2011年5月 9日 (月)

庭のスズラン咲いた。

もう5月も半ば。

田植えも半分すんじゃった感じです。

なんだか、むしむしする天気です。

今年は、春が無かったなあ。

それにしても、あ~肩凝る!

2011年5月 4日 (水)

雉を見た。

薄曇りながら、穏やかな一日が過ぎていきます。

今朝早く、散歩をしていて、川の向こう岸に雉を見つけました。

雄です。

頭部は、深みのある青緑。艶やかに光っています。

翼も青っぽく見えます。

茶色の尾羽が長く伸びています。

なんといっても顔の赤い肉腫が鮮やかです。

ケーン、ケン、ケン、・・・。

雉の鳴き声を聴いたことがありますか。

訳も無く、なんだか、いいことがあるような気がしました。

雉は大根の紫の花や菜の花が咲く川岸を、ゆっくりと歩いていました。

2011年4月30日 (土)

JogTan.41

猫嫌いの俺にさえも通せんぼ

痩せても枯れても独り啼く野良

(2011.4.14)

*以降のJogTan.42~101は、

私のAmebaブログアドレス(紅棗 Hongzao故事)

  http://ameblo.jp/qingyesi/

  のTHEME「JogTan」でご覧ください。

2011年4月28日 (木)

糀山

麓は、躑躅、菫、蒲公英、連翹、藪椿、山吹、金鳳花、仏の座・・・・

遥か雑木林は糀に蒸れています。

僅か、1週間程度のことですが。

2011年4月27日 (水)

一人の食卓。漬物を忘れましたが。全部手づくり。

塩秋刀魚を焼いて、だいこおろし添え。

筍と蕗、昆布、の炊き合わせ。

菜の花と豆腐の味噌汁。

オクラとモズクの酢の物。

土筆の佃煮。

2011年4月22日 (金)

飴と雨

危ういことは、予見できていたのでしょう。恐らくきっと。

かつて、取引をしたのですよね。

飴は、程々に甘かった筈です。

取り返しは、決してつきません。

それは、あなた方も私も同じ。

犯した過ちは、もう、あがなえません。

罪とお金を天秤にかけても、それは、むなしい。

もう、甘く感じる飴は、存在しません。

目に見えないほどの細い雨が、

降っています。

確実に降っています。

屋根瓦が濡れていますから。

2011年4月19日 (火)

JogTan.40

アクセルを踏み込むように山は春

辛夷の花の白妙の朝

(2011.4.11)

2011年4月17日 (日)

提灯がぶら下がり、昭和歌謡が流れていてね。

昨日、十数年ぶりに、安芸津の正福寺山へ、友人とお花見に行きました。

以前行ったときの同行者の半分は、もう既にあの世に旅立っています。

時の流れを実感させられます。

散り初めの桜の花びらが海風に舞い、お弁当の上を飾ってくれました。

瀬戸の島々を眼下に眺めながら、ぼ~と、していました。

友人:桜の木の下にはね。

私:死体だろ。

友人:誰だったっけ。

私:坂口安吾。

友人:そうか。

私:別に桜の木の下でなくたって、死体なんて、そこらかしこに散らばっているよ。

友人:そう?

私:うん。

友人:お弁当、食べよう。

昔、カンボジアを旅行したことがあります。もちろん内戦後のことです。クメールルージュ。そんな言葉が思い出されます。激戦の地の一つだった川へ至る緩やかな丘陵を歩いていたときのことです。行く手には、人の骨片が無数に散らばっており、その余りの夥しさにそれを避けて歩くことは、到底無理で、靴を通り抜けて、足の裏へ骨の感触が伝わってくるような気がしたものです。そのときのシーンは、乾いた風と共に、未だ鮮やかに甦ります。

2011年4月16日 (土)

JogTan.39

オレンジのシルバーカーでパン屋まで

子犬を乗せて毎日通う

(2011.4.8)

2011年4月14日 (木)

半ば裂き。半ば咲き。半ば先。行き止まり。ケッ!

彼らは、生きるために闘っている。

彼らは、俺たちの為に闘っている。

闘いを放棄した市長を選んだからには、

闘うのは、おまえたちだぞ。

わかってんのか、おい!!