灯浮標 Feed

2022年9月22日 (木)

灯浮標63.(2022.9.22)パーキンソン病におけるギャンブル依存症の熾火。

灯浮標は、パーキンソン病患者S(病歴17年9か月:約18年)の病的賭博を中心としたその病気の現在を記したブログです。

来月10月1日からSno介護認定は、これまでの要介護2から介護認定5に変わります。

それに伴い、昨日21日、我が家で担当者会議が開かれました。Sのベッド周りにケアマネージャーを中心に春パーさんなど関係者5人が揃い、今後の介護方針を検討しました。(3事業所は書類のみでの参加)

基本的には当面従来通りの介護サービスです。

皆さんの前で、Sha,病的賭博について口を開きました。

会議後、Sは今書いている原稿の為にパチンコ屋の取材がしたいと私に言います。

これはたびたびS が私を困らせた方便です。

やはり、根本では病的賭博、その依存症は治ってはいないようです。

私は、内心激しい絶望感と怒りのままに、Sのお姉様に電話。パチンコ依存症のこれまでの経過を話しました。お姉様は良く御存知ではなく、とても悲しんでおられました。

結局、その日は諦めさせたのですが、この依存症の根本治療の困難さを改めて実感しました。

本人は今一つ、分かっていないようです。

また、Sの場合、パーキンソン病薬以外にも病的賭博を推し進める要因があったわけで、そこのところについて、本人の自覚が甘く、全てを薬のせいにするのは、一種の逃げであると言えます。

本人の我欲やプライド、そして独善的な性格は、もう完全には治らないと思います。

パーキンソン病の進行や加齢が本人にどれだけの人生の試練を与えて、どんな生き方をS自身が選ぶのか、私にも分かりません。

2022年9月12日 (月)

灯浮標62(2022.9.12)介護認定について。

先週9月9日、Sの新しい介護認定証が広島市から届いた。これまでは要介護2だったのだが、10月1日からの3年間は要介護5という判定となっていた。

本人は、そこまでとは思っていなかったらしくかなり精神的なショックを受けたようだ。Sはだいたいが、昔から精神的な脆さが顕著で、今回も、その要介護5の判定に、心のやり場がないようだった。

考えてみるに、医師の意見書が書かれたのは恐らく幻覚幻聴などが最も酷かった春ごろではなかったか。そういうことも判定に影響しているようにも思える。

Sは唯一の肉親であるお姉様に電話をしたのだが、Sにとっては思いのほかそっけなく、意に反して施設入居を勧められ、心は落ち着かなかった。

さて、10月からの介護シフトをもう一度考えなければ。

というものの、実際介護をしているのは私一人で、たいして負担の軽減も望むべくも無く、私にしても気は晴れない。

ここ数週間、Sは、歩行が特に困難になってきている。

夜は、眠れたり眠れなかったり、排便も相変わらず不規則。排尿も介護が必要だったり、自力で出来たり変動が激しい。

また、足の所謂パーキンソン痛も日常化、恒常化している。

私自身の加齢などに伴う肉体的及び精神的疲労の蓄積と共に、悩みは尽きない。

(追記)

以前にも恐らく書いたような気もするが、Sの特定調停の支払い期間、4年間も、パチンコ、ギャンブル通いは全く止まることは無かった。犬の世話は私になっていたし、その分ある意味気楽だったわけで、早朝から深夜まで連日のパチンコである。そして、金が底をつくたびに、私に無心の電話、或いはメール。結局私が折れるまでひつこく求めてくる。留まることがなかった。バスで出掛ければ私に迎えに来させたり、タクシーを使ったり。諍いの日々だった。勝手口の破れたままのガラス窓は、その名残だ。

結局処分したSの家もそのほとんどが、ギャンブルへと消えて行った。

いまさらに、折々にその時の私の苦しみ怒り、空しさが甦って来る。彼の親族にも誰にも、今に続くそれらの深さ、心が折れる苦しみは分かりはしないだろう。

もちろん、Sにも分からないだろう。

2022年9月 6日 (火)

秋の虫が鳴いている。愚痴が多い。とか共依存。とか、・・・

「灯浮標」で書くと、愚痴になる。

まあ、こっちでも大して差は無いのだが。

ここのところ、Sから夜中に起こされて、精神状態がキツイ。

夜中の排尿処理は辛い。

昼間も、傾眠というか、認知の入り口にいると言うか。私の指示は入りにくい。

諍いが多く。私自身の人生を想う。晩年はsの介護に明け暮れて、それで、閉じるのか、

と思うと、なんだか空しい。私のこの世での存在価値なんてあったのかどうか。などと、不遜にも思ってしまう。

思考回路が混線しているようだが。

明日はまたSの介護介助で悩殺される一日になりそうだ。

(今週から、従来の金曜日に加えて水曜日にも、男性ヘルパーさんによる入浴介助が始まる。)

さて久しぶりに、2020年に作った曲を聞いてみたくなった。


YouTube: 「冬かたみ(FUYUKATAMI)」lulu&tonys(試作)

PS:せめてライフワークの方に、もう少し軸足を移さなければ。

来年から本格的に翻訳をスタートさせる予定の中国の詩集。これは今から百年余り前に発行された、当時の中国における新進詩人、散文家、小説家など8人による合詩集だ。

なんとか生きているうちに完訳したいのだが、何年かかるのだろうか。

取り敢えず、そのための準備として、その8人のうちの一人、ある文学者の散文の翻訳をスタートさせる。これは年内に終わらせる予定。

ああ、それにしても、例のパソコンの熱暴走アクシデントで、データが消失しなくてよかった。消失してたらと思うと・・・・・

当時の時代背景や、8人の簡単なプロフィールを調べて纏めていたわけで。それも中国の検索サイトからの読みこみ、翻訳作業。それに何か月をも要していたのだ。

2022年8月25日 (木)

灯浮標61(2022.8.25)ゆっくりびっくりぎっくり腰。介護の夜に。

実は先週木曜日頃から腰の調子が悪い。元々悪かったわけだけれど、なお悪い。所謂ぎっくり腰の類。もう何度もやっている。母の介護の頃にも無理がたたって数回。Sの介護が始まってからも数回。

慢性化している。腰痛は持病になってしまった感があるが、とくにぎっくり腰は始末が悪い。

歩けない。じっと横たわっていても痛み続ける。

先週金曜日19日のSの言語療法は、私がどうにもならず、結局、急遽休む。

土曜日曜はS、ショートステイ。

帰宅後、夜、K君とスカイプ。Sの宝くじ(ロトやスクラッチ)の無駄使いを窘められて、S,もうしないとは言っていたが、いつまでそれが続くか・・・・、

私の腰は、湿布やコルセットや杖や、痛み止めなどで時間を稼ぐしかない。今日で一週間。

それでもやっと少しはましになった感。

一昨日は夜中の2時過ぎ。明け方5時過ぎと階下から起こされる。

昨夜は零時に起こされる。

こういう日が続くわけで、まあ、あきらめが先にたつが。

夜中にはよく雨が降る。それでも今日25日は朝から快晴。また暑くなる予感。

週はじめ22日、かかりつけ医へSを連れて行く。

いつもどうりの処方。ランドセンを頓服として処方してほしかったのだが、飲み過ぎになると断られる。まあ、それもそうだろう。

これまでがパーキンソン病の他の薬も含めて、多すぎたのだから。

先週末にSのお姉様からお菓子、書留など届く。

Sの知人から(写真展お祝いのお返し、お礼として)ゼリー菓子届く。

昨日は、Sの友人K君から鎌倉土産の鳩サブレなど。

先行き不透明ながら。久しぶりのメモでした。

そう言えば23日は処暑。

今日は夜8時過ぎて涼しい実感。秋の虫も鳴き始めている。

メモ:午前中、Sを歯医者に連れて行く。一ヶ月に一回の定期検診。

虫歯があるとか。その処置、長引きそう。今日のようにOFと重なると連れて行くのも一苦労。

2022年8月16日 (火)

灯浮標60(2022.8.16)パーキンソン病と自己肯定。その他。

私が知っている範囲での印象ではあるが、そしてSの場合だけではないような気がするのだが。パーキンソン病患者の多くは、自己肯定感というか、自己主張が極めて強いような気がする。(あくまでSを基にした印象。断定はしてないものの、そう思われない方、ごめんなさい。)

それによって周囲が振り回される。

それは日常化し、特に介護するものにとっては絶望的に辛い。

まず、自分がある。何を置いても自分がある。

私の体調や精神状態にどれくらい気が回っているか、甚だ疑問な時がある。

早朝から深夜まで、ときにその深夜にも、Sは私を呼ぶ。

確かにSにとっては一大事なのだろうが、その助けるべき内容の多くは、私から見れば非常時に直結するとかではなく、こまごまとした、体や、ベッド周りの小物の、位置変更や、そうした小物(携帯や各種リモコンなど)を用意し忘れた私への叱責付きの要件だったりする。

ここ数日、Sのすくみ足がひどい。この15日も医者(言語&身体リハビリ)からの帰り、ガレージから我が家の玄関口までほんの数メートル歩行器で移動することがままならない。

そして、数日前から以前ほどではないが、またもや軽い幻覚に悩まされているようだ。(今は亡き愛犬たちも現れている様子)

それもあって、急遽14日(日)早朝7時に出発、Sを車の後部に寝かせて1時間半、ペット霊園にお参りに行った。往路は何とかなったものの、復路はかなり辛かった様子。往復で結局4時間かかった。その翌日のリハビリはやはり・・・・・無理がたたったか。

さて、ここからは少し別の話。

8月15日は日本の敗戦記念日だった。

ロードサイドに威容を誇る巨大なパチンコ屋。これを見るたび戦後は終わっていないと思う。そしてまた、再生産され続けるパチンコ依存症たちの群れ。Sもその一人であった。(今も精神の奥底には賭博への欲求が残り火のようにちろちろ燃えている。パーキンソン病が進行し、またコロナ禍の今、宝くじを代償行為としてはいるが。)

ギャンブル、とりわけパチンコの国家との関わりが解消されない限り、戦後は続き、ギャンブル依存症患者もまた再生産され続け、本人の悲劇、家族の不幸は終わらないのだろうか。

今夏、白日の下にさらされてしまった例の、旧統一教会(霊感商法)と国家との結びつき。これもまた戦後を引き摺っている大きな問題。ただ、これについては、灯浮標の主旨と外れるので、ここまで。

2022年8月 7日 (日)

灯浮標59(2022.8.7)パーキンソン病と依存。

2022年(R4)8月7日。立秋。

昨日6日原爆忌は、Sの愛犬(確か17歳で亡くなった。)の19回目の命日。

そして今日は、やはりsの愛犬(無くなる数日前に13歳の誕生日を迎えた。)の3回目の命日。

とりわけ、3年前に亡くなった方の愛犬は私のこの家で二人が看取ったわけで、淋しさがまだ強く募る。

Sは、今日から明日まで一泊だけのショートステイ。

Sの友人が一昨日の夜から昨夜まで来ており、Sの気分も久しぶりに高揚していた。

宝くじを買いに私は雨の中、車を走らされたわけで、Sのドーパミンの奔流が分かる。

Sは友人にゲームセンターへ連れて行ってもらいたかったらしいが、残念ながら、それは叶わなかった。

ギャンブル依存症とほぼ同根の精神状態だったのだろう。

丁度、製薬会社から来ていたアンケートの項目にも、パーキンソン治療薬による病的賭博の項目があった。

2022年8月 4日 (木)

灯浮標58(2022.8.4)パーキンソン病の夏。

未明3時過ぎ、小便を済ませて、いつものように階下のSの寝室の様子を窺う。

半ば覚醒している。尿瓶に小便をさせる。神パンツを替えて、足先を熱いタオルで押さえてやる。

しばらくして落ち着く。電気を消して部屋を出る。

(ここ数日は、かかりつけ医の処方により、導眠剤デエビゴ錠5㎎+2.5㎎の7.5㎎服用している。)

朝5時、Sが私を呼ぶ。悪夢にうなされた様子。私の体調は相変わらず今一つすぐれない。

苛立ちの感情のまま、Sの求めるまま、起床時のマドパーを1錠服用させる。

ほんの少しは落ち着いた様子。時折、軽い寝息が聴こえる。

地球は自転し、公転し、そして私は老いる。

Sも老いる。

もう一週間、或いは数日もすれば、朝方だけは涼しくなる、それが何時もの立秋あたりの実感。

広島原爆忌が近い。

過度な絶望はないが、かといって希望など、たいしてあるわけもない。

因みに、カルトに精神が侵されることも無いだろう、私の場合。

Sにとっては、ギャンブル(まあ一種のカルトかも?抜けることが極めて困難という意味でも)に侵された心と体は、未だ完全に回復したとはいえないのではないだろうかと、漠然とだが思う。

今日は朝、月一回の訪問看護。午後は街中の内科でリハビリ。の予定。

昨日は朝、ヘルパーさん。午後は訪問リハビリと月一回のケアマネさんの訪問。来月9月の予定など確認。言語リハビリの回数を少し減らそうかなどと話す。

私はもちろん、Sの体力的負担をそろそろ減らしていく必要がるのでは、などと。

蛇足:

時折、「パーキンソン病」を縮めて「パーキン」と呼ぶ人有り。Sはそれがあまり好きではないらしい。まあ、私もだが。若干ニュアンスが違って感じられるのだ。

嵐であろうと波穏やかであろうと、その遥か波間に見え隠れする灯り。一瞬消えたと見えて消えてはいない。

その灯浮標を便りに、向かう先は何処なのか、・・・分からない。

このブログ「灯浮標」は、今年の2月中旬に記し始めてもう58回になる。窓の外が明るみ始めている。5時半。ほんの少し眠る。

しばらく休もうかなあ、とも。どうなるか分からないけれど。

2022年7月31日 (日)

灯浮標57(2022.7.31)墓参。

お盆には少し早いのだが、スケジュールの事もあって、7月最終日の今日、Sの家の墓参に。

S,高速を使って1時間半の往路はまずまずの調子で、墓所への急坂もなんとか登り切って、手を合わせたのだが、問題は復路。当然急な下り坂。

すくみ足、振顫、完全なオフ状態。にっちもさっちもいかなくなる。

S,まさに命がけの有り様で、坂を下った。

これまで何度もこういう事態に陥っている。

もう、Sの墓参は、今後、まず無理だろう。

帰り、近くのショッピングセンターから、Sの友人と親戚(姉)に、この街の銘菓詰め合わせを送る。

2022年7月26日 (火)

灯浮標56(2022.7.26)パーキンソン病と暮らして、生きて行く。

Sのパーキンソン病は、ゆっくりと進行していく。Sの様々な症状を見ながら、この頃思うことがある。

パーキンソン病の多様な症状は、身体的であると共に、精神にも深く関わり変容していく。

パーキンソン病は、一般的に神経内科の担当のようだが、私は、心療内科、或いは精神科との連携がもっと強く望まれるような気がしてならない。

ドーパミンは身体機能はもちろんだが、個々の精神状態に様々な影響を及ぼす。

時として、それは日常的に極めて深刻な事態をもたらす。

このブログ「灯浮標」シリーズは、元々特に投薬による副作用として、「病的賭博」の実態を記録しようとしたものではあるが、それからどう脱出するか、希望を見出すかについて述べるには、親族ではないものの、余りにも近い位置にある介護者として、友人としての私には、ひたすら、今は、無力感が大きい。

先々週のこと。Sは7月16日17日に1泊のショートステイを利用したのだが、スタッフのパーキンソン病に対する理解度の低さや、日常的な介護の専門知識、モチベーション不足などから、Sに強いストレスを与えることとなった。責任者が私やSに謝罪したものの、どこかすっきりとした気分にはならない。先週末の23日から24日にかけてもショートステイを同じ施設で利用した。前回の事もあり、先ず先ず無難に過ごしてくれたのだが・・・。介護者の昼夜蓄積する疲労からのレスパイトとして、こうした介護サービスを利用せざるを得ない中、常に、ある種のリスクを覚悟しなければならない現状を憂う。

ここ数日、夜中、何度か起こされ、私の疲労が苛立ちに変わっていく。

かかりつけ医と相談して、導眠剤現状5mgに加え2.5㎎を頓服として追加してもらうことに。

また、脚が重く、すくみ足も顕著になってきている。マドパー錠を減薬して幻覚などが落ち付いて来たことはいいのだが、それに半比例して、パーキンソン病の症状の一つ、歩行困難な状態が進行しているようだ。

中々有効な解決方法は見つからない。

2022年7月22日 (金)

灯浮標55(2022.7.22)パーキンソン病と暮らす。

Sと同居を始めたのが2015年7月下旬。それから丸7年。8年目が始まっている。

その間には、もともとのこの灯浮標のテーマであった、パーキンソン病とギャンブル依存症に関することはもちろんではあるが、ここに書くことのできない余りにも多くの事柄が暮らしを覆っては去って行き、また、以前として今も覆いかぶさっていることもある。

同居を始めてからも、パーキンソン病の進行は止むことなく、ゆっくり、或いは加速度をつける。

私もSも確実に老いて行く。(因みに、パーキンソン病は早老病でもあるとか。)

未来は見えない。明日でさえ深い霧の向こうに、おぼろげながら不確かに在るようにしか思えない。

この空虚な現実感の中で、何が一体できるのだろうと、黄昏、そしてまた途方に暮れ、将来への不安で、眠りは浅くなる。