HIRO訳漢詩(8)
久し振りに、漢詩翻訳を投稿しました。
李商隠のこの詩は、以前、翻訳途中に、余りの困難さに長く放り投げていたもの。今回、再チャレンジしてみました。
「無題」 李商隠
昨夜星辰昨夜风
画楼西畔挂堂东
身无彩凤双飞翼
心有灵犀一点通
隔座送钩春酒暖
分曹射覆蜡灯红
嗟余听鼓应官去
走马兰薹类转蓬
(HIRO訳)
「無題」 李商隠
昨夜の星空、昨夜の風よ。
画楼の西の畔、桂堂の東。
鳳凰の翼はともに持ち合わせぬまでも、
通う心は犀の角の稀な模様にも負けない。
春の酒に酔いしれて童の遊びに興じたり、
手の内を当て合う座興に蝋燭は赤々と。
ああ!時を知らせる太鼓は無常、
蘭台へ走る馬上の私は転がる草。
*李商隠:812‐858年。晩唐期の詩人、官吏。
*桂堂:芳しい桂材を使った、(池の)座敷。
*蘭台:当時の政府(官庁)の部署。記録局、或いは秘書省を意味する。
*今回の翻訳に際しては、新修中国詩人選集5「李賀 李商隠(荒井健 高橋和巳注)」(岩波書店刊1984年初版)所収、<「無題」李商隠>の、高橋和巳氏による訳注、背景及び単語などに関する詳細な解説が役立った。(訳注*印はこれに倣う。)個人的に、高橋和巳氏の小説に熱中した若き日々が甦り、翻訳作業は困難ではあったが同時に楽しい時間だった。結果、その出来は別として。
(2020年9月6日)
父もまた志願兵として戦争に駆り出された。
その父も今は亡き。
75年は遠く、そしてまだほんの隣りに。
黙祷。と、怒りを。
ネットで検索すると朝日、産経、関テレなどの項目が容易に検索できるが、私の住んでる広島など地方ではそうしたニュース項目は私の知る限りで新聞などには見当たらなかった。NHKなどメインニュースでとりあげられたのかどうか。
自治会組織は、時に権力組織と化す。言いたくても言えない雰囲気がある。ボス的な存在が意見を封じ込めることもあるし。(実は、私の両親は町内会と折り合わず、以来数十年、両親亡き後も町内会に加入していない)。
今の日本にも依然蔓延している同調圧力。それは戦前から基本的には変わっていないように思う。自治会、町内会などは、時として、国家権力の統治或いは監視システムに組み込まれ、そこでは「個」のあれこれは、抹殺されてしまう。「個」のあれこれにこそ、人は目を配り、お互いに助け合わなければならないのではなかろうか。そう思うのだけれど、それは現在、現代、うまくは機能しないし、心の有り様も変わってしまったのだろうか。あまりにも悲しいし、情けない。
うがった見方をすれば、それは、現国家権力に庶民はからめ捕られ、いいように振り回され、犠牲者を生み出しているのかもしれない。(大阪に限れば、ポピュリズムの極みとも私には思われる政党が地方自治を牛耳っているように思え、そこに絶望的なほどの庶民の妄信も貼りついているようだし、いわゆる弱者には、そしておそらく私にも生きずらい。)
彼の自殺は、他人事ではないのだ。
2020年5月25日月曜日夜。ミネアポリスの悲劇。
#GeorgeFloyd 氏を忘れない。
「怒りと希望」Lulu&tonys
6月中旬から里山の田んぼの上空をアキアカネの群れが飛び交っているが、まだ尾は紅葉していない。それでも、そういう季節の変わり目。もう一か月もしないうちに立秋である。久しぶりに朝から晴れ間。7月16日。それにしてもよく降った。九州、中国地方、中部地方、いずれも被害甚大。死者も。家屋倒壊、浸水。堤防決壊。江の川もあばれた。
気が付けば、ささゆりは散り、卯の花もそろそろ終わり。ジョギングしている足元に、カンゾウの花が満開だ。
本棚の奥から、薄い文庫本を取り出してみた。
もう何十年も前に読んだサマーセット・モームの「雨」。
当時は裸眼で読めたが、今では老眼鏡をはめても辛いほど。
「・・・ひとり残らず。豚!豚め!」(西村孝次訳 角川文庫版)
幕切れがこんなに過激だったとは。
(HIRO訳漢詩29)
4月4日は暦では清明。
この季節を詠った漢詩は杜牧や孟浩然など数多くありますが、今回は、唐詩選にも収められている賈至の「春思」。
私の拙訳でどうぞ。
「春思」 賈至(かし)
草色青青柳色黄
桃花歴乱李花香
東風為不吹愁去
春日偏能惹恨長
「春思」 賈至
草は青々柳の芽は黄色
桃花舞い散り李花香る
東の風にも心は晴れず
春の日に想いはつのる
*賈至(かし):718~772。洛陽の人。盛唐の詩人。官吏。
(2020.4.4.清明)
朱自清作品集<二>を、5年2か月ぶりに、纏めました。
紀行文
「ローマ(原題:罗马)」
「ベニス(原題:威尼斯)」
「櫂の音に灯影揺れる秦淮河(原題:桨声灯影里的秦淮河)」の三作品、
加えて詩「漆黒(原題:黒暗)」を収録しています。
また、
私が今回も朱自清作品翻訳の底本としている「朱自清散文選集(蔡清富 編)」百花文芸出版社(1994年10月第13版:尚、第一版は1986年8月)の冒頭に置かれた、蔡清富氏による「序言」を翻訳、付録としています。
本当に少しずつ少しずつの歩みの果てに、こうして、ホッチキス綴じですが、冊子を作ることが出来ました。
*付録 <序言>30ページ
共に二〇二〇年2月29日土曜日付発行、限定20部。私家版、プリンター印刷、B5版、ホチキス止め。
「いつもの道だけれど」
作詞:AZMI 作曲:AZMI KAMAL
いつもの道だけれど いつもとちがう
足音がする
いつもの道だけれど いつもとちがう
草の実こぼれ
いつもの道だけれど いつもとちがう
ひとりのわたし
(間奏)
いつもの道だけれど いつもとちがう
風に揺れている
いつもの道だけれど いつもとちがう
星くず踏んだ
(2019.3.11)