75回目の敗戦記念日。
父もまた志願兵として戦争に駆り出された。
その父も今は亡き。
75年は遠く、そしてまだほんの隣りに。
黙祷。と、怒りを。
父もまた志願兵として戦争に駆り出された。
その父も今は亡き。
75年は遠く、そしてまだほんの隣りに。
黙祷。と、怒りを。
日付が変わる頃、階下の同居人が私を呼ぶ声に・・・・
疲れは取れない。ここ何年かの精神と肉体の疲れが蓄積して、悲鳴を上げてる。
それでも起き上がり、階段を下りて行く。
辛い。辛い。
今日も酷暑と介護の一日が待ち受けている。
「あの海の向こうに」(lulu&tonys)
ネットで検索すると朝日、産経、関テレなどの項目が容易に検索できるが、私の住んでる広島など地方ではそうしたニュース項目は私の知る限りで新聞などには見当たらなかった。NHKなどメインニュースでとりあげられたのかどうか。
自治会組織は、時に権力組織と化す。言いたくても言えない雰囲気がある。ボス的な存在が意見を封じ込めることもあるし。(実は、私の両親は町内会と折り合わず、以来数十年、両親亡き後も町内会に加入していない)。
今の日本にも依然蔓延している同調圧力。それは戦前から基本的には変わっていないように思う。自治会、町内会などは、時として、国家権力の統治或いは監視システムに組み込まれ、そこでは「個」のあれこれは、抹殺されてしまう。「個」のあれこれにこそ、人は目を配り、お互いに助け合わなければならないのではなかろうか。そう思うのだけれど、それは現在、現代、うまくは機能しないし、心の有り様も変わってしまったのだろうか。あまりにも悲しいし、情けない。
うがった見方をすれば、それは、現国家権力に庶民はからめ捕られ、いいように振り回され、犠牲者を生み出しているのかもしれない。(大阪に限れば、ポピュリズムの極みとも私には思われる政党が地方自治を牛耳っているように思え、そこに絶望的なほどの庶民の妄信も貼りついているようだし、いわゆる弱者には、そしておそらく私にも生きずらい。)
彼の自殺は、他人事ではないのだ。
2020年5月25日月曜日夜。ミネアポリスの悲劇。
#GeorgeFloyd 氏を忘れない。
「怒りと希望」Lulu&tonys
今年2020年は6月10日水曜日が中国地方の梅雨入りでした。
それから今日土曜日まで断続的に雨。
世の中、Covid-19やらなんだかやで、今一つ、気分も優れず。
とつらつら・・・・
さて。
朝4時半。アーモンドな月。
あれから2週間。2020年5月25日月曜日の夜を忘れない。
「怒りと希望」
作詞:AZMI
作曲:Kamal
歌:Lulu&tonys
(1)
光を浴びて 幹は立ち
枝を落とせば 葉は繁る
たわわに実った 希望をもいで
口に含めば いのちこぼれる
私は悲しみ 私は怒り
私は希望 私は歌う
(2)
あなたが残した 言葉には
寄る辺ない岸 ゆれる船
差し伸べたなら ふたつの手
必ずつながる 結ばれるから
私は悲しみ 私は怒り
私は希望 私は歌う
(3)
袖をまくって 進もうか
膝を落として 祈りを
今は闇でも その先に
我らがかざす 灯(ともしび)がある
私は悲しみ 私は怒り
私は希望 私は歌う
私は悲しみ 私は怒り
私は希望 私は歌う
(2020.6.2)
「怒りと希望」
作詞:AZMI
作曲:Kamal
(1)
光を浴びて 幹は立ち
枝を落とせば 葉は繁る
たわわに実った 希望をもいで
口に含めば いのちこぼれる
私は悲しみ 私は怒り
私は希望 私は歌う
(2)
あなたが残した 言葉には
寄る辺ない岸 ゆれる船
差し伸べたなら ふたつの手
必ずつながる 結ばれるから
私は悲しみ 私は怒り
私は希望 私は歌う
(3)
袖をまくって 進もうか
膝を落として 祈りを
今は闇でも その先に
我らがかざす 灯(ともしび)がある
私は悲しみ 私は怒り
私は希望 私は歌う
私は悲しみ 私は怒り
私は希望 私は歌う
(2020.6.2)
「怒りと希望」
作詞:AZMI
作曲:Kamal
(1)
光を浴びて 幹は立ち
枝を落とせば 葉は繁る
たわわに実った 希望をもいで
口に含めば いのちこぼれる
私は悲しみ 私は怒り
私は希望 私は歌う
(2)
あなたが残した 言葉には
寄る辺ない岸 ゆれる船
差し伸べたなら ふたつの手
必ずつながる 結ばれるから
私は悲しみ 私は怒り
私は希望 私は歌う
(3)
袖をまくって 進もうか
膝を落として 祈りを
今は闇でも その先に
我らがかざす 灯(ともしび)がある
私は悲しみ 私は怒り
私は希望 私は歌う
私は悲しみ 私は怒り
私は希望 私は歌う
(2020.6.2)
[メモ]
2020年4月4日、シンガポールでは、職場や学校を閉鎖する「サーキット ブレーカー(circuit breaker:回路遮断器)」措置を導入。所謂、ソフトロックダウン。