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2023年10月25日 (水)

「肘内側側副靭帯損傷」だって。

月に一度、リハビリを受けている。

病名は「肘内側側副靭帯損傷」と仰々しいが、要するに介護による使い痛み。別名テニス肘。

まあ、どうしようもないわけで、湿布を貼ったり、テニス肘バンドを着用したり、サポーターをハメたり。ほぼほぼ常時痛みはあるわけで、ツライ。

ここのところ、眠れない。Sの幻覚にほとほと参っている。

疲労は蓄積するばかり。

月曜日の岸田首相の所信表明演説全文を読んだ。心に響くわけも無く、その空疎な言葉の羅列に寒々となる。生活者の本当のところは、決して生活者とは言えない首相には分かる筈も無く。

様々な税の負担が様々な形で日々の暮らしに重く覆いかぶさってくる現実!

2023年10月23日 (月)

続・灯浮標20.パーキンソン病と共に歩む。発達障害的?なあれこれについて。

先日のこのブログ<続・灯浮標19>で、Sが長く患っているパーキンソン病の諸症状がシャイ・トレーが—のそれと近似であるとの指摘を、作業療法士のW先生から受けた旨を書いた。

それに加えて、最近のSの症状を見ていて、感じることがある。

それは一種の発達障害ではないかということ。

一般にADHD(注意欠如、多動症など)やASD(自閉スペクトラム症)などが、その代表的な症状としてあげられるが、Sの場合、その全てではないものの、若干その傾向があるのではないかと思わざるを得ない時があり、またそうしたカテゴライズによって、介護する私もまた、ある種納得できるような、割り切れるような気もする。

Sは物が片づけられない。過去の様々な事象や思い出にいつまでも拘る。そのこだわりは強い。一つ一つの負の言葉や出来事について、いつまでも言い募る。一般的には特にパーキンソン病の症状について顕著と言われるが、同時に一つの事を行おうとして、どちらも満足のいくようには果たせない。

人の話を聞かない。自分の世界観に合わなければ、他者を理解しようとは全くしない。それでいて、他者からの精神的なストレスには極めて強い被害者意識、強迫観念を持つ。挙げればきりがないが・・・。

連日の幻聴幻覚は夜ばかりではなく昼にも現出する。今日などは、携帯で写メを連写している。被写体は、ただの床だったり、壁や自分自身であったり。そこに、何者かが写っていると言うのだ。

これらは、パーキンソン病患者が全てそうと言うわけではない。言うまでも無く、Sの症状において、そうだという事だ。

困難な介護が続いている。全く困難を極める。私自身のメンタルが痛めつけられ、疲れ果てて行くのである。

2023年10月16日 (月)

HIRO訳 漢詩31.李商隠「<無題二首>其の二」(重帷深下莫愁堂)

久しぶりのHIRO訳 漢詩です。

今回は李商隠(813?~858?晩唐、詩人)の、「重帷深下莫愁堂」から始まる七言律詩「<无題二首>其二」を訳して、投稿ました。

この中には金木犀も詠まれており、季節も丁度良いかと思ったわけです。尚、この漢詩の第二句「卧后清宵细细长」が、近代中国の文学者、俞平伯(1900~1990)の散文「浆声灯影的秦淮河」(櫂の音に灯影の揺れる秦淮河)に引用されています。

(原詩)

  李商隠「<无題二首>其二」

重帷深下莫愁堂,卧后清宵细细长。

神女生涯原是梦,小姑居处本无郎。

风波不信菱枝弱,月露谁教桂叶香?

直道相思了无益,未妨惆怅是请狂。

(HIRO訳)

 李商隠「<無題二首>其の二」

幾重のとばり深く館に莫愁(*)の面影あり、

横たわれば宵はしずやかにしてひたすら長い。

仙女は私の生涯も夢にしかあらずと語り、

あの娘の住まいにあなたはとうにいないとも。

風に波立つ池の菱は揺れ惑い、

月の雫は木犀の葉末に香りを伝える。

一途に思い続けても無益だが、

うち萎れた私を覆うのは愚かな反骨かも。

(2023.8.19)

*莫愁(ばくしゅう):古代中国の美女。

写真を二枚添えます。

「菱」は、広島市植物公園で2023年8月19日に撮影。

「金木犀」は、我が家の玄関先で2023年10月14日に撮影。

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2023年10月15日 (日)

コロナワクチン7回目接種!(金木犀が薫る夜。の副反応)

昨日2023年10月14日土曜日夕方、市内の海が見える集団接種会場にて第七回目のコロナワクチン(モデルナ社ワクチン、XBB対応)を接種しました。因みに前回6回目は2023年5月28日でした。

丁度1年余り前、2022年9月末(私は28日陽性、sは29日陽性)にコロナ陽性反応が出て、高熱と咳、痰、筋肉痛、倦怠感に苦しんだのが遠い昔のような気がします。

今回、会場には案外多くの人が予約時間に合せて切れ目なく訪れていました。年齢層も幅広いものでした。

さて、私は、1回目、2回目は副反応に苦しんだものの、それ以降6回目までは副反応はほとんど無く、油断しておりました。今日の7回目接種後20分が過ぎたころから口渇、頭痛、倦怠感が始まり、夜には接種した左腕を中心に酷い筋肉痛に悩まされております。

日付が変わった夜中、例によって幻覚に苦しむsを介護、そしてこれを書いています。(一緒にワクチンを接種したsはこれまでただの一度も、そして今回もまた副反応はありません。)

外は小雨。今週初めから咲き始めた金木犀の花も濡れているのでしょう。

海の向こうの砲弾の音は届かないけれど、欝々とした日々です。ではお休みなさい。


YouTube: 金木犀の雨(lulu&tonys)

「金木犀の雨」

作詞:azmi 作曲:kAMAL 歌:lULU&TONYS

(1)

ふるさとの道は 閉ざされて

脇道見知らぬ人 濡れて行く

いつもの癖で 目を伏せて

あなたの靴音を 聞いている

金木犀の 降る雨に

あなたの靴音を 聞いている

(2)

知らないまま すれ違うなら

これからもまた ただ ひとりの道

知らないまま 去り行く人

振り向けばあなたが 居るような

金木犀の 先に海

振り向けばあなたが 居るような

(2017.10.6)


YouTube: 「金木犀の雨」lulu&tonys ライブバージョン

2023年10月 2日 (月)

立待月を眺めながら。~月亮歌~

2023年6月29日金曜日は中秋の名月。よく晴れていて、二階の窓から眺めました。

翌30日の十六夜はあいにくの曇天。昨日10月1日の月は立待月と呼ぶそうです。

車椅子のツレと一緒に玄関横の窓から眺めることが出来ました。

10月になって一気に涼しくなりました。朝晩は寒々とした空気に包まれます。

早朝、鰯雲。

昔作った歌。

「月亮歌」

作詞:AZMI 作曲:Kamal 歌:Lulu&tonys

ああ 月よ 月よ

今宵の月は だれの為

雲ひとつなく 父の為

雲ひとつなく 母の為

ああ 月よ 月よ

ふるさと遠く 想い出は

月満ちるほど 近くなる

月満ちるほど 近くなる

ああ 月よ 月よ

兵士となって 故郷(くに)を出て

十四でこの世を 捨てた父

十四でこの世を 捨てた父

ああ 月よ 月よ

一本松の 月を背に

子育てに明け 暮れた母

子育てに明け 暮れた母

ああ 月よ 月よ

望月十六夜(いざよい) 芒(すすき)の穂

蛙と兎が 揺らします

蛙と兎が 揺らします


YouTube: 月亮歌(げつりょうか)lulu&tonys[練習中]

(2020年ユーチューブにUP)

2023年9月29日 (金)

続・灯浮標19.要介護5、パーキンソン病とシャイ・ドレーガー症候群の近似。

要介護2から要介護5に判定が変わって1年が経つ。

Sのパーキンソン病は確実にそしてゆっくりと止まることなく進行している。

特に夏から秋にかけて、一旦落ち着いていた幻覚幻聴が再び頻繁と言うか、毎夜酷い。それは鼠や犬らしき小動物であったり、或いはもののけであったり。感触など実感を伴うようだ。

夜間尿が多い。紙おむつがずれて防水シートに溢れることはほぼ連日。

当然ながら足のむずむず症候群、幻覚や尿漏れなどでのsの不眠も連日。そして私も頻繁に呼び起される。私もまた不眠が続く。

加えて、Sは、ここ数週間、血圧の日内変動が激しい。朝、食前は上が150前後で下が100前後。昼間は反対に上が80前後で下が50前後。自律神経が影響していると医師は言う。血圧降下剤を服用しているが、それをどうするか悩ましい所。また、右腕左腕で血圧の値が大きく違う。特に右腕が高めの値になる。本人は、血圧が低くても意識はある。結局、担当医師は、今しばらく血圧降下剤等の処方は変えず様子を見ましょうと・・・。

日中、オン状態が極めて少ない。歩行器で歩ける距離も少なくなりつつある。殆ど車椅子で終日を過ごす。また、訪問STにより隔週で言語リハビリもしているが、その時は調子がいいものの、日常的には、言葉が直ぐに出てこなくなりつつある。

これは以前このブログに投稿しているのだが、パーキンソン病患者を多くリハビリされているかかりつけの作業療法士さんによれば、Sの場合、その症状は、シャイ・ドレーガー症候群に似ていると言われる。確かに自律神経障害に伴う様々な症状はそう言える。

それにしても、これから長きにわたってどう介護していくか私の疲労の蓄積と共に悩ましい所だ。

因みに現在のルーティンは次の通り。月曜は午前、介護ヘルパー、午後、隔週で訪問言語療法。火曜はデーサービス。水曜日は毎週訪問リハビリと男性ヘルパーさんによる入浴介護。木曜は月1回の通所リハビリ&診察、隔週の訪問看護サービス、金曜日は午前、介護ヘルパー、午後男性ヘルパーによる入浴介護。土曜日はほぼ隔週でデーサービス。月2回のショートステイ(土日の1泊2日)。加えて月1回パーキンソン病のかかりつけ医受診。月1回の歯科受診。

2023年9月10日 (日)

汚染水であり、性的児童虐待である、ということ。

東京電力福島第一原発から排出された汚染水を処理水と言い換える。

言い換えても、トリチウム、セシウムなどの放射性物質によって汚染された汚染水である事実は薄められない。

芸能事務所のトップが長年にわたって数百人、いやそれ以上とも言われる少年たちに性的虐待を加え続けた事実を性加害と言い換える。

言い換えても、その犯罪行為の事実は薄められない。

そして、多くのメディア、マスコミも、その処理水、或いは性加害の呼称を使う。

根っこは同じではないのか。

恐らく多くの市民は、国民は、たいしてそれを気に掛けること無く日々を過ごし、やがて何事も無かったかのように、風化していくのか、いや、それはまずいのだ、まずいのである。

知りながら知ろうともせず、自分自身の立ち位置を曖昧にして、楽な方へ傾いて行く。そうしてきた「私たち」が、これからもそうであるなら、曾て多くの国民が戦争へ戦争へと雪崩を打って熱狂した歴史は繰り返されないとも、限らない。

過去を掘り起こしながら、今、少なくとも私は、処理水ではなく汚染水と呼び、性加害ではなく、性犯罪として、ニュースを(正しく)読み換える。

許されざる日々を忘れてはならない。

2023年9月 8日 (金)

甘南備寺再訪。(江津市桜江、2023.9.3)

昨秋10月以来、2023年9月初め、江の川沿いの古刹、甘南備寺にお参りしました。

門前、昨秋は既に終わっていた百日紅の紅い花が、今年はまだ火を灯すように咲いていました。

ここのところ体力の衰えを実感するばかりで、情けないなあと思いつつも、もうひと踏ん張り、かなあ、なんて。

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2023年8月31日 (木)

続・灯浮標18.パーキンソン病患者の介護。ニュープロパッチ始めました。

S,水曜日から、かかりつけ医の提案でニュープロパッチ(4.5㎎)の使用開始しました。

実は、ほぼ十年ぐらい前、現在とは違うかかりつけ医の勧めで同じ処方を試したことがあったのですが、その当時は、当人が肌に合わないと、早々に止めた経緯があったのですが、今回はどうなることか。

先ず、本人を昼夜を問わず苦しめている、むずむず症候群を何とか収めたいと言うのが大前提です。

貼付して2夜、今のところは効果を発揮しているようで、これまでのようなむずむず症による不眠は訴えていないようです。ただ、経過を注意深く見守る必要があるように思います。

この薬はシール状になっていて、腕や肩、太もも、お尻などに貼り、24時間効果が持続すると言うもの。

効果としては、パーキンソン病やレストレスレッグス症候群(下肢静止不能症候群、別名:むずむず脚症候群)の諸症状が改善することが期待できると説明書にはあります。

ただ、併せて、ギャンブル依存症(病的賭博)、買物依存症、性欲及び食欲の病的亢進も明記されています。曾て激しいギャンブル依存症となり、今もなおその傾向が全くないとは言えないSにとっては、文字通り「賭け」の様な気もするのです。

また、依然として幻覚幻聴の類は続いており、そうしたことへの危惧は拭えません。

扉を開けて誰か、何者かが侵入すると言い張ること、それに関連して、寝る前など玄関ドアや窓の鍵が開いていると主張し何度も私に確かめさせるなど、所謂、強迫性障害も進んでいるような気もします。

前のブログでも触れた「承認欲求」の強さは相変わらず。例えば、ヘルパーさんなどへ、Sの現役時代を記録したDVDやカセットテープを見せたり聞かせたりしています。本人の満足感がそこである程度は得られるのでしょうが・・・。

ひたすら私の神経と体力がすり減って行く、特に、右肘周辺の痛みはどうにも治まらず、苦しんでいる現状は変わりません。

2023年8月22日 (火)

日に背き頭を垂れし向日葵は生を宿して朝に斃る

日に背き頭を垂れし向日葵は

生を宿して朝(あした)に斃る

        永洋 (2023.8.22)

朝から酷暑の今日22日は、私の父の17回目の命日。生きていれば93歳、か。

だからと言って特別な何事も、まあ、しない。

冒頭の短歌は、今日に日付が変わった深夜にふと頭に浮かんだもの。

17年前、2006(H18 )年の8月21日夜には雨が降った。そして翌22日朝方、父は病院で母と私に看取られて旅立った。

それから、葬儀、納骨など・・・、が、私は余り泣かなかったような記憶がある。

テレビドラマや映画のように、ことはそうドラマチックではない。

淡々と過ぎて行った。そして、淡々と17年。

当時、うっすらと涙が滲んだことは数回あったような気がするが、父の事で慟哭した記憶はない。

ただそれは、父に対する思いの濃淡、そうした結果からではない。

神棚の榊を換え、水を換え、父の好物のメロンパンを供え。

今年の夏は殊の外暑い。

そして晩夏。窓の外で、雨を待ちながら秋の虫が鳴いている。挽歌、かな。

網戸に張りついたヤモリが餌の到来を待っている。

野良猫が何ものかを威嚇する唸り声が聴こえる。

明日23日は天気が崩れるとか。