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2022年10月16日 (日)

キム・ジハ(金芝河)を読む。(再読)2022.10.15

「キムジハ詩集 五賊 黄土 蜚語」(カンスン訳 1972年 青木書店刊)読了。

数十年ぶりに再読した。詩はもちろんだが、本書に収載してある「戯曲 銅の李瞬臣」には、やはり胸が締め付けられる。

金芝河は、2022年5月8日、韓国の自宅で死去。81歳。

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2022年9月22日 (木)

灯浮標63.(2022.9.22)パーキンソン病におけるギャンブル依存症の熾火。

灯浮標は、パーキンソン病患者S(病歴17年9か月:約18年)の病的賭博を中心としたその病気の現在を記したブログです。

来月10月1日からSno介護認定は、これまでの要介護2から介護認定5に変わります。

それに伴い、昨日21日、我が家で担当者会議が開かれました。Sのベッド周りにケアマネージャーを中心に春パーさんなど関係者5人が揃い、今後の介護方針を検討しました。(3事業所は書類のみでの参加)

基本的には当面従来通りの介護サービスです。

皆さんの前で、Sha,病的賭博について口を開きました。

会議後、Sは今書いている原稿の為にパチンコ屋の取材がしたいと私に言います。

これはたびたびS が私を困らせた方便です。

やはり、根本では病的賭博、その依存症は治ってはいないようです。

私は、内心激しい絶望感と怒りのままに、Sのお姉様に電話。パチンコ依存症のこれまでの経過を話しました。お姉様は良く御存知ではなく、とても悲しんでおられました。

結局、その日は諦めさせたのですが、この依存症の根本治療の困難さを改めて実感しました。

本人は今一つ、分かっていないようです。

また、Sの場合、パーキンソン病薬以外にも病的賭博を推し進める要因があったわけで、そこのところについて、本人の自覚が甘く、全てを薬のせいにするのは、一種の逃げであると言えます。

本人の我欲やプライド、そして独善的な性格は、もう完全には治らないと思います。

パーキンソン病の進行や加齢が本人にどれだけの人生の試練を与えて、どんな生き方をS自身が選ぶのか、私にも分かりません。

2022年9月19日 (月)

没後30年 生誕80年 殿敷侃展示室にて。(2022.9.18)

18日午後から台風14号の影響が強くなる。今日は終日暴風雨。日付が変わる頃、風がやっと幾分落ちついて来た。

昨日9月18日(日)、島根県益田市のgallerly&cafe草花舎で開かれている「没後30年生誕80年殿敷侃展示室」に伺いました。

オーナーで生前の殿敷さんと交流のあった澄川やしまさんから、美術家殿敷さんの作品制作のエピソードや日々の暮らしの事など、貴重なお話をお聴きすることができました。

また、未発表の作品などにも、感動を新たにしました。改めてありがとうございました。

(今月28日まで。詳しくは草花舎FBで。)

(メモ)

トイレ休憩などを挟みながら。

8:53自宅発~R488~R191 ~(途中から広域農道等を経由)R9 ~11:31益田(草花舎)着

13:15草花舎発~R9~R191 ~R488 ~15:36自宅着

(往路:107.8キロ 復路:約113.8キロ 全行程221.6キロ)

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2022年9月12日 (月)

灯浮標62(2022.9.12)介護認定について。

先週9月9日、Sの新しい介護認定証が広島市から届いた。これまでは要介護2だったのだが、10月1日からの3年間は要介護5という判定となっていた。

本人は、そこまでとは思っていなかったらしくかなり精神的なショックを受けたようだ。Sはだいたいが、昔から精神的な脆さが顕著で、今回も、その要介護5の判定に、心のやり場がないようだった。

考えてみるに、医師の意見書が書かれたのは恐らく幻覚幻聴などが最も酷かった春ごろではなかったか。そういうことも判定に影響しているようにも思える。

Sは唯一の肉親であるお姉様に電話をしたのだが、Sにとっては思いのほかそっけなく、意に反して施設入居を勧められ、心は落ち着かなかった。

さて、10月からの介護シフトをもう一度考えなければ。

というものの、実際介護をしているのは私一人で、たいして負担の軽減も望むべくも無く、私にしても気は晴れない。

ここ数週間、Sは、歩行が特に困難になってきている。

夜は、眠れたり眠れなかったり、排便も相変わらず不規則。排尿も介護が必要だったり、自力で出来たり変動が激しい。

また、足の所謂パーキンソン痛も日常化、恒常化している。

私自身の加齢などに伴う肉体的及び精神的疲労の蓄積と共に、悩みは尽きない。

(追記)

以前にも恐らく書いたような気もするが、Sの特定調停の支払い期間、4年間も、パチンコ、ギャンブル通いは全く止まることは無かった。犬の世話は私になっていたし、その分ある意味気楽だったわけで、早朝から深夜まで連日のパチンコである。そして、金が底をつくたびに、私に無心の電話、或いはメール。結局私が折れるまでひつこく求めてくる。留まることがなかった。バスで出掛ければ私に迎えに来させたり、タクシーを使ったり。諍いの日々だった。勝手口の破れたままのガラス窓は、その名残だ。

結局処分したSの家もそのほとんどが、ギャンブルへと消えて行った。

いまさらに、折々にその時の私の苦しみ怒り、空しさが甦って来る。彼の親族にも誰にも、今に続くそれらの深さ、心が折れる苦しみは分かりはしないだろう。

もちろん、Sにも分からないだろう。

2022年9月 7日 (水)

シュトルム「みずうみ」読了で、夏も終わる。

(メモ)

8月8日に次いで、8月21日、8月30日、そして9月4日と、今年は珍しく頑張って、海へ。

いつもの日本海、江津の海だが。

今年はいつもと違って、ほとんど人がいない。9月4日など、私一人。

ルートは、結局自宅から加計SIC~大朝IC、そして中三坂トンネル、国道を川本、桜江と走り、途中から浅利方面へ折れ、工業団地からR9へ出る。途中休まなければ2時間5分程度も可能。休めばそれでも2時間20分もあれば十分。往復で240キロから250キロ弱。まあ、私の体力からして、いつまで行けるだろう。

この夏は、シュトルム作「みずうみ」(岩波文庫)を海辺で読み始め、海辺で読み終わった。

生と死と愛についての小説五編が収録されてある文庫本だ。

では今夜はここらで。

もうすぐ中秋。

2022年9月 6日 (火)

秋の虫が鳴いている。愚痴が多い。とか共依存。とか、・・・

「灯浮標」で書くと、愚痴になる。

まあ、こっちでも大して差は無いのだが。

ここのところ、Sから夜中に起こされて、精神状態がキツイ。

夜中の排尿処理は辛い。

昼間も、傾眠というか、認知の入り口にいると言うか。私の指示は入りにくい。

諍いが多く。私自身の人生を想う。晩年はsの介護に明け暮れて、それで、閉じるのか、

と思うと、なんだか空しい。私のこの世での存在価値なんてあったのかどうか。などと、不遜にも思ってしまう。

思考回路が混線しているようだが。

明日はまたSの介護介助で悩殺される一日になりそうだ。

(今週から、従来の金曜日に加えて水曜日にも、男性ヘルパーさんによる入浴介助が始まる。)

さて久しぶりに、2020年に作った曲を聞いてみたくなった。


YouTube: 「冬かたみ(FUYUKATAMI)」lulu&tonys(試作)

PS:せめてライフワークの方に、もう少し軸足を移さなければ。

来年から本格的に翻訳をスタートさせる予定の中国の詩集。これは今から百年余り前に発行された、当時の中国における新進詩人、散文家、小説家など8人による合詩集だ。

なんとか生きているうちに完訳したいのだが、何年かかるのだろうか。

取り敢えず、そのための準備として、その8人のうちの一人、ある文学者の散文の翻訳をスタートさせる。これは年内に終わらせる予定。

ああ、それにしても、例のパソコンの熱暴走アクシデントで、データが消失しなくてよかった。消失してたらと思うと・・・・・

当時の時代背景や、8人の簡単なプロフィールを調べて纏めていたわけで。それも中国の検索サイトからの読みこみ、翻訳作業。それに何か月をも要していたのだ。

2022年9月 3日 (土)

ナルコレプシ―。睡眠発作的な何か・・・・

真昼にも星降りしきる星に生き

捨てられし我ナルコレプシー

(2022.9.1。永洋)

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休耕田に転がっている、巨大なゴムホースの先は、出口はあるのかどうか、あるならどこへか。

ふっとこれから書くつもりだったことを滑り落としてしまった。

あかんわ。

2022年9月 2日 (金)

殊勝、首相、衆生、素性、趨勢、・・・・そして傲慢!杉田議員の登用で剥がれ落ちる岸田政権のぐらぐらな見かけ倒しと、そこに在る冷血。

2022年8月23日火曜日付、中国新聞社説。

「杉田水脈政務官 差別容認議員なぜ起用」

を興味深く読んだ。

そして、私もまた、岸田首相の見識や任命責任を強く問う。

「今すぐ辞めさせるべきである。」との社説に同意する。

そもそも、安倍元首相の国葬や、旧統一教会と自民党の表裏一体とも言える癒着の現状に対する甘い認識、後手後手に回りしかもぐらつくばかりのコロナ禍政策など、岸田首相の見識を疑う事ばかりである。というより、首相就任から今まで一体何をやって来たのだろう。安倍元首相のやり方を踏襲するのか、国会も開こうとはしない、岸田首相のコロナ陽性は恐らく連夜の会食のツケかと思うのだが。

弔問外交など、果たしてどれほどの成果が上がるのか疑わしい。国葬の為の莫大な国家予算は、庶民の苦しい生活のためにこそ使って欲しい。

2022年8月31日 (水)

昨日、今年初めての朝顔が咲いた。八月が終わる。夏が行く。手首が痛い。

そう言う訳で、手首に湿布を巻きつけるが、まあ気休め。

顔面神経痛もある。以前は秋の終わりから冬にかけてがひどかったのだが、今は年中。

歳をとったという事だろう。

介護に追われて・・・・、

ふと振り返ってみたら、2600日近く無休の介護。

これって凄くない?自分を褒めてやりたいよなあ。

入院中も毎日病院に通ったし、ショートステイと言ったって一泊二日だから、まあ、よく体が持っているわ!と思うわけで。

母の介護4年、足掛け5年。母は時々連泊のショートステイを我慢してくれたし・・

それに比べて、今の現実は厳しい。あれから歳もとったし。

もう8年目に入っている。

これから先が見通せない。

明日から9月。マジ、だんじゃりでもはじめようか。

一日ひとつづつ何かを捨てれば一年で365個を捨てることになる。

まあ、捨てるものはうんざりするほどある。

すてるに捨てられない未練をそろそろ断ち切らなくっちゃ。

で、先日のパソコンの熱暴走で、今年に入って準備しているライフワークの全てを消し去ってしまうところだったのだが、どうにか復旧。冷や汗たらたら・・・・

バックアップを心がけましょう。

えげつない政治権力の輩たちにうんざりしながら、それでも私は私なりに、生きれるところまで生きて行きましょうかね。

さて、昨日の朝は、7月の下旬に種をまいた朝顔が初めて一輪咲いたのだけれど、今日は雨が降ったり止んだりで、花は咲かなかった。

2022年8月22日 (月)

忘れる前に書いとけよ!

あれ書いとかなきゃ。忘れる前にメモ代わりにさって、思いながらもうこんな時間。

に追われ、ぎっくり腰に悩まされながら、偶然見つけたユーチューブで目頭を熱くしながら、で、

あんたいったい何書きたかったんて。はたと、・・・・忘れたやん。

まあ、でも、「見当識障害」ってところまではまだ行っていないような気がする。

ここ二、三日、やっと朝方の冷気を感じるようになってきた。秋の虫、こうろぎも、ヒグラシに混ざって数日前から鳴き始めている。

まあ、残暑が厳しいからね。

八月もラストスパート。さて。もうちょっとやっとこうか。