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2014年11月17日 (月)

朱自清「春」を訳しました。

「春」

                                                朱自清

 

待ってた、待ってた、東風(こち)が吹く。春の足音が近づいて来る。

万物は目覚め、その瞳は輝く。山は朗らかに笑い、水は滔々と流れ、太陽も一層赤い。

土を穿って草は、瑞々しく鮮やかだ。庭に田野に、そこかしこに青々と春。人は、座ったり、横になったり、転がったり、ボールを蹴ったり、駆けたり、鬼ごっこに興じたり。風はふんわり軽やかで、草はなんとも柔らかだ。

 桃、杏、梨、どれもこれもが咲き競い、どれもこれもが満開の時。その花弁の紅は火のようで、その咲き乱れる様は霞のようで、その白さは雪のよう。花は甘美に香る。目を閉じれば、たわわに実った桃、杏、梨!花に誘われ無数の蜜蜂が羽を唸らせている。アゲハやシジミ、様々な蝶が、舞い寄っては去り、去っては舞い寄って来る。野の花は遍く地上に姿を現す。名も知らぬ野草、誰もがその名を口にする春の花、そのことごとくが里を埋めている。まるで野に瞳があるように、そしてまたそこが星の世界であるかのように、花の瞳が瞬いている。

「柳の風の心地よさよ」。その優しさ暖かさにお母さんの掌を思う。大地に命は芽生え、若草は丈を伸ばし、花々は香り、大気は潤う。花と若葉に包まれて、鳥は安らかに巣篭る。楽しいではないか。鳥は自慢の喉を震わせて、その心地よい音色を聴かせてくれる。歌声は風に乗り、流れる水と溶け合って行く。牧童が牛の背で笛を吹く。その笛の音は、天高く響き渡る・・・。

  雨が数日降り続いたからといって、この時期ならば、どれほどのことがあろう。悩ましくはない。ご覧なさい。雨はまるで牛の毛のように艶やかで、花のめしべのようにたおやかで、そしてまた、その細密さは絹の糸。雨は、精緻に織り上げられて、家々の屋根を隈なく包み込み、一層仄暗く煙っている。それでも、木々の緑は鮮やかに輝いているし、あなたが目を落とせば、下草も青く染め上げられている。やがて日は暮れ、灯が点り、点々と淡い光が夕闇に滲む。しめやかで平和な夜が訪れる。里の小路の石橋の畔に、とぼとぼ傘を差して行く人があり、 野良には、夜のとばりに追われながら、蓑を纏い笠を被り仕事に精を出す農民がいる。彼らの家々は、春の雨に、あまねく黙している。

この空が晴れたなら無数の凧が舞い、子どもたちが群れ遊ぶ。家並の軒先を老いも若きも行き集い、今この春を楽しんでいる。春は体に生気が宿り、精神は奮い立つ。それぞれの春を謳歌しよう。「一年の計は春にこそある」。いろんな夢や希望が、頭をもたげてくる。

春は、生まれたばかりの女の子のようだ。つま先から頭のてっぺんまで伸び盛り。

春は、娘のようだ。ほら、まるでしなやかに揺れる花の枝で、その娘ときたら、笑い転げる、走り回る。

春は、りりしい青年のようだ。腕っぷしは強く腰まわりは逞しく、彼らは、もはや老いたる私たちの先を歩む。それを使命と、よくよく分かっているのだ。

 

*底本「朱自清散文集」百花文艺出版社

 

(訳:洋文 2014.5.17.)

 

*朱自清:18981948.近代中国を代表する詩人、エッセイスト。

*先日のブログで、今春に「春」をUPと書きましたが、私の勘違いで、1月に一部分の訳だけをUPしていました。改めて「春」の全訳をUPしておきます。

 

 

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