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2023年7月

2023年7月21日 (金)

茜さす天の母までネジバナの螺旋を伝い届けもの有り  (永洋)

先日、いつものジョギングコースをいつものようにとろとろと走っていたら、用水路脇の茂みの中に、捩花が数本咲いていました。

昔詠んだ捩花の短歌を思い出しました。

茜さす天の母までネジバナの螺旋を伝い届けもの有り

                     永洋(2010.7.6)

この歌は、母が旅立った年、2010年の9月9日に、それまでに読んだ歌186首を、「茜さす歌 百日の祭り」として纏め、私家版15部を作製したその歌集の最後186首目に載せたものです。

今日も夜明け前、階下から同居人の呼ぶ声。紙おむつを替えベッドの上の体勢を直す。

介護に果ては無い。果ては無い。

昨日7月20日、広島は梅雨明けとか。

画像は、道端の捩花。

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2023年7月13日 (木)

続・灯浮標16(2023.7.13)パーキンソン病末期の諸症状の一つ?

最近、Sの瞼が開け辛いという。訪問リハビリの先生は、眼瞼下垂の初期かもとおっしゃる。全体の筋力が落ちて行っているわけで、瞼も例外では無いらしい。先生の患者さんで、同じパーキンソン病の方が、眼瞼下垂(ガンケンカスイ)で瞼の二重手術をされたそうだが、また次第に垂れて来ているとか。今のところはそう日常性格に差し障りがあるわけでもないので、経過観察。

あいかわらず昼夜逆転生活。また夜中の足のむずむず症候群やパーキンソン痛でさらに眠れず。

介護者の負担も増える。

因みに私はテニス肘。タオルを絞ることさえままならない。

2023年7月12日 (水)

この国の向うところ。この国の為政者のありよう。なんだかもやもやするのだ。

ここ数週間断続的に降り続く雨は、特に西日本各地に甚大な被害をもたらしている。

特に、先週からの熊本県、島根県、そして福岡、佐賀、大分の被害は甚大だ。

11日朝までには九州では5人死亡など、人的被害も深刻。

九州、中国地方を中心に、線状降雨帯が発生。過去例を見ないほどの雨が降り続いている最中。その10日夜には、岸田首相は東京六本木のステーキハウスで、自民党の世耕参院幹事長、野上参院国対委員長と2時間半会食。それを表立って批判するメディアは私が知る限り無かったようだし、確かにそれは大きな批判の対象にはならないのかもしれないが、私は、なんだかもやもやするのだ。

あの首相の、いつもの、なんとも人を食ったような紋切り型の記者会見の表情が目に浮かんできてしまう。

翌11日には欧州外遊に出発。なんだかもやもやするのだ。

やはりもやもやするのだ。

この国の為政者の有り様を考えてしまう。

10日。九州の豪雨災害記事と共に、「袴田事件有罪立証へ」と新聞一面に在る。検察権力の非情に対して、袴田巌さんはすでに87歳。国家権力の有り様に、やはりなんだかもやもやするのだ。

早ければ今夏にも、東京電力福島第1原発の処理水を海洋放出とか。これもまたなんだかもやもやするのだ。

この国の霧は深い。深い靄の中に沈むこの国のこれからを思うほど私の思考力は明晰ではないが、やはり、なんだかやはりもやもやしてしまうのだ。・・・やりきれない。(この疲労感は日々のそして果てのない介護にも起因するのだが。)

今日も終日曇り。晴れない。

2023年7月 8日 (土)

続・灯浮標15(2023.7.8)パーキンソン病看護日乗。或いはキリエ、憐れみ給うな。。

7月に入っても先月からの雨は止まない。断続的に或いは連続して、時に激しく時に音を消して降り続いている。

6日、7日と、Sは特に排便が思うようにならない。動かない体では、便座に腰を掛けるのも間に合わず、ここには書きにくい状況が展開される。本人の辛さはもちろんだが、それは介護者の負担を激しく増加させる。後始末とトイレの復元に相当の体力と時間を要するのだ。

また、例によって、むずむず症候群や、特に足先に強く現れるパーキンソン痛などによる睡眠障害も一向に収まらず、私は夜中度々起こされるなど、疲労感は積み重なるばかり。ついつい言葉もけんか腰になる。ほとほと・・・である。

さて、ちょうど昨日のブログで書いているが、私の創作「キリエ~京橋川の泥に塗れて~」の中では、ギャンブル依存症に纏わる部分が物語の結末に向かっての重要なファクターとなっている。

改めて、言うまでもなくパーキンソン病とこの依存症は深くかかわっている。(もともと、本ブログ「灯浮標、続・灯浮標」は、これまであまり公にはされていないパーキンソン病におけるギャンブル依存症の現実を記録することから始まっている。)

これこそが、パーキンソン病当事者と介護者(家族等)を強く苦しめ続けているのかもしれない、とも推察する。あくまでSと私の場合を振り返ってだが・・・。ただ、ここに、単に楽観主義では容易に看過できないこの病の深い闇があるのではなかろうか。多く、薬の副作用によるところが多いとか。改めて、このことは、医療や製薬開発の現場で、もっと重要視されるべきと思う。(尚、この病には、他に性的依存症や買物依存症なども見られるという。)

8日も雨。各地で被害が発生している。Sはデーサービスである。

日に日を乗せ、歳を重ね、拭っても拭っても老いは纏わり付き、雨に降られて季節は過ぎて行くばかり。感傷などでは決してなく、単に事実として。夕方、土砂降りの中、Sを迎えに行く。

2023年7月 7日 (金)

「私」を巡る三部作「キリエ~京橋川の泥に塗れて~」「蛙」「或いはH君のこと」についての若干のメモ。

私の永洋名義での数少ないと言うか、小説は実質この3作だけなのだが、纏わるメモを。ふと。

脱稿直後、この3作をそれぞれ数部づつプリントし、紐で綴じ、ホッチキスで綴じ、数人の友人にのみこちらから勝手に送りつけ、もう見返すことは読み返すことは無いだろうと思っていたのだけれど、本棚を整理していて、零れ落ちたこれらをぱらぱらと読み返せば、やはり胸苦しい程の思いが込み上げてくるのだ。当時、読んでくれた友人には、こっぴどく哂われたのだが・・・

いいよ、これで、・・・と言う気持ちがやはりある。まあ、記憶を記録しておくと言った思いもある、「わたくし小説」なのだから。

永洋<「私」を巡る三部作>

「キリエ~京橋川の泥に塗れて~」(2017.10.31~2020.10.17)

「蛙」(2016.7.6~2020.12.15)

「或いはH君のこと」(2006.12.30~2021.5.11)

「キリエ」の殆ど最後に(憐れみ給うな!)と記している。

まさに!である。

2023年7月 3日 (月)

続・灯浮標14.(2023.7.3)服用薬に対する不信感が、効きを低下させてはいないか。

今日は四週間に一度の、Sのかかりつけ医受診。

タリージェ錠に対するSの不信感。

声のかすれや出にくい状態をタリージェの副作用と判断しているSは、このまま継続することにためらいがあり、かかりつけ医と話して、結局服用中止に。

かわりに、以前服用していたリリカ錠を頓服として復活させる。

あいかわらず、オフ時間が多い。結局ウェリングオフ状態と言う事か。

昨晩もSに起こされている。日中も介護が増えている。

相変わらずと言うか、体力が悲鳴を上げているのだが替わりはない。