« 2024年2月 | メイン | 2024年4月 »

2024年3月

2024年3月15日 (金)

続・灯浮標30.パーキンソン病と低血圧、幻覚、そして介護疲労。

灯浮標29の続き。

14日、行きつけのクリニックでSのリハビリ&問診。

起立性低血圧に対応して、降圧剤を減薬。

Sがこれまで飲んでいた降圧剤は、アムロジピンOD錠5mgとオルメサルタンOD錠10㎎。

これの内、アムロジピンOD錠を2.5mgに減薬することに。

夜、Sのお姉様にSの現況などショートメッセージで送信。あなたの思うようにしてくださいと返信。(まあ、分かってはいるが正直気分は・・・・・である。辛い。孤立感だけが募るわけで。)

夜から15日朝方にかけて、相変わらずSの幻覚酷く、私を呼び続ける。眠れない。

2024年3月13日 (水)

続・灯浮標29.パーキンソン病患者における起立性低血圧のこと。

(メモ)

今日3月13日木曜日。お昼前、S,入浴介護を受けて、続いて私が30分程度入浴。その後1時ごろリビングへ行くと、S、車椅子でぐったり。揺さぶっても起きない。涎有り。意識消失状態。私が入浴前は意識ははっきりしており、僅か30分程度の間に血圧が急激に低下した様子。

血圧測れず。体もぐったり。車椅子からベッドになんとか移す。呼吸はしている。顔色も悪くは無い。

血圧を測るが両手首ともエラーを繰り返す。数分後なんとか測れる。

血圧75-57、脈59.酸素は94.

一時間後、107-68、脈波47.酸素は78から98まで。(もう何年も無呼吸症候群有)

やっと落ち着くが、念のため訪問看護師さんに来てもらう。

起立性低血圧か。

看護師さんは、状態も落ち着き問題なしと。

脈が取れなく、顔色が悪い場合は救急車を呼ぶしかないとのこと。

*

昨日12日。かかりつけ医受診の際は、連日の幻覚に対応して、レスパイト入院を考えたらともいわれる。悩ましい。

2024年3月11日 (月)

没後32年、殿敷侃の眼差しを想う。

(以下の文章は、2024年2月10日に私が作成したものです。改めてここに投稿します。)

  「没後32年、殿敷侃の眼差しを想う」

 2月11日は環境アーチスト殿敷侃(とのしきただし)の命日だ。1942年広島市に生まれた殿敷は、1945年8月6日広島に原爆が投下されたその日、母と共に父を捜して広島市内に入り、二次被爆している。

 長じて1970年には殿敷の油彩「は(2)」が「朝日ジャーナル(12月6日号)」の表紙に採用され、社会的にも注目を浴びる一つの契機となった。

 彼の作品は油彩画、シルクスクリーン、インスタレーションなど多岐に渡り、環境アーチストとして活動の場は広島から国内外に広がっていた。油彩「自画像の風景」、シルクスクリーン「ケロイド」「爪」、インスタレーション「まっ赤にぬられてヒロシマが視えた」「タイヤの生る木」、そして、移り住んだ山口県長門の海岸で、多くの賛同者と共に行ったインスタレーション「山口ー日本海ー二位ノ海、お好み焼き」など、極めて刺激的だ。

 遺された映像や作品は、私に「平和」、「環境」そして「いのち」について問い掛けてくる。私は、殿敷の眼差しの先には決して諦めない未来への希求があったと思う。1992年、50歳で世を去った彼の絶筆「僕は夜明けを信じた」が、時代を越えて生き続ける彼の作品群と共に私の心を揺さぶる。そして日々の暮らしに追われ老いの前に右往左往する私の背中を、今もなお明日へと押し続けてくれる。(2024.2.10)

追記:

今日3月11日は、東日本大震災の起きた日。あれから13年。だが、その傷は未だ大きく癒えてはいない。汚染水の問題も解決していない。さらに、今年1月1日に起きた令和6年能登半島地震は、未だ多くの被災者が避難し、水道などのインフラも一向に復旧していない。志賀原発も故障した。

あの長門の海岸に打ち寄せる波、そして海は、遥か日本海の対岸ユーラシア大陸にも打ち寄せる。そして大陸を西に辿れば、ウクライナとロシアの戦禍が待ち受ける。更に西に向かえば、パレスチナの地。イスラエルの砲撃が止まないガザ地区がある。

世界は、未だまっ赤に塗られてある。

殿敷の信じた未来は今此の地、そして地球には無い。

2024年3月 6日 (水)

雨の啓蟄にポリープ(胃)の話、などなど。

(メモ)

先週2月27日火曜、2年ぶりに胃カメラ検査。自覚症状があってと言うわけではなく、市が勧める胃がんの定期検診。そして、そのとき、前回と比べて一部ポリープに変化が見られるという事で、ポリープを二か所つままれて病理組織検査。その結果を今日、行きつけのクリニックで聞いた。結果は、胃底腺ポリープと、過形成性ポリープで、腺腫性ポリープとは異なり、今のところ胃がんのリスクは考えなくても良いとのこと。ただ、両方とも慢性炎症細胞浸潤が認められる。特に過形成性ポリープの方は、私の目にも炎症が確認できた。それで今度はピロリ菌の検査もしましょうと、さらに血液検査!の日でありました。実際、2年前の検査時と比べて同じ個所のポリープの数が格段に増加している・・・。

診察の後、最近市内に新しくできた私立の屋内プールで、少し泳いだ。

屋内プールは映画「ドライブ・マイ・カー」のロケ地にもなった、海岸端にある中工場に隣接しており、雨の中、中工場にも少し立ち寄ってみた。海鳥が一羽、海中に潜って中々浮上してこない。凄い心肺機能だ。

因みに、今回、別の行きつけクリニックで肺がん、大腸検査も行っているが、いずれも問題は無かった。

これらとは別に、先月、泌尿器科で半年か一年ごとに検査している前立腺癌の検査(PSA値5.77で、前回とは少し上昇している。)その結果から更に来月辺りMRI検査も言われており、まあ、年相応、老化の典型的コースに乗っかっているということか。(一般成人男性の2倍と言う前立腺肥大のレーザー手術も考慮したらと、やんわり勧められているわけで。)

未明から雨。庭の梅の花が雫を垂らしている。

(2024年3月5日(火)。啓蟄、記)

2024年3月 4日 (月)

続・灯浮標28.(5年ぶりのステージ~パーキンソン病講演会にて。)

(メモ)

2024年3月2日(土)

県民文化センターホールにて。

毎年恒例(コロナ禍で一時中断)のパーキンソン病講演会が開催されました。

講演1「これから上手に付き合うための パーキンソン病の話」

    (Yクリニック院長 Y先生)

講演2「パーキンソン病の最新の外科的治療」

    (O大学病院 S先生)

講演3「薬学教育研究者として、パーキンソン病患者となって見えてきたこと、考えたこと」

    (K大学名誉教授 K先生)

当日は朝からドカ雪。春の雪。にも拘らず、ほぼ満席の盛況でした。

SとS所属していたパーキンソン病患者によるコーラスグループの有志、そして私や友人のK君、ほかにメンバーの友人、知人など十数人で講演1と講演2の間の休憩時間にステージに立ち3曲ほど歌いました。

曲目「パーキンソングを歌いながら」(オリジナル曲)

  「春の小川」「ふるさと」

ステージに立つのは5年ぶり。Sはスピーチもどうにか無難にこなしました。

休憩時間にも拘らず、会場内のお客様は殆ど席を立つことなく、熱心に聴いておられ、中には一緒に歌われる方など。大きな拍手もあり当事者も嬉しかったようです。

翌3日、ひな祭りも朝から雪がちらつく天気でした。


YouTube: 「パーキンソングを歌いながら」(試録音)lulu&tonys with puff