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2024年1月

2024年1月31日 (水)

続・灯浮標25(2024.1.31)パーキンソン病とSの蜜月。

昨日30日早朝、異臭が二階まで届く。一階のSのベッドへ。

多量の軟便と尿でベッドの上は悲惨極まりなく。

防水シートを越えて下のシーツや毛布も汚れている。

医療用手袋をはめて処理。具体的には書かないが、ほとほと疲れ果てる。

S、風呂場でシャワー。

多量の洗濯物、そしてベッドを整えなおす。

Sの陰部が炎症を起こしている。蒸れや尿、便の影響か。

急遽、デーサービスは休みにして皮膚科へ連れて行く。待ち時間1時間半。

診察の結果、炎症を抑える軟膏(副腎皮質ホルモン(ステロイド))などを処方される。

当日、そして今日で殆ど炎症は収まる。

1月が終わる。介護は果てしなく。Sの幻視、或いは妄想の世界は何処までも深く。

日常は昏い。

2024年1月27日 (土)

続・灯浮標24(2024.1.27)パーキンソン病と幻視、幻覚。20年の闘病の果てに。

(メモ)

昨年後半から激しくなってきたSの幻視幻覚は今年、止むどころか日々激しくなっていくように思う。

夜中からの症状は昼ごろまで続く。居るはずのない犬や人をはっきりと認識しているようだ。

時には家じゅうを捜し回る。そこここに隠れていると疑っている。

今朝6時前ごろも杖を振り回し、ベッド周りには物が散乱し、廊下で立ちすくんでいる。そして朝7時の薬を欲しがる。起床時のマドパーは早いうちに飲んでしまったらしい。

飲ませて再びベッドに寝かしつける。

ここ数日、排便が上手くいかない。トイレに移動するまでに紙おむつの中に便が溢れる。

昨日は、朝、排尿と多量の便でベッドの上が汚れている。私の処理も早朝から大変。S、シャワー。その後着替えさせてベッドメイキングも。私の体力も不安材料の一つ。

22日。5年ぶりにSがかつて所属していたパーキンソン病患者で構成されていたコーラスグループのメンバー数人とカラオケ屋さんに集まる。(街中へ車椅子で連れて行くのは大変だったが。)Sの気分は高揚したようだ。

そうしたことも影響しているのか、精神状態が不安定気味になっている。それも幻視幻覚の増加と関連しているのかも。パーキンソン薬を欲しがる。かかりつけ医は減薬したままの方がよいと。

パーキンソン薬の服用の果てに幻視幻覚の捕囚となったsの今があると思う。将来への不安は募るばかり。介護サービスなどを利用しているとはいえ、私一人だけでの介護がいつまで出来るか・・・。

23日(火)夜から25日(木)夜まで断続的に降り続いた雪、やっと治まる。今シーズン最強の寒波だった。積雪も我が家の庭で10センチ以上はあった。それでも26日には道路の雪だけはほぼ溶けた。

2024年1月14日 (日)

続・灯浮標23(2024.1.14)夢の中で浮沈が激しい。浮遊物多しパーキンソン病。

ここ数日、例によってSの幻視幻覚激しい。

今朝の悲喜劇は、目を覆うばかり。

排尿と排便で、ベッドのSの下半身は汚れがひどく。

朝7時の薬服用を経て、やっとお風呂場へ移動させ、シャワーで下半身の酷い汚れを洗い流させる。

洗濯物は3回に分けて何時間もかかる始末。

部屋に籠った臭いを換気扇と消臭剤で拡散させる。

先の読めない介護が続く。

幻視幻覚の強さやその種類、また不眠の度合い、夜間尿の量などは日によって大きく差があるが、ここ数日はどうもそれがどれも強い。昼間の気分が何かしらハイになっているような気もする。

私の精神的な疲労、不眠、肉体的な限界も実感しつつ。

1月も後半に。時は早い。

2024年1月 9日 (火)

茜さす大空に母還り来て(母の14回目の命日に。)

今年の始まりは心痛以外の何ものでもなく。

今日2024年1月9日は母の14回目の命日。

母が旅立った2010年に詠んだ短歌3首を投稿します。

茜さす大空に母還り来て

旋回せよ隼の如く

茜さす天の裂け目を縫い閉じて

あなたの涙を忘れられたら (6.15)

茜さす空腹ならばお母さん

私を食べたらよかったろうに

                  永洋

<私家版 歌集「茜さす歌 百日の祭り」(2010年9月9日 限定15部)所収>