生きていくための歌。ジェロ「ポロポロ」。
今こそ聞きたいジェロ演歌。
生きていくための歌。
「ポロポロ」PV(ふるさと編)
「ポロポロ」PV(号泣編)
「ポロポロ」(ライブバージョン)
今こそ聞きたいジェロ演歌。
生きていくための歌。
「ポロポロ」PV(ふるさと編)
「ポロポロ」PV(号泣編)
「ポロポロ」(ライブバージョン)
<新世界>
気が付けばもう8月も終わり。朝晩はぐんと涼しくなりました。皆さんは、夏バテなど、いかがでしょう。
さて、私は、今年のお盆は大阪新世界界隈をぶらぶらしていました。かつては通天閣をシンボルに、文字通り「新世界」と呼ぶに相応しい地だったのに違いないのでしょうが、今や、昭和の香りを色濃く残した、懐かしさあふれるエリアとなっているようで、それはそれで、観光地としての魅力を発信していました。
特に今回気付いたのが、外国人観光客の多さです。アジア系、欧州系、様々な国籍の様々な民族が、まさにひしめき合っていました。(円安の影響も大きいのでしょう。)
有名な串カツ屋の店頭には長い行列ができていましたし、街の活況は、良し、なのでしょう。
ただ、その狭いエリアを外れると、大阪自体のシズル感はどうなのでしょうか。阿倍野ハルカスもすっかり落ち着いてしまって・・・とは、大阪に暮らす古い友人の言葉です。なるほど。
まあ、大阪がどうのこうのというより、足元広島のこれからもね。
なんだか、駅前を中心とした再開発ラッシュも若干、そう若干気になるところですが、とにもかくにも、先ずは、「暮らしやすい地元」であって欲しいなどと、
新幹線を下りてすぐ、林立するクレーンを目の前に、広島の街並みと川のコントラストが好きな私は思ったのであります。
数年後、広島駅前にどんな「新世界」が広がっているのでしょう。
(2015.8.28付メルマガを転載)
画像は、今春誕生したアストラムラインの新駅「新白島駅」駅舎
*6月下旬に投稿した朱自清の「荷塘月色」(月下の蓮池)前半部分に続いて、やっと後半部分です。翻訳をしたのは昨年末でしたが、どうにもこうにも困難を極めた部分です。
「荷塘月色」(月下の蓮池)~後半部分~
(承前)不意に私は「採蓮」の故事を思い起こす。「採蓮」は江南地方の旧い習わしだが、とても早くから有るもののようで、六朝時代に最も盛んだった。詩歌からその様子を伺い知ることが出来る。「採蓮」は少女が主役、彼女たちを乗せた小舟が揺れて、恋の歌が遠く聴こえる。「採蓮人(採蓮を愉しむ人)」については、多くを語るまい。私たちは「採蓮」を遊ぶ人々を今将に、間近に見る。あれは賑やかな季節で、そしてまた風雅な季節。梁元帝の<採蓮賦>に尋ねれば好い。
<そして艶やかな少女よ、揺蕩う船に少年と心を通わせる。水鳥が首をもたげれば、共に羽杯を交わす。藻を絡めて櫂を漕げば、船は浮草を除けて航路を開く。少女は腰に帯を結び、恋を孕んで船は行きつ戻りつ。夏の始まりにはまだ春があり、葉は瑞々しく花は咲き初めて、濡れた衣に少女は微笑み、船が傾くのを恐れて密やかに身頃を整える。>
当時の楽しげな舟遊びの光景が目に浮かぶ。この風趣よ!惜しむべきは、私たちは今や、とうにこの楽しみを忘れ去っていることだ。 それからまた、<西洲曲>の一句を思い起こす。
<採蓮その南の池は秋にして、蓮の花は頭をよぎる。頭を低くして蓮の実を遊べば、蓮の実の清らかさは水の如し。>
今宵、もしも採蓮の人有れば、蓮の花は<西洲曲>に詠う「頭をよぎる」と重なるのだろう。ただ、水の流れに、些かも人影を見ることはできず、その興趣はない。私はこの蓮池に、ふと江南の面影を見て、それを懐かしんでいたのだ。 ―思いを巡らせ、その果てに顔を上げれば、不覚にも既に我が家の門前に辿り着き、私は軽く門を押して中に入った。何の声もそこには無く、妻はとっくに深い眠りに落ちていた。
(一九二七年七月、北京清華園。)
*底本「朱自清散文选集」百花文艺出版社
(2014.12.28.洋文訳了)
*尚、私の拙訳、転載等禁ということで、読んでお楽しみ?くださいね。
*画像は、廿日市市極楽寺山蛇の池(2015.7.29.)