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2021年10月 9日 (土)

25年ぶりの長門の海。ハマオモトの咲く浜へ。

中秋から晩秋へ。

25年ぶりの長門の海。

1996年9月10日の日付がプリントされた数枚の写真が出てきました。

あれから25年余。2021年9月19日(日)。

その同じ海まで車を走らせました。

長門市日置町二位ノ浜。

(平家物語ゆかりの地名。安徳天皇と共に入水した二位局(にいのつぼね)が打ち上げられたのがこの浜とか。)

美祢インターチェンジを下りてからの道のりは不確かで、途中なんどか道を迷いながらも、朝6時前に家を出てから3時間半。

時折雲が空を覆いながらもほぼ快晴。以前とほとんど変わらない小さな入り江に台風が去った後の波が打ち寄せていました。

サーファーたちが十数人波に乗ったり浮かんだり。

打ち寄せられた漂流物が浜を汚していましたが、波はそれなりに澄んでいました。

ただ、前回はまだ咲き乱れていたハマオモト(ハマユウ)の花は今回、時期が少し遅かったのか、殆ど散り果て、数輪、その名残が確認できるのみでした。

(メモ)

トノシキタダシ(殿敷侃)のこと。

1942(S17)年1月22日、広島市大手町で誕生。

1945(S20)年8月、母の背中で二次被爆。

1970(S45)年、朝日ジャーナル(12月6日号)表紙に「は(2)」(油彩)掲載。

1972(S47)年2月、国鉄退職。山口県長門市東深川に転居。

1975(S50)年、「自画像の風景」(油彩)

1977(S52 )年「ドームのレンガ」(銅版)

1977(S52)年、「釋寛量信士(鉄かぶと)」(油彩)

1978(S53)年、「釋寛量信士(父のつめ)」(油彩)

1978(S53 )年、「釋妙昭信女A(じゅばん)」(油彩)

1981(S56)年、「ケロイド(1)」(シルクスクリーン)

1987(S62)年、45歳

3月15日(日)、山口県大津郡日置町二位ノ浜、

インスタレーション「山口ー日本海ー二位ノ浜、お好み焼き」

7月18日、広島平和公園、インスタレーション「赤くぬられてヒロシマがみえた。」

1989年(H2)、インスタレーション「タイヤの生る木[plan.5]」

1991(H4)年、山口県油谷町川尻岬、インスタレーション、夢岬プロジェクト「夢装置」

1992(H5)年2月5日、絶筆「僕は 夜明けを 信じた」

1992年2月12日死去、50歳

*2021(R3)年5月13日付中国新聞記事に「殿敷侃 長門のアトリエ近く取り壊し 周縁で世界見つめる 来年没後30年 原爆原点に創作」。

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2021年8月30日 (月)

はらみちを美術館「はらみちを遺作記念展」を観に、君田へ。(2021.8.25、水曜日)

(メモ書きとして。)

2021年5月12日に92歳で亡くなられた、はらみちをさんの「はらみちを遺作記念展」が三次市君田町のはらみちを美術館で8月29日まで開催されていたので、8月25日水曜日、訪ねました。

同行したK氏が気になっていた「そよかぜさん」の消息も、おぼろげながら分かりました。はらさんのお亡くなりになるまでの足跡も、色々とお話しいただけました。

購入したみちをさんの絵葉書にあった、はらさんの詩句から

「彼岸花がめにしみます こわいほど めにしみます お母さんと帰りみち ボクは何度も何度も ふりかえりました 生きている それは あさやかな 声です」

そう言えばもう秋が近い。以前に訪れたのは2年近く前、9月でした。その時は私一人でしたが。

その後、布野町から便坂トンネルを抜けて作木町へ。

江の川カヌー公園さくぎに三上先生を訪ねました。三上先生は地元を中心に、コーラスのご指導をされています。ご縁があって、かつてK氏が所属していた広島のコーラスグループでもお世話になっており、せっかく近くまで来たので、そのお礼が一言言いたいという事でした。

作木からもう一度三次市街へ出て、三次ICから中国自動車道へ。

朝110時45分出発。帰宅は夜6時40分。250キロの行程。疲れましたが、27日には緊急事態宣言が出ると言う直前で、観に行っておいてよかったです。

夜には私の高校時代の友人、Sさんから連絡有。せっかくだから立ち寄ってくれたらよかったのにと。

実際はそんな余裕も無く。

翌日はK氏も私も疲れ果てました。

2021年8月22日 (日)

止まない雨の中で、私は、私の心は闇そのものだ。怒りと共に。

明日2021年8月23日は暦の上で処暑。もうそろそろ暑さも一段落。ってところなんでしょう。

でもこのところの雨。もう何日降り続いているのか。

8月6日、広島原爆忌。ペット霊園に墓参。

先代ルルの命日。そして、一緒に納骨してあるルル、トニー、パフちゃんのぶんも、しっかり手を合わせて。

7日土曜日は、私一人で、少し早いけれどお盆の、我が家の墓参り。

それにしてももう軟一雨が降っていないのか。官官照りが続いて、草木もぐったり。

一日おいて、9日月曜日、K君の家の墓参。

今回は珍しく調子が良かったのか、何年かぶりに、墓所までの坂道を上り、K君、歩くことが出来た。

この日の夕方久しぶりに雨。長くは続かなかったけれど、地風雨9号の影響か。

翌10日。夕方から本格的に降り始めた。それから今日22日日曜日の今も雨は断続的に降り続いている。

もう、2週間近く、青空を見ていない。

時に豪雨となり、広島はもちろん、全国各地で大きな被害をもたらしている。

秋雨前線は、停滞したままだ。豊後水道から湿った空気が広島に流れ込んで、豪雨になっているとか。街へ出るアクセス道路も、15日日曜朝から17日お昼まで土砂崩れのため不通だった。取り敢えずは仮復旧したけれど油断はできない。

今日22日は父の命日でもあり、過ぎ行く歳月に感慨が深い。

コロナ禍に対する政府、官僚たちの無策が腹立たしい。

何かの歌の文句ではないけれど、この国は、どこかで完全に道を誤ったみたいだ。それに気づきながらも、修正をしようともしない。

行く手には、深い霧、そして闇がある。

こんなに人の命が粗末に扱われるなんて・・・・

2021年7月 7日 (水)

新型コロナウィルス、ワクチン接種後の経過。(よりによって副反応かよ!)

2021年7月4日(日曜日)午後1時38分、大規模接種会場の一つ、広島サンプラザにて、新型コロナウィルスの第1回目ワクチン(ファイザー)接種を受けました。

接種後15分、何事も無く帰宅しました。

それから約5時間程度経過したころから、接種した方の左腕が痛み始めました。所謂筋肉痛です。次第に痛みは強くなり、腕の上げ下げも辛くなりました。頭痛も少し伴いました。幸いに体温は37.0度をピークに36.6度程度で推移しました。我慢できないわけではありませんが、丁度薬箱にあったカコナールを、午後10時ごろ一錠服用しました。完全に沈痛したわけではありませんが、さらに1時間程度経過したころから痛みが次第に遠のいてきました。頭痛もやわらぎました。

接種後2日目の7月5日(月曜日)、朝から接種をした左腕が昨日にも増して、腕全体に及ぶ強い痛み。腕が思うように上りません。加えて頭痛。倦怠感。それらは終日続きました。発熱はほぼありませんでした。36.8度前後で推移。カコナールを痛み止めに6時間程度間隔をあけて3度服用。そのせいか、或いは副反応なのかどうか、次第にお腹がしんどくなりました。食欲全くなし。接種当日の昼食からはほとんど何も食べる気がしません。6日未明から何度も下痢。朝方、やっと下痢は止まりました。ほとんど眠れず。お腹の中はからっぽ。夕食からやっと普通に食欲有。腕の痛みは、3日目にして完全ではないもののほぼ消えました。ただ、頭痛と倦怠感は依然強烈。カコナールの服用は止めました。強い頭痛と倦怠感は6日終日続きました。接種4日目の7日早朝午前4時現在、頭痛、倦怠感はほぼ収まっています。腕の痛みも無し。やっとほぼ正常に戻った実感です。ただ、体調はやはり本調子とは言えません。かなりの疲労感があります。

二回目接種は7月25日日曜日予定。少なからずプレッシャーになっています。

2021年6月30日 (水)

6月最後の一日が始まっているけれど。喉の奥に違和感。世の中にも違和感。とかなんとか。

朝、3時半過ぎ、朝刊がポストに投函される音がする。

私は、洗濯物を室内に干している。

ありふれたことではあるのだが。

未明、2時過ぎ、同居人の尿まみれの下着や衣服を着替えさせる。

床にも尿がこぼれている。

昨夜は、おしめを穿いてくれず、おしっこシートも上手く敷けず。

そういった夜に限って、こういう報いを受ける。

1時間近くかかって着替えさせ、改めて寝かしつけ、

後始末をして、気がつけばもう4時前。

歌の文句じゃないけれど、辛くないと言えばうそだわ・・・なんちゃって。

2021年6月 4日 (金)

ささゆり一輪、野に挿して Lulu&tonys

毎年この頃咲いていた庭のささゆり。今年は、蕾を点けませんでした。

なんだか、悲しい。


YouTube: 「ささゆり一輪、野に挿して」(試作2)lulu&tonys


YouTube: 「ささゆり一輪、野に挿して」(試作)lulu&tonys

2021年5月31日 (月)

ああ、もう、五月が走り去って行く。

最悪かどうかは別として、ろくでもない「不好」な五月だった。

4月末、確か28日頃から喉に違和感。酷い痛みに続いて咳、鼻水・・・行きつけの内科で診てもらうも数日たっても状況はますます悪化。結局、耳鼻咽喉科へ。ファイバースコープで喉の奥を詳細に検査。期間が炎症を起こしているということで、点滴やら吸入、服薬。それでもなかなか改善が見られず、別の医院を紹介してもらってX線やらCTやら・・・

肺には異状なく。結局更に薬を追加されて、時間をかけたら次第に良くなるとのこと。(ついでに新型コロナの疑いは全くなしと。)

結局、前回とまでは行かないまでも、まあまあ快方に向かうまで3週間余り。で、ここからがやっかいな。5月の半ば、ぎっくり腰をやっちまうわけで。

にっちもさっちも。リハビリ、マッサージ、服薬、コルセット。泣きたくもなるわ。泣かんけど。まあ、問題は、私が介護をしている身なわけで。介護にはお休み有りません。介護される側としては、私にあれこれ要求があるわけで。口論も絶えず。

まあ、しんどい、不満たらたら。しんどい一か月余りでした。そして、それなりに快方に向かっているとはいえ、腰に抱えた爆弾は、いつまた爆発するか、まだまだ・・・怖い。

そんなこんなの五月が、ああ、もう、通り過ぎて行く。追いかけたくもないけれど。

PS:因みに、5月31日現在、新型コロナのワクチン接種はしておりません。その通知も市から届いてはいません。いつになることやら。ああ、あ。

2021年5月25日 (火)

ジョージ・フロイド氏を忘れない。(あの日から一年。2021.5.25.)

ジョージフロイド氏を忘れない。

2020年5月25日を忘れない。

人種差別、民族差別。

Covid-19に世界が揺れている今、

差別の現実、そしてその深刻さに、うすら寒さを感じる。

日本国内を見れば、今、国会内でLGBT法案に対して、一部の保守系国会議員によるあからさまな偏見に満ちた差別的発言が収まる気配を見せない。

「ジョージフロイドの悲劇」と通底するものもあるのではないだろうか。

2021年5月15日 (土)

「或いはH君のこと」(永洋)、最終稿UP!(「私」を巡る三部作)

「或いはH君のこと」最終稿、先日2021年5月11日UPしました。

これは、2006年12月30日に初稿UPしながら、長く放置していた400字詰40枚ほどの短編小説です。

題名も初稿時とは変わっています。

そしてこれは、昨年秋から続けているやりかけ作品決着活動?の一つで、「或いはH君のこと」「蛙」(2016年7月6日初稿UP、2020年12月15日最終稿UP)「キリエ~京橋川の泥に塗れて~」(2017年10月31日初稿UP、2020年10月17日決定稿UP)を合わせて、便宜上名付ければ<「私」を巡る三部作>の一応の完成形となります。

記録としてブログに記しました。

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2021年4月22日 (木)

あさつゆ 朝露 Lulu&tonys


YouTube: あさつゆ(lulu&tonys)

今から10年以上前、初めて私が作った中国語による詩です。
昨日は晴天でしたが暦の上では「穀雨」。
この詩の世界になじんでいるような気がして投稿してみました。
「朝霧」(棗樹)
天微亮
朝露闪着光
从叶端落了
一滴又一滴
水滴入掌心
沁入掌纹
水滴润嘴唇
沁润朱唇
(和訳)
空は仄(ほの)かに
明け初(そ)めて
朝露が日に光り
葉末から一滴二滴
掌に零れて
滲む
唇を濡らして
滲む
(2010.3.8)