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2011年1月 6日 (木)

AKB(H)68

秋葉忠利広島市長(68歳)が、次期市長選への不出馬会見を、「ユーチューブ」でおこないました。

このことに関して、特に地元のメディアから批判がなされています。

私は、その状況に、改めて、マスコミとは何かを考えさせられました。

果たして、これから新聞やテレビの果たしていくべき役割は、なんなのでしょう。

もはや、「マスコミ」というカテゴリーは、新聞やテレビに冠せられる特権的用語ではないと、実感します。

秋葉氏が「ユーチューブ」を選んだのは、その会見に要した約15分がそのまま、市民に届けられる現実を氏が、見極めていたことにもあるのでしょう。

「ユーチューブ」は全ての人に届く媒体ではないというならば、翻って、現在の新聞やテレビは、果たして、全ての人へ情報を、「恣意や作為無くむきだしのまま」届ける努力をしていると言えるのでしょうか。

「新聞」や「テレビ」に安住する記者を始め、情報を発信する者たちは、マスコミのマスコミたるその本質を問い直す時期に来ているのではないでしょうか。

「升」から零れ落ちる一粒のお米さえも見落とさない努力が、これからは真に問われるのではないかと思うのです。

そうそう。

私は、秋葉市長のヒロシマオリンピック構想に賛同します。

子どもに夢を届けることは、大人の義務であると思います。そして、それに伴う犠牲は、大人が払わなければならないと思います。

「大人」がなぜ「大人」で有得るか。答えは単純です。「子」どもたちのために未来を切り拓くことが出来る、その可能性を有する存在であるから。ただそれだけだと、私は思います。それを放棄すべきではないと思うのです。

秋葉市長の、この12年間の実績全てを肯定するものでは決してありませんが、少なくとも、オリンピック構想については、秋葉市長の思いを継ぐ市長候補を期待します。

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