« ジェロ「ポロポロ」のこと。或いは「相馬盆唄」のことなど。 | メイン | 6月19日ジェロ演歌ライブ「下北沢演歌 〜下北沢から演歌を世界へ〜 vol. 4」開催! »

2015年5月28日 (木)

朱自清「荷塘月色」(月下の蓮池) <訳文>

「荷塘月色」(月下の蓮池)   朱自清

   ここ数日、心穏やかではない。今宵、庭に座り涼をとりながら、不意に思い起こす蓮池の日々。それらの総ては、特別な趣を湛えて満月の光の中にある。月は次第に高く昇り、塀の外から聴こえていた大通りで遊ぶ子供たちの歓声は、既にない。妻は部屋でルンを寝かしつけている。ぼんやりと掴みどころのないあの鼻歌は、子守唄。私は、袖の長い一重の服を着ると、門を閉めて我が家を後にした。

 蓮池に沿って、小さな石炭屑の道が、折れ曲がりながら続いている。この道は、いつもひっそりと佇んでいて、昼間も人通りは少なく、夜は更に寂しい。蓮池の周囲には木々が立ち並び、草木が生い茂っている。それらは楊柳や名も知らない木々だ。月明かりがなければ、この道はただ陰鬱で、人を怯えさせる。月のその光は弱く、今晩は却ってそれが良い。

 道には私一人、後ろ手にしてぶらぶら歩く。この世界の有り様こそは私の思うところ。自己をありのままにさらけ出し、そうして平常とは異なる別の世界に到達するのだ。私は喧噪を愛し、静けさにもまた惹かれる。私は群れを成すことを欲し、独りでいることもまた求める。今宵は、私一人この蒼茫たる月光の下で、どんなことでも出来ると思ったり、思わなかったり、言うなれば、私は自由である。昼に必ず成すべき事や、言っておかなければならない事があっても、今は、その何一つをもしなくて済む。これはこうして一人で居るからこそ許される。そして私は、この無限に漂い続ける蓮の花の香り、月の光が好きだ。

 くねくねと曲がりながら広がる蓮池の水面は、蓮の葉で見渡す限り埋め尽くされている。葉は、水から首を高くもたげて、それは踊り子の優美なドレスにも見える。重なり合う葉の中ほどに目を遣れば、あちらこちら白い花で彩られ、その花はひたすらたおやかで、まるで人見知りをしているかのように俯き恥らう。まさに、花一輪一輪が玉(ぎょく)の一粒一粒。それはまた青空の星々であり、湯浴みをしたばかりの美女か。そよ風が吹き渡れば、爽やかな香りが絶え間なく私の元に届き、はたまた風の音は、遥か高殿からの歌声にも似ている。この時季の葉と花は弾かれた糸のように震え、その震えは稲光のように一瞬にして蓮池の畔に伝わる。葉は互いに肩を並べて密生し、窮屈さを辛抱しているが、その様は青い波の重なりの如くだ。葉の下には池を血管のように巡る無数の水流があり、葉は、視界を遮って池の底を隠す。葉は、風を目に見える形にして、その風情を私に教えてくれる。

 月の光は水のように流れ落ちて蓮を濡らしているし、静かで淀みのない流れには、池一面蓮の葉と花が立ち上がっている。蓮池の上には青い霧が薄く揺蕩う。葉と花は、まるで牛の乳で洗われたようでもある。或いはまた、薄衣の夢で覆い包まれているようだ。満月とはいえ、天上には淡い雲がたなびいて、一点の曇りもなく照り輝いているというわけではない。ただ、私の気分にはこれでちょうど好い。―もとより、熟睡するに越したことはないが、とろとろ浅い眠りもまた格別だ。月光は木立を浮かび上がらせ、高く茂っている灌木が、不揃いでまばらな陰影をつくる。地には黒い影が落ちている。木々のシルエットは、まるで鬼のように表情険しく私の前に立ち塞がっている。池の湾曲に沿って楊柳がそこかしこに影を落としていて、それは蓮の葉に描かれた一幅の水墨画だ。池に届く月の光は均等ではなく、バイオリンが奏でる名曲にも例えられようか、光と影が織りなすハーモニーだ。

蓮池を巡れば、遠く近く、高く低く木立に囲まれて、そのなかでも楊柳は最も多い。木々は、蓮池を幾重にも囲んでいる。そこに小路が延び、所々に出現する不意の空間に光が漏れ、月光は殊の外と言うべきか、そこに留まっている。木々には靄がかかっているようで、陰鬱な表情をしている。それでも楊柳が繁茂している様子は、靄の中にも見分けることが出来る。梢の向こうにぼんやり見えるのは遠い山並みで、山容のだいたいがやっと確認出来る。木々を縫って街路灯の光が漏れているが、まどろむ人の目には、目を覚ますほどの鮮やかな色彩ではない。この時分賑やかなのは、樹上から落ちてくる蝉の声と水面から沸き上がってくる蛙の声。そう、賑やかなのは彼らであって、私といえば何もない。

(以下、「採蓮」のお話は次回。)

一九二七年七月、北京清華園。

 

*底本「朱自清散文集」百花文艺出版社

2014.12.28.洋文:訳了)

<転載、流用、引用等厳禁。読んでお楽しみください。>

昨年末纏めた、私家版「朱自清作品集<一>から、まだネットにアップしていなかった

荷塘月色」(月下の蓮池)」の一部をご紹介します。

 

20155 (画像は我が家の近くの沼)

コメント

この記事へのコメントは終了しました。