旅行・おでかけ Feed

2025年1月20日 (月)

山中春雄の春遠く。

韓国、ユン大統領による戒厳令発令に端を発した混乱。

ユン支持者の一部が裁判所を襲撃する事態に。

中居、フジテレビ問題は、トヨタ、日本生命など、TVCM を自粛する大手企業が続出。

ガザ停戦。

(メモ)

最近ちょっと心に引っかかった単語、言葉をメモしておきます。

・画家「山中春雄」

・声楽家「大沼徹」

・シナピスホーム運営(カトリック大阪大司教区)「松浦・デ・ビスカルド篤子」

*シナピスホーム:在留資格のない外国人のためのシェルター。

*「他人事」から「自分事」へ。難民受け入れは「平和への道」。「人間とは何か。」

・三好達治「花筐 いにしえの日々」

・レプリコンワクチン接種者入店禁止、受診禁止・・・

・カフェデコスタリカ(周防大島)

そして、

元兵庫県議自殺。

弄ばれる人の命。SNSの暴力。

2024年12月11日 (水)

衆愚の果てに。ボタンを押すな。から押させないへの距離。とか

11月17日の広島ベイマラソン(ハーフにエントリー)出場以来、右足踝の痛みがやっと落ち着いて、3週間ぶりにジョギング3.5キロ。

12月9日は初雪。冬いよいよ本番。ちなみに、冬用のタイヤ交換は2日に済ませた。

昨日10日はノーベル平和賞の授賞式。日本被団協が受けた。受賞記念スピーチに感銘。

日本国内の痩せた政治状況。

そして、世界のあれこれをテレビやネットで目にしながら、

民主主義とは何か改めて考える・・・・

民衆主義とか、衆愚政治とか・・・

ネットに蠢くモノたちの薄ら寒さ、薄気味の悪さとか怖さとか。

・・・かく言う私もどっぷり嵌っていたり。

同居人の幻覚幻聴・・・日々酷し。陰謀論、オカルト紛いの辛さ。正直、しんどすぎる。

(メモ)

今日、同居人のお姉様から歳暮があれこれ届く。

2024年11月18日 (月)

第33回広島ベイマラソン大会に出場しました。(2024(R6).11.17(日)曇天)

第33回広島ベイマラソン大会(広島県安芸郡坂町)に出場しました。

広島大橋の下、海岸線を走る平坦なコース。

昨年に続いて2回目の参加です。昨年は5キロでしたが、今年はハーフを走りました。

また、昨年と比べてずいぶん温かく、ほぼ終日曇天でした。

ここ一週間、ストレスもあり、頭痛、胃腸の不調など余り体調がすぐれず、まあ、参加できるかどうか・・・・、そして参加できても完走が目標でした。(胃腸薬、頭痛薬を処方してもらった行きつけのクリニックの先生には、あまり無理をしないようにと言われていたわけで。)

当日も朝はお粥ぐらいしかおなかに入らず、それでも願わくば、自己申告していたハーフの目標3時間以内に走れればと思っていたのですが、僅かに及ばず、当然、よたよたとほぼ最後尾の記録となりました。

(メモ)

ハーフマラソン男子:329人中273位。

ハーフ男子50歳以上:159人中128位。

記録:3時間05分17秒。

*因みに私のハーフベストは、1時間53分30秒。(2001(H13)年、八幡高原聖湖マラソン)

*ハーフ前回は、2時間30分18秒。(2018(H30)年、八幡高原聖湖マラソン)

そして、今回がちょうどマラソン大会30回目の参加でした。

我ながら、マイペースですが頑張ってはいます。来年はどうなることか。

2024年10月25日 (金)

再会。雲間から零れる鳥の・・・

(メモ)

2024年10月19日土曜日。朝から断続的に雨。それでも、昼過ぎにはほぼ上がった。

昼の1時に約束していた、弟夫婦と我が家の墓前でほぼ1年ぶりに再会。

今回は、小学5年になる姪の娘も一緒だった。

弟は相変わらず痩せていたが、大きな変化もなく、それぞれに元気にやっている。

いつもの喫茶店で小一時間話す。

それから、またの再会を約束して別れた。

10月23日水曜日は霜降。

寒暖差が日々大きい。

そして明日26日土曜日からは数日天気が崩れるとか。

(短歌一首)

雲間から零れる鳥の一羽二羽

   明日も晴れない秋の寂しさ  永洋 (2024,10,25)

2024年10月23日 (水)

コーラスグループ「たんぽぽ」解散。

(メモ)

結成以来十数年の歴史がある、パーキンソン病患者を主体としたコーラスグループ「たんぽぽ」(パーキンソン病友の会広島県支部の下部組織でもあった。)が、本日2024年10月22日(火)、解散した。実のところ、コロナ禍の2020年2月を最後に長く休止状態だった。その間に逝去するメンバーも複数。残ったメンバーも高齢化し、存続は難しかった。

当日(午前中)は、雨の中、指導者の方を含めて10人が出席。私とSも参加した。最後に先生のピアノに合わせ「パーキンソン具を歌いながら」「たんぽぽ」を全員で合唱した。

2024年10月12日 (土)

1931~1945~(1954)~1956~2024。Nihonhidankyo ノーベル平和賞受賞。

広島、そして長崎に原子爆弾が落とされた1945年から9年後、第五福竜丸が太平洋で、アメリカによる水爆実験によって被爆した1954年に私は生まれた。

2年後の1956年、日本被団協が発足した。

「Nihonhidankyou」は今年(2024年)、ノーベル平和賞を受賞する。

今、たまたまつけたテレビで、満州事変について語っている。1931年、日本が世界平和の基盤?を壊した、それが満州事変だったと・・・。(発端は柳条湖事件)

日本はアジア各地に取り返しのつかない大きな被害を与え、原爆による惨禍を経て敗戦する。

私たちは、私たちの国は、戦争加害者、戦争加害国であることを忘れてはいけない。

また、とりわけ県被団協については、マスコミはほとんど触れないが、(もうひとつの)県被団協が存在していることにも留意しなければならない。被団協は、極めて政治的な歴史をたどって今日がある。(但し、今回の平和賞受賞に水を差すものではない。)

2024年7月23日 (火)

改行できない歴史。「月ぬ走いや、馬ぬ走い」読了。

単行本の定価買いは十数年振りか。

豊永浩平著「月(ちち)ぬ走(は)いや、馬(うんま)ぬ走(は)い」(講談社刊)読了。

「琉球弧」と言う言葉が頭をよぎる。

これは、小説であり叙事詩である、琉球弧の改行できない歴史を幾重にも紡いだ。

・・・芭蕉布を揺らす歴史の風。

(抹消線の下を読もうとするのだが。)

さて。

2024年7月 1日 (月)

先々週からの雨は、止まない。(「雪朝」翻訳始めるも手強し。)

今日から7月。文月。七夕月とか。

先々週6月21日金曜日から断続的に降り続いている雨、昨夜は愈々激しく、市内各所に避難指示も。

肩の調子も一進一退。なんだかなあ。気分も晴れない。梅雨明けは何時か!!

(メモ)

「雪朝」の翻訳、先週6月24日一応スタート。

先ずは第一集、朱自清の『睡能小小的人』から。手強し。

完訳まで5年で済むか、十年かかるか、果たして。

生きなきゃ!」


YouTube: 「蛍の唄」lulu&tonys

2024年6月24日 (月)

梅雨入りの日を過ぎて。

中国地方、2024年の梅雨入りは6月22日。昼前から雨。

私は整形外科へ。6月8日に続いて2回目のブロック注射。

今回はどうしたわけか、軽い眩暈。医師、すぐにベッドに横たわらせる。

血圧も一瞬下がったようだが、気分は2分程度で収まる。

ここのところの右肩の痛みはやはり腱断裂から来ている。腕もなかなか上がらず。

医師はアンカーに拠る縫合など手術の話もされる。まあ、それは最終手段。

そこまで行かないまでも、なんとかしないと・・・・

クリニックを出たらお昼はとっくに廻っていて、土砂降りの中、スーパーなどで買い物。

日曜日は来客あり。(sの友人。)

そして月曜日は、どうにもこうにも体がだるい。

Sの入浴介護や、昼からも生活介助でヘルパーさん。

今日は雨は止んでいるがどんより空。気分も沈みがち。

2024年6月21日 (金)

「買わなかった」二人それぞれの「櫂の音に灯影の揺れる秦淮河」

俞平伯「奖声灯影里的秦淮河」を翻訳しました。

2020年2月に翻訳した朱自清版に続いて、2024年5月にやっと俞平伯版「櫂の音に灯影の揺れる秦淮河」を翻訳しました。

今から百年余り前、同じ日同じ船に乗り、中国の南京を流れる秦淮河の一夜を楽しんだ若き日の作家二人の、同じ題名による散文です。

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