殿敷侃(TONOSHIKI TADASHI)没後30年。彼を見失わないために。
殿敷侃(1942年1月22日~1992年2月11日)
バブルは弾け(1991年)、阪神淡路大震災(1995年1月17日)で多くの人命が失われ、町が壊れ、東日本大震災(2011年3月11日)では津波が押し寄せ、福島原発が破壊し、放射能が飛散し、町から人が消え、新型コロナワクチン(2019年12月)が世界を覆う、今。
#環境アーティスト
#殿敷侃
#風のことづて~トノシキタダシへの旅~
殿敷侃(1942年1月22日~1992年2月11日)
バブルは弾け(1991年)、阪神淡路大震災(1995年1月17日)で多くの人命が失われ、町が壊れ、東日本大震災(2011年3月11日)では津波が押し寄せ、福島原発が破壊し、放射能が飛散し、町から人が消え、新型コロナワクチン(2019年12月)が世界を覆う、今。
#環境アーティスト
#殿敷侃
#風のことづて~トノシキタダシへの旅~
2022年2月11日は、環境アーティスト殿敷侃没後30年。命日です。
リスペクトの想いを込めて冊子を作りました。
「風のことづて~トノシキタダシへの旅~」(永洋)
「夢岬賛歌(ゆめみさきさんか)」
作詞:azmi h Eijima 作曲:kamal 歌:lulu&tonys
灯台の光とどくところ遥かに
明日を指し示し
夢を約束してくれる。
黄昏の風に吹かれて
朝焼けを纏う。
波の音は激しく
心騒ぐ。
1)
草原は 岬の端(はな)先へ
朝の光が 背中を押して
夢の岬へ 歩き始める
行く手で蝶が 舞い遊ぶから
悲しい気持ちは 捨てました
寄せては返す 想い出や
はじけて消えた 希望でも
きっと輝く 岬の空で
*ああ ああ 夢よ飛べ
明日を信じて 夢よ飛べ*
2)
灯台の 光を追いかけて
舟を漕ぎだす 夢を見ていた
黄昏どきは 朝焼けの色
羽を休める 岬の蝶に
悲しい気持ちも 拾います
寄せては返す とまどいや
一度は消えた 希望でも
きっと耀く 星の標(しるべ)よ
*~*
*~*
(2022.1.24)
2022年2月1日火曜日、新型コロナウィルスワクチン、2回目接種から6か月余り経過したので、3回目を接種しました。
(1回目:2021年7月4日:ファイザー。2回目:2021年7月25日:ファイザー。)
今回はモデルナでした。接種後20分ぐらいから副反応らしき違和感。接種した腕の筋肉痛。喉の渇き。頭痛。倦怠感。
一夜明けた2日も副反応継続。特に腕から頭にかけて強い筋肉痛。腕が肩から上には上がらない状態。
昨日より更に強い倦怠感、頭痛。発熱は接種後から今に至るまでありません。
第1回目ほどの副反応ではないものの、ほぼ2回目の時ぐらいの副反応との感触。
リリカ錠、ロキソニン錠を数回服用。
3日も引き続き副反応が認められます。
昨日ほどではないものの、頭痛、倦怠感がお昼過ぎまで続きました。肩より腕に上がらない筋肉痛は夜まで続きました。
深夜になって、それもやっと落ち着いて来ました。
因みに一緒に接種した友人は、全く副反応なかったようです。
以上記録までに。
果てしなく介護の日々。今夜も二度目のコール。
結局階下へ。
それから、またうとうと。体力が萎えて行く。
少し夢を見た。昔の職場の人たちが現れる。
もう既に不確かな記憶・・・。
23歳。
印刷会社で2年余り。アパートが火事になり全てを失う。
帰省。
喫茶店でアルバイト2年余り。
田舎で、地元メーカーの孫請け工場1年。金型研磨の非正規。
(不良品をよく出していた。検品作業の思い出ばかり。)
また街へ出る。
デパートの紳士服売り場で4年余りの非正規。
それから広告会社の企画で1年。
別の広告会社で企画、営業2年。
フリーの広告コピー&企画、実質専属契約で約4年+完全なフリーで20数年・・・。
後半は両親の介護。特別な友人の介護・・・
気がつけばこんな歳になっていた。
ほぼ1年3ヶ月ぶりの新曲です。
「夢岬賛歌」
作詞:azmi.h.eijima 作曲:kamal
1)
草原は 岬の端(はな)先へ
朝の光が 背中を押して
夢の岬へ 歩き始める
行く手で蝶が 舞い遊ぶから
悲しい気持ちは 捨てました
寄せては返す 想い出や
はじけて消えた 希望でも
きっと輝く 岬の空で
ああ ああ 夢よ飛べ!
明日を信じて 夢よ飛べ!
2)
灯台の 光を追いかけて
舟を漕ぎだす 夢を見ていた
黄昏どきは 朝焼けの色
羽を休める 岬の蝶に
悲しい気持ちも 拾います
寄せては返す とまどいや
一度は消えた 希望でも
きっと耀く 星の標(しるべ)よ
ああ ああ 夢よ飛べ!
明日を信じて 夢よ飛べ!
ああ ああ 夢よ飛べ!
明日を信じて 夢よ飛べ!
(2022.1.24)
時にマスメディアは市民に媚を売る風を装って、あらぬ方へと誘導を試みるのだが、まあ、たいていは、その手口にまんまとのせられているのが、謂わば市民の定義なのかもしれないなあ、などと、無自覚に流されているようにしか見えない群れに、嘔吐しては溺れて行く。
(近況メモ)
思い起こしてみれば、今年の4月から5月にかけて体調絶不調だったわけで、この秋、11月ほぼ3週間、またまた絶不調で、頭痛激しくカロナールやらロキソニン系の薬に頼っても辛く、お医者さんは、まあストレスが一番の原因と。口内炎もほぼほぼ一ヶ月治まらず。免疫力が落ちているんでしょう。
今夜は連れがちょうどショートステイ。私は久しぶりにRespite。
午前中は、予約しておいた胃カメラによる久しぶり胃癌検診。結果は問題無し。おまけにピロリ菌も見つからず、胃(医)的な意味でね、しあわせポリープ(ハッピーポリープ)があります。胃癌にはなりにくい体質でよかったね、とかお医者さん。
一応、先生に勧められるまま胃がん検診、大腸がん検診、肺がん検診、前立腺がん検診ともにセーフ。
今日は終日激しい脱力感で、検査後、自宅に帰ったものの、動くにも動けないほど。
ああ、やっぱりストレスでしょう。で、やっと頭痛ほぼほぼ収まり、口内炎もほぼほぼ消えかかり。
こうして、日付の変わった深夜、ミルクチョコを齧り続ける私です。
(ゆめも#1 2021.11.15)
ここのところ、頭痛がひどく、ロキソニン系やカロナールや湿布や消炎剤やら色々試してはみるが、なかなか鎮まらず。行きつけの医師からはまあストレスでしょうなどと軽くあしらわれ。
おまけに、口内炎も酷い。もう二週間消えない。
さてと、
母は女学校時代の友達との話が弾みよっぽど楽しかったらしく、一泊二泊したいと急に言い出す。
私は時間が気になり、バス停にある時刻表を眺めていた訳で、尾道方面からまだ福山にも用があるわけで、ここはいったい。恐らく吉舎か甲山、尾道のすぐ手前の長江あたりか。バス停のすぐ横に二階建ての日本家屋があり、その二階で母は同級生らしき女性二人と話が弾んでいるのだが、私にもう少し滞在したいと言うタイミングを捜していたとか。そう言って母は道を挟んで反対側にある食堂兼タクシー乗り場へ向かった。私は、その母の願いをかなえてやりたいが、用もあるわけで、いったい私はどうすればいいのか。父は家に待っているし。と、階下から私を呼び続ける声がして目が覚めた。あんなに楽しそうな嬉しそうな母の笑顔と笑い声を夢にしろ見たのは初めてだったのだが。もう旅立って十数年になるけれど。
(2021.11.15.未明)