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2022年8月25日 (木)

灯浮標61(2022.8.25)ゆっくりびっくりぎっくり腰。介護の夜に。

実は先週木曜日頃から腰の調子が悪い。元々悪かったわけだけれど、なお悪い。所謂ぎっくり腰の類。もう何度もやっている。母の介護の頃にも無理がたたって数回。Sの介護が始まってからも数回。

慢性化している。腰痛は持病になってしまった感があるが、とくにぎっくり腰は始末が悪い。

歩けない。じっと横たわっていても痛み続ける。

先週金曜日19日のSの言語療法は、私がどうにもならず、結局、急遽休む。

土曜日曜はS、ショートステイ。

帰宅後、夜、K君とスカイプ。Sの宝くじ(ロトやスクラッチ)の無駄使いを窘められて、S,もうしないとは言っていたが、いつまでそれが続くか・・・・、

私の腰は、湿布やコルセットや杖や、痛み止めなどで時間を稼ぐしかない。今日で一週間。

それでもやっと少しはましになった感。

一昨日は夜中の2時過ぎ。明け方5時過ぎと階下から起こされる。

昨夜は零時に起こされる。

こういう日が続くわけで、まあ、あきらめが先にたつが。

夜中にはよく雨が降る。それでも今日25日は朝から快晴。また暑くなる予感。

週はじめ22日、かかりつけ医へSを連れて行く。

いつもどうりの処方。ランドセンを頓服として処方してほしかったのだが、飲み過ぎになると断られる。まあ、それもそうだろう。

これまでがパーキンソン病の他の薬も含めて、多すぎたのだから。

先週末にSのお姉様からお菓子、書留など届く。

Sの知人から(写真展お祝いのお返し、お礼として)ゼリー菓子届く。

昨日は、Sの友人K君から鎌倉土産の鳩サブレなど。

先行き不透明ながら。久しぶりのメモでした。

そう言えば23日は処暑。

今日は夜8時過ぎて涼しい実感。秋の虫も鳴き始めている。

メモ:午前中、Sを歯医者に連れて行く。一ヶ月に一回の定期検診。

虫歯があるとか。その処置、長引きそう。今日のようにOFと重なると連れて行くのも一苦労。

2022年8月22日 (月)

忘れる前に書いとけよ!

あれ書いとかなきゃ。忘れる前にメモ代わりにさって、思いながらもうこんな時間。

に追われ、ぎっくり腰に悩まされながら、偶然見つけたユーチューブで目頭を熱くしながら、で、

あんたいったい何書きたかったんて。はたと、・・・・忘れたやん。

まあ、でも、「見当識障害」ってところまではまだ行っていないような気がする。

ここ二、三日、やっと朝方の冷気を感じるようになってきた。秋の虫、こうろぎも、ヒグラシに混ざって数日前から鳴き始めている。

まあ、残暑が厳しいからね。

八月もラストスパート。さて。もうちょっとやっとこうか。

2022年8月18日 (木)

悪い夏。わたくし、渾身の一発! #"お"ぎゅうだにおきゅうだ

ここ数週間、日本列島は豪雨と炎暑に包まれている。被害も大きい。

確か、倉橋由美子(1935~2005)に同名の小説があったような記憶がうっすらとある。

もう内容も覚えてはいないのだけれど、そんなこんなで「悪い夏」である。記憶に長く残り続けるような。

それでもう一つ、倉橋由美子のデビュー作は「パルタイ」。だったかなあ・・こちらは、なんだか生々しさが私ののど元にまだ残っている。それから・・・・、まっ、やめとこう。

さて、それにしてでもである。

コロナ禍、広島県が東京、大阪などの大都市圏を除けば、連日全国トップレベルの陽性者数であるという現実。

(今や、オミクロン株の派生種、BA・5が9割を占めるとか)

先々週、先週、今週と、多い日には6千人、5千人もざらである。

連日の数字を見ていると感覚が麻痺してくる。

それが当たり前になり、それがどうしたのか、という風にもなる。

お盆には、盆踊りやら、そして、プロ野球、高校野球なども普通に多くの観客が詰めかけている。

(広島では新聞社を始めマスメディアなどが旗を振って、「盆ダンス」なるものが呑気に開催されている。)

今や、数字の発表にどれだけの危機感が付帯していると言うのだろうか。

まあ、わたしなど、ワクチンは接種しているものの、運よく陽性とはなっていないような、それだけである。

だが、放置され、死に到っている人々も、確実にいるのだがね。

*8月18日(午後6時半現在)、全国の新規感染255534人で過去最多を記録!!

*広島県も18日、過去最多6761人を記録(4人死亡)。

もう一つ。

政権与党の自民党が圧倒的多数であるのだが、例の、旧統一教会(霊感商法)と政治、いや国家権力との癒着。

これは凄いと言うか、もう悍ましい限り。

自民党、岸田改造内閣(閣外も同様)においても、その数たるや夥しい。しかも任命された政治家の開き直り方にもあきれ返る。更に言えば、それでも、現政権や国家権力者たちを徹底的に批判しない多くのマスコミ、有権者たち。

戦後77年。依然として続く戦後の日本の、清算されない闇がそこにある。

国葬は止めるべき。

衆議院を解散すべき。

そして、今朝の新聞トップにある、昨年から続く呪われたオリンピックの逮捕者の列。

溜息も出ない。

2022年8月16日 (火)

灯浮標60(2022.8.16)パーキンソン病と自己肯定。その他。

私が知っている範囲での印象ではあるが、そしてSの場合だけではないような気がするのだが。パーキンソン病患者の多くは、自己肯定感というか、自己主張が極めて強いような気がする。(あくまでSを基にした印象。断定はしてないものの、そう思われない方、ごめんなさい。)

それによって周囲が振り回される。

それは日常化し、特に介護するものにとっては絶望的に辛い。

まず、自分がある。何を置いても自分がある。

私の体調や精神状態にどれくらい気が回っているか、甚だ疑問な時がある。

早朝から深夜まで、ときにその深夜にも、Sは私を呼ぶ。

確かにSにとっては一大事なのだろうが、その助けるべき内容の多くは、私から見れば非常時に直結するとかではなく、こまごまとした、体や、ベッド周りの小物の、位置変更や、そうした小物(携帯や各種リモコンなど)を用意し忘れた私への叱責付きの要件だったりする。

ここ数日、Sのすくみ足がひどい。この15日も医者(言語&身体リハビリ)からの帰り、ガレージから我が家の玄関口までほんの数メートル歩行器で移動することがままならない。

そして、数日前から以前ほどではないが、またもや軽い幻覚に悩まされているようだ。(今は亡き愛犬たちも現れている様子)

それもあって、急遽14日(日)早朝7時に出発、Sを車の後部に寝かせて1時間半、ペット霊園にお参りに行った。往路は何とかなったものの、復路はかなり辛かった様子。往復で結局4時間かかった。その翌日のリハビリはやはり・・・・・無理がたたったか。

さて、ここからは少し別の話。

8月15日は日本の敗戦記念日だった。

ロードサイドに威容を誇る巨大なパチンコ屋。これを見るたび戦後は終わっていないと思う。そしてまた、再生産され続けるパチンコ依存症たちの群れ。Sもその一人であった。(今も精神の奥底には賭博への欲求が残り火のようにちろちろ燃えている。パーキンソン病が進行し、またコロナ禍の今、宝くじを代償行為としてはいるが。)

ギャンブル、とりわけパチンコの国家との関わりが解消されない限り、戦後は続き、ギャンブル依存症患者もまた再生産され続け、本人の悲劇、家族の不幸は終わらないのだろうか。

今夏、白日の下にさらされてしまった例の、旧統一教会(霊感商法)と国家との結びつき。これもまた戦後を引き摺っている大きな問題。ただ、これについては、灯浮標の主旨と外れるので、ここまで。

2022年8月10日 (水)

月1の日本海!

振り返ってみれば、今年は6月7月と月1回のペースで日本海までドライブをしている。

まあ、それが気晴らしになるならそれに越したことはないわけで、やっぱり車の運転は楽しい。一人で気ままなもの。(一泊とはいえ、ツレがショートステイに行ってくれているその短い間だけでもストレスを軽減したいわけで。)

一昨日、8月8日月曜日、早朝に家を出て、いつもの海に向かった。

平日という事もあって、高速料金をケチろうと、一般道をあれやこれや思案しながら、いつもとは異なるルートを選んでみた。

往路:広島(自宅)~飯室~千代田~大朝~(中三坂トンネル)~瑞穂~川本~桜江~江津。

    午前7:38発~午前10:17着、所要時間2時間39分。走行距離:130.5㎞。

復路:江津~桜江~川本~瑞穂~(中三坂トンネル)~<大朝IC~加計IC>~広島(自宅)

    午後12:47発~午後15:11着 所用時間2時間24分。走行距離129.2㎞。

(復路は一部高速を利用したが、往路復路とも途中、道の駅やコンビニにも立ち寄っているわけで、結果、時間的にも距離的にもさして大きく変わらなかった。)

海はもう秋が忍び寄っているのか、コロナ禍のせいか、閑散。

サーフィンが数人。

それにしても収まる気配のないCOVID-19 。

変異株が暴れているようで。

広島の8日の陽性者は3343人。7日は6千人をこえていた。

(今月8日までの累計だと、広島は245034人)

10月にはオミクロン株の接種が始まるとか。

どうなるんだろうねえ。

どうなるのかといえば、岸田政権下の例の自民党議員、旧統一教会汚染問題。

今一つ歯切れが悪いよなあ、岸田さん。

国葬は強行するのだろうか。(ちなみに私は反対だが。)

広島原爆忌での岸田首相のスピーチと長崎原爆忌での首相スピーチがほとんど同じだったとか。

故安倍首相の時もそうだったが、情けない限り。

   

2022年8月 7日 (日)

灯浮標59(2022.8.7)パーキンソン病と依存。

2022年(R4)8月7日。立秋。

昨日6日原爆忌は、Sの愛犬(確か17歳で亡くなった。)の19回目の命日。

そして今日は、やはりsの愛犬(無くなる数日前に13歳の誕生日を迎えた。)の3回目の命日。

とりわけ、3年前に亡くなった方の愛犬は私のこの家で二人が看取ったわけで、淋しさがまだ強く募る。

Sは、今日から明日まで一泊だけのショートステイ。

Sの友人が一昨日の夜から昨夜まで来ており、Sの気分も久しぶりに高揚していた。

宝くじを買いに私は雨の中、車を走らされたわけで、Sのドーパミンの奔流が分かる。

Sは友人にゲームセンターへ連れて行ってもらいたかったらしいが、残念ながら、それは叶わなかった。

ギャンブル依存症とほぼ同根の精神状態だったのだろう。

丁度、製薬会社から来ていたアンケートの項目にも、パーキンソン治療薬による病的賭博の項目があった。

2022年7月31日 (日)

灯浮標57(2022.7.31)墓参。

お盆には少し早いのだが、スケジュールの事もあって、7月最終日の今日、Sの家の墓参に。

S,高速を使って1時間半の往路はまずまずの調子で、墓所への急坂もなんとか登り切って、手を合わせたのだが、問題は復路。当然急な下り坂。

すくみ足、振顫、完全なオフ状態。にっちもさっちもいかなくなる。

S,まさに命がけの有り様で、坂を下った。

これまで何度もこういう事態に陥っている。

もう、Sの墓参は、今後、まず無理だろう。

帰り、近くのショッピングセンターから、Sの友人と親戚(姉)に、この街の銘菓詰め合わせを送る。

2022年7月26日 (火)

灯浮標56(2022.7.26)パーキンソン病と暮らして、生きて行く。

Sのパーキンソン病は、ゆっくりと進行していく。Sの様々な症状を見ながら、この頃思うことがある。

パーキンソン病の多様な症状は、身体的であると共に、精神にも深く関わり変容していく。

パーキンソン病は、一般的に神経内科の担当のようだが、私は、心療内科、或いは精神科との連携がもっと強く望まれるような気がしてならない。

ドーパミンは身体機能はもちろんだが、個々の精神状態に様々な影響を及ぼす。

時として、それは日常的に極めて深刻な事態をもたらす。

このブログ「灯浮標」シリーズは、元々特に投薬による副作用として、「病的賭博」の実態を記録しようとしたものではあるが、それからどう脱出するか、希望を見出すかについて述べるには、親族ではないものの、余りにも近い位置にある介護者として、友人としての私には、ひたすら、今は、無力感が大きい。

先々週のこと。Sは7月16日17日に1泊のショートステイを利用したのだが、スタッフのパーキンソン病に対する理解度の低さや、日常的な介護の専門知識、モチベーション不足などから、Sに強いストレスを与えることとなった。責任者が私やSに謝罪したものの、どこかすっきりとした気分にはならない。先週末の23日から24日にかけてもショートステイを同じ施設で利用した。前回の事もあり、先ず先ず無難に過ごしてくれたのだが・・・。介護者の昼夜蓄積する疲労からのレスパイトとして、こうした介護サービスを利用せざるを得ない中、常に、ある種のリスクを覚悟しなければならない現状を憂う。

ここ数日、夜中、何度か起こされ、私の疲労が苛立ちに変わっていく。

かかりつけ医と相談して、導眠剤現状5mgに加え2.5㎎を頓服として追加してもらうことに。

また、脚が重く、すくみ足も顕著になってきている。マドパー錠を減薬して幻覚などが落ち付いて来たことはいいのだが、それに半比例して、パーキンソン病の症状の一つ、歩行困難な状態が進行しているようだ。

中々有効な解決方法は見つからない。

2022年7月24日 (日)

ぬるい波に洗われて。2022.7.23.日本海(島根)。

巷では今、新興宗教(カルト。それなりに歴史はあるようだが。)と手を結び、魂を売った国会議員たちの膿で汚れた日本の政治の現実に目を背けるマスメディアが国家権力と手を結び、この国の凋落と腐敗の真実から我々を欺き、ごまかすことに躍起となっている。

しかも、それは、我々国民を縄で幾重にも結び深く絶望の海へ沈めるわけで。

浮上は無い。

午後から日本海へ車を走らせて2時間ちょっと。

昨日までの雨もやみ。ほぼ快晴。波はまずまず。戯れるにはちょうど良いくらい。

今夏二回目の海。

いつもなら多くの人で賑あうこの海岸に人はほんの十数人。サーファーや釣り人や、海水浴の家族連れ、、。

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2022年7月22日 (金)

灯浮標55(2022.7.22)パーキンソン病と暮らす。

Sと同居を始めたのが2015年7月下旬。それから丸7年。8年目が始まっている。

その間には、もともとのこの灯浮標のテーマであった、パーキンソン病とギャンブル依存症に関することはもちろんではあるが、ここに書くことのできない余りにも多くの事柄が暮らしを覆っては去って行き、また、以前として今も覆いかぶさっていることもある。

同居を始めてからも、パーキンソン病の進行は止むことなく、ゆっくり、或いは加速度をつける。

私もSも確実に老いて行く。(因みに、パーキンソン病は早老病でもあるとか。)

未来は見えない。明日でさえ深い霧の向こうに、おぼろげながら不確かに在るようにしか思えない。

この空虚な現実感の中で、何が一体できるのだろうと、黄昏、そしてまた途方に暮れ、将来への不安で、眠りは浅くなる。