Feed

2021年4月 5日 (月)

余光中「翡翠の白菜」を翻訳しました。

朝からほぼ終日、翡翠色の雨が降り続いた清明の今日、余光中の「翠玉白菜」を翻訳しました。

「翡翠の白菜」(原題:翠玉白菜 余光中     (訳:永洋)

 

その前身はミャンマーか雲南辺りの石

どんなに優れた腕を振るい

どんなに深く彫り刻んだのか

一彫一彫、筋肉に挑み骨を削ぎ

輝石玉鉱の牢から

解き放たれて、妃のしなやかな指に触れ

慈しみ艶やかに、衆目を浴びる

その羨望の目くばせ、灯りの下に身も露わ

一代また一代、時に愛でられ輝いて

流麗に、光を内に秘めながら

或いは翠に或いは白に、あなたはすでにそこになく

ただ一塊の玉(ぎょく)、一株の菜

あの日、あなたは名工の手に留まり

魂は煌めき

玉胚のその深部から転生する

逃げた時間は捉えられない

凡そ芸術は嘘から出た真

嘘から出た真よ、真から出た真よ

羽を震わすキリギリスは、何が故

答えは見いだせず、謎を抱いたままに

翠瑞々しく、色は褪せない

もはや、玉自らが名工を孕んでいる

                                                                                 (二〇〇四年一月三十一日)

 

*余光中(ユ・グワンチョン)の詩「翠玉白菜」を訳詩しました。余光中は1928年、南京生。大陸、そして台湾で最も知られている現代詩人の一人。その創作活動は詩のみならず批評、散文など多岐に及びます。今回の「翠玉白菜」翻訳は、胡有清編集による余光中の詩選集「翠玉白菜」(2013年、南京大学出版社刊)に所収の同名作品を底本としました。

*「翠玉白菜」は、台北故宮博物院所蔵の「翠玉白菜」(清代18~19世紀、高18.7㎝)を指します。硬玉の翡翠を彫り込んだ名品。白菜の葉先にはキリギリスと、詩には触れられていませんがイナゴも一匹ずつ彫られています。余談ながら私は、過去3回台北故宮博物院で実物に遭遇しています。                 (2021.4.4.清明)

Img_3063

2021年1月26日 (火)

よりによって、真冬にサマセット・モームを読んでいるからっていう訳でもあるまいに。

大寒を挟んで一週間近く続いた悪天候。一昨日までは雨が続いていたのだけれど、昨日は久し振りに朝からよく晴れた。それなのに、今日はまた日中から雨になるとか。

気温も、また下がるらしい。まあ、まだ真冬。冬の嵐とか言うのだろうか。

2021年1月22日 (金)

怒りと希望 Lulu&tonys 葡萄畑の広がるその丘からの眺めはどうかい。

二十歳そこそこで家を離れて、遠く異国の地で身を立てたあなたに比較するのもおかしな話ではあるが、

老いるまでを親の庇護のもとで日々を費やしてきた私の貌の卑しさを悔いる。今さらではあるが。

この歌と直接の関係はないものの、ふと頭をよぎったのである。

丘からの眺めは、どうかい。私には、これから上って行くだけの余力はあるのだろうか。

「怒りと希望」

~2020年5月25日月曜日の夜に~

作詞:Azmi H eijima

作曲:kamal&azmi H eijima

(1)

光を浴びて 幹は立ち

枝を落とせば 葉は繁る

たわわに実った 希望をもいで

口に含めば いのちこぼれる

 

私は悲しみ 私は怒り

私は希望 私は歌う

 

(2)

あなたが残した 言葉には

寄る辺ない岸 ゆれる船

差し伸べたなら ふたつの手

必ずつながる 結ばれるから

 

私は悲しみ 私は怒り

私は希望 私は歌う

 

(3)

袖をまくって 進もうか

膝を落として 祈りを

今は闇でも その先に

我らがかざす 灯(ともしび)がある

 

私は悲しみ 私は怒り

私は希望 私は歌う

 

私は悲しみ 私は怒り

私は希望 私は歌う

 

(2020.6.2)


YouTube: 「怒りと希望」〜2020年5月25日月曜日の夜に〜(試作1)lulu&tonysオリジナル

 

2021年1月 7日 (木)

星宴と呼んでみようかペルセウス

星宴と呼んでみようかペルセウス

 星遠の涯に父母は居て

              (永洋、2021.1.7)

seientoyondemiyoukaperuseusu seiennohatenititihahawaite

厳寒。雪になるとの天気予報でしたが、まだ降ってはいません。星空です。

2021年1月7日午前3時半。

もうすぐ母の命日です。

2010年1月9日夜明け前に旅立った母をふと思い、想いつくままに詠んでみました。

2020年12月20日 (日)

「そんなもんなんですよ」lulu&tonys (フルバージョン)

「そんなもんなんですよ」

作詞:Azmi h Eijima   作曲:Kamal  歌:Lulu&tonys

(1)

立ち上がれと言ったって 簡単なことじゃないんです

歩き出そうとしたって 簡単なことじゃないんです

いちど歩き始めたら 簡単には止まれないんです

「そんなもんなんですよ そんなもんなんですよ」

 

(2)

背中やおなかや腰や足 どこもかしこもが痛くって

それが生きてる証だなんて ほんとにまっぴらですよね

唇も手も肩も心さえも 切なく震えるのです

「そんなもんなんですよ そんなもんなんですよ」

 

(3)

誰かに寄りかかりますか 何かに縋(すが)りましょうか

起き上がりこぼしみたいに 勢いつけて生きてみますか

取り敢えず今日一日 明日はまたそれからのこと

「そんなもんなんですよ そんなもんなんですよ」

 

(4)

あなたの気持ちを知ってても 私の気持ちを話しても

どうにもならないことが 何につけても多すぎるけど

話せるお人がいるだけで まだマシってことでしょう

「そんなもんなんですよ そんなもんなんですよ」

 

(5)

お互い分かっている「つもり」でも 「つもり」が積もってしんどくて

だから逃げ道作っておきましょう そしたら少しは生き延びられる

「死にたい」なんて言ってはみるが たぶん恐らく来るあした

「そんなもんなんですよ そんなもんなんですよ」

 

Mu・・・・・・・・ Mu・・・・・・・・・

起き上がりこぼしみたいに 勢いつけて生きてみますか

取り敢えず今日一日 明日はまたそれからのこと

「そんなもんなんですよ そんなもんなんですよ」

「そんなもんなんですよ そんなもんなんですよ」

(あぁ~)「そんなもんなんですか そんなもんなんですか」

2016.5.17


YouTube: 「そんなもんなんですよ」(Full version) lulu&tonys

2020年12月19日 (土)

朱自清迷!

ここ数か月、私のブログに多くのアクセスをいただいています。

その多くは中国の作家、朱自清に関するブログ記事です。

朱自清は、日本ではまだ多く知られていず、私のような朱自清迷(朱自清フリーク)を自認するものとしては、嬉しい限りです。特に、彼のエッセー「背影」には、連日本当に多くアクセスがあります。翻訳した私としては、ただただ恐縮です!!!

ありがとうございます。

これからも、私のブログ、いや朱自清をどうぞお心にお留め置きいただければ幸いです。

お礼かたがた。

Img_2650

2020年12月17日 (木)

<掌編「蛙」永洋>のこと。

(メモ)

4年余り前に創作した400時詰原稿用紙6枚ほどの掌編作品「蛙」に手を入れて、一応の決定稿(2020年12月15日付)としました。

これは2016年(7月6日付)に書き終えてそのままにしておいたものです。改めて気になる個所があったわけで、もう一度手直しをしました。

当時、確か美術館、或いは画廊で目にした「鼠志野草鳥文額皿[桃山時代]絵唐津」が、書いている最中だったその世界のふくらみを後押ししてくれた記憶があります。

ここに記録としておきます。

Img_2646

2020年12月13日 (日)

朱自清「漆黒」(原題:黒暗)  訳しました。

1937年の今日12月13日は、日本軍の南京城攻入に始まる南京大虐殺事件が起きた日。軍人、市民など、中国側によれば30万人以上が虐殺されたとし、日本政府とは隔たりがあるようですが、私にはそれについて語るだけの知識はありません。ただ、多くの市民が犠牲になった真実は忘れてはならないと思います。中国メディアは、朝から、特別番組で、追悼式典を生中継していますが、こうしたことに日本のマスメディアが触れることは、私が知る限りないようです。

その立ち位置による決定的な違い、そして消えることのない歴史の重みを改めて思うところです。

今日この日とは直接的な関連性はありませんが、朱自清の一篇の詩を、私の翻訳でご紹介します。

  「漆黒(原題:黒暗)」          朱自清

漆黒の夜、

私は独りぼっちで広場の隅に座り込んでいる。

遠くの家から漏れた灯りは、

稲妻の花紋となって、黒い絨毯に散る―。

 

それは自らが発光する。

彼らの意志に関わらず、

微弱な力で揺れ動き。

ごらん、きらめきを輝きを、

これこそは闇の眼差しじゃないか!

 

震える闇夜に、

憧憬の人影がぶらついて。

周囲の柏樹は黙しながらも咆哮する。・・・・

おお、―世界の底の声よ。街の声、人の声よ。

遠くから近くから吹き寄せて、

怒涛のように沸き上がり、溶け合いながら。・・・・

闇夜の底で心が波立っているじゃないか!

 

広場は拡大して、

もうこれ以上の広がりようは無く。

闇夜の底は翼を広げて、

誰も彼らの実態を掴むことは出来ないのだろう?

彼らは慈愛、そしてまた暖かく、

そこにある全ての意志は彼らに覆われて。

自己たる所以のその全てを忘れさせられたのだ。

その一切が漆黒、

「我らと共にある!」

(一九二一年十一月七日、杭州。)

(翻訳:永洋)

 

2020年12月 9日 (水)

ジョンレノンを清志郎で聴く夜。12月8日。

1980年12月8日。ジョンレノンは『凶弾に倒れた。

1941年のその日、日本軍は、ハワイ、オアフ島のパールハーバーを奇襲攻撃。太平洋戦争が始まる。その二つの悲劇を忘れない。

そして今もなお、戦争は世界各地で続き、新型ウィルスが世界を席巻している。

あろうことは、日本は、国家はそれを殆ど放置している。

平和は遠い。


YouTube: 忌野清志郎 IMAGINE

2020年12月 1日 (火)

キリエ!

covid-19が中国、武漢で確認されて、一年になる。

主よ、憐れみを。


YouTube: モーツァルト: レクイエム:「レクイエム」[ナクソス・クラシック・キュレーション #切ない]