれ。

ベッドのシーツや防水シーツも全て変える。

S本人もマドパーを半錠飲ませて、全身着替えさせる。

疲れ果てた先に何があるのか。自問。答えは無い。

今日は、S、デーサービス。

その間に私は、3か月ごとに通っている市内の泌尿器科へ通院。

前立腺肥大。通常の2倍半、とか。

帰宅後、少し休んでデーサービスのSを迎えに行く。

2023年6月 5日 (月)

6月3日の海辺の風景から。

2023年6月3日土曜日。

ここ数日降り続いていた雨も昨晩止み、久しぶりの快晴、というわけでふと思い立ってお昼前、県境を越えて島根の海までドライブ。片道約122キロ余り、地道で地道にゆっくり約2時間45分。

いつもの海浜は、釣り人やサーファーが数人だけ。

いつものように風力発電の巨大な風車が列をなして旋回していました。

まだ泳ぐには早く波も高め。しばしぼんやり。

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2023年6月 1日 (木)

6月の「ミント ~mint~」。

風待、伏月、早苗月。6月。

雨に濡れた緑が目に優しい。

2月に書いた短い詞に昨夜、曲を付けてもらいました。取り敢えず今回は詞だけアップ。

曲はまた後日。

 「ミント ~mint~」

               詞:AZMI 曲:KAMAL

(1)

ミントちぎって 浮かべた

澄んだ カップに

わたしの顔が 揺れている

ちぎって 捨てた

ほんのきのうまでの あれこれ

けさの空気に かおり立つ

胸のたかまり

はじめましょうか

またはじめから 恋でも

(2)

けさの日差しに とけて行く

胸のせつなさ

はじめましょうか

またはじめから・・・・

またはじめから・・・

              (2023.2.8)

2023年5月31日 (水)

続・灯浮標10.(2023.5.31)猜疑心。聞く耳持たず。パーキンソン病の迷路。

一昨日から雨。気象庁、5月30日梅雨入りと発表。

その5月30日の事。

いつから起きていたのかは分からない。

Sの呻き声に呼ばれて朝6時前、階下へ降りる。

S、全裸でベッドに上半身もたれた状態で激しい振顫。

未明、染髪、シャワーを浴びたらしい。危ないことこの上ない。

すぐに朝7時の薬(マドパー、ノウリアスト、ミラベックス、ランドセン(半錠))を服用させる。

少し落ち着く。体を持ち上げて、体勢を整えて、服を着せる。

車椅子でリビングに移動。

朝7時:血圧78~47 脈拍60 体温36.5

低血圧、リビングのマットレスに横たわらせる。意識はほぼある。

朝7時半:血圧89~58 脈拍52 酸素97

血圧、若干上がる。

朝8時:血圧108~67 脈拍48

血圧、ほぼ平常値に近い。

朝9時:血圧143~96 脈拍51

血圧。平常値、というか、少し高め。まあ、これがS、ほぼ普通。

この血圧の変動は怖いくらい。

S、食事をして、10時前、デーサービスへ。

相変わらず私とは言葉の応酬。私がどうしても感情に走ってしまう。

疲れが蓄積するばかりなのだが、自分のことで精いっぱいのSにはそれが理解できていない。

誰かにこの介護を分担してほしいが、これは無い物ねだり。

夕方4時半前、Sを迎えに行って帰宅。

夜7時半過ぎ、激しい振顫、全身が痙攣したようで、息苦しさもあると言う。

コルセットを外しマットレスに横たえる。

30分ぐらいたって落ち着いてくる。マドパー半錠、ランドセン半錠服用。

午後8時:血圧135~89 脈拍66 酸素98

振顫状態、普通に戻る。

一時は脈拍100を超え、酸素量も激しく上下して、救急車も考慮した。目も血走り怖かった。

急に自分の事は自分ですると言い始める。が、すぐにはそうはいかないことは分かったことなのだが。私の心が苛立つ。

ベッドに自分で行くものの、食後の薬を中なかなか用しようとしない。意固地である。

やっとベッドの上で飲ませる。

私が夜11時二階へあがってほぼ1時間後。12時過ぎ、Sが私を呼んでいる。

下りてみると、ベッドの上で、頭から枕が外れて、無理な体制になっている。

直して、導眠剤を服用させる。

本当に難しい、私の心も体も、最悪な状態に近い。

左腕に加え右腕、腰も痛む。

そのことをSに伝えると、激しく拒否反応。私の状態については効く耳を持たないのだ。私が言う事でまたオフになり、振顫が激しくなると言うのだ。

どうしようもない。(溜息)

そして31日。五月が終わる。雨は昼ごろに上る。

午前、訪問リハビリ(理学療法士)と入浴介護(介護ヘルパー)。

S、食後や排便後などの傾眠症状は相変わらずだが、一日、まずまず気分落ち着いている。血圧などの状況も、まずまず安定。