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2022年8月16日 (火)

灯浮標60(2022.8.16)パーキンソン病と自己肯定。その他。

私が知っている範囲での印象ではあるが、そしてSの場合だけではないような気がするのだが。パーキンソン病患者の多くは、自己肯定感というか、自己主張が極めて強いような気がする。(あくまでSを基にした印象。断定はしてないものの、そう思われない方、ごめんなさい。)

それによって周囲が振り回される。

それは日常化し、特に介護するものにとっては絶望的に辛い。

まず、自分がある。何を置いても自分がある。

私の体調や精神状態にどれくらい気が回っているか、甚だ疑問な時がある。

早朝から深夜まで、ときにその深夜にも、Sは私を呼ぶ。

確かにSにとっては一大事なのだろうが、その助けるべき内容の多くは、私から見れば非常時に直結するとかではなく、こまごまとした、体や、ベッド周りの小物の、位置変更や、そうした小物(携帯や各種リモコンなど)を用意し忘れた私への叱責付きの要件だったりする。

ここ数日、Sのすくみ足がひどい。この15日も医者(言語&身体リハビリ)からの帰り、ガレージから我が家の玄関口までほんの数メートル歩行器で移動することがままならない。

そして、数日前から以前ほどではないが、またもや軽い幻覚に悩まされているようだ。(今は亡き愛犬たちも現れている様子)

それもあって、急遽14日(日)早朝7時に出発、Sを車の後部に寝かせて1時間半、ペット霊園にお参りに行った。往路は何とかなったものの、復路はかなり辛かった様子。往復で結局4時間かかった。その翌日のリハビリはやはり・・・・・無理がたたったか。

さて、ここからは少し別の話。

8月15日は日本の敗戦記念日だった。

ロードサイドに威容を誇る巨大なパチンコ屋。これを見るたび戦後は終わっていないと思う。そしてまた、再生産され続けるパチンコ依存症たちの群れ。Sもその一人であった。(今も精神の奥底には賭博への欲求が残り火のようにちろちろ燃えている。パーキンソン病が進行し、またコロナ禍の今、宝くじを代償行為としてはいるが。)

ギャンブル、とりわけパチンコの国家との関わりが解消されない限り、戦後は続き、ギャンブル依存症患者もまた再生産され続け、本人の悲劇、家族の不幸は終わらないのだろうか。

今夏、白日の下にさらされてしまった例の、旧統一教会(霊感商法)と国家との結びつき。これもまた戦後を引き摺っている大きな問題。ただ、これについては、灯浮標の主旨と外れるので、ここまで。

2022年8月10日 (水)

月1の日本海!

振り返ってみれば、今年は6月7月と月1回のペースで日本海までドライブをしている。

まあ、それが気晴らしになるならそれに越したことはないわけで、やっぱり車の運転は楽しい。一人で気ままなもの。(一泊とはいえ、ツレがショートステイに行ってくれているその短い間だけでもストレスを軽減したいわけで。)

一昨日、8月8日月曜日、早朝に家を出て、いつもの海に向かった。

平日という事もあって、高速料金をケチろうと、一般道をあれやこれや思案しながら、いつもとは異なるルートを選んでみた。

往路:広島(自宅)~飯室~千代田~大朝~(中三坂トンネル)~瑞穂~川本~桜江~江津。

    午前7:38発~午前10:17着、所要時間2時間39分。走行距離:130.5㎞。

復路:江津~桜江~川本~瑞穂~(中三坂トンネル)~<大朝IC~加計IC>~広島(自宅)

    午後12:47発~午後15:11着 所用時間2時間24分。走行距離129.2㎞。

(復路は一部高速を利用したが、往路復路とも途中、道の駅やコンビニにも立ち寄っているわけで、結果、時間的にも距離的にもさして大きく変わらなかった。)

海はもう秋が忍び寄っているのか、コロナ禍のせいか、閑散。

サーフィンが数人。

それにしても収まる気配のないCOVID-19 。

変異株が暴れているようで。

広島の8日の陽性者は3343人。7日は6千人をこえていた。

(今月8日までの累計だと、広島は245034人)

10月にはオミクロン株の接種が始まるとか。

どうなるんだろうねえ。

どうなるのかといえば、岸田政権下の例の自民党議員、旧統一教会汚染問題。

今一つ歯切れが悪いよなあ、岸田さん。

国葬は強行するのだろうか。(ちなみに私は反対だが。)

広島原爆忌での岸田首相のスピーチと長崎原爆忌での首相スピーチがほとんど同じだったとか。

故安倍首相の時もそうだったが、情けない限り。

   

2022年8月 7日 (日)

灯浮標59(2022.8.7)パーキンソン病と依存。

2022年(R4)8月7日。立秋。

昨日6日原爆忌は、Sの愛犬(確か17歳で亡くなった。)の19回目の命日。

そして今日は、やはりsの愛犬(無くなる数日前に13歳の誕生日を迎えた。)の3回目の命日。

とりわけ、3年前に亡くなった方の愛犬は私のこの家で二人が看取ったわけで、淋しさがまだ強く募る。

Sは、今日から明日まで一泊だけのショートステイ。

Sの友人が一昨日の夜から昨夜まで来ており、Sの気分も久しぶりに高揚していた。

宝くじを買いに私は雨の中、車を走らされたわけで、Sのドーパミンの奔流が分かる。

Sは友人にゲームセンターへ連れて行ってもらいたかったらしいが、残念ながら、それは叶わなかった。

ギャンブル依存症とほぼ同根の精神状態だったのだろう。

丁度、製薬会社から来ていたアンケートの項目にも、パーキンソン治療薬による病的賭博の項目があった。

2022年7月26日 (火)

灯浮標56(2022.7.26)パーキンソン病と暮らして、生きて行く。

Sのパーキンソン病は、ゆっくりと進行していく。Sの様々な症状を見ながら、この頃思うことがある。

パーキンソン病の多様な症状は、身体的であると共に、精神にも深く関わり変容していく。

パーキンソン病は、一般的に神経内科の担当のようだが、私は、心療内科、或いは精神科との連携がもっと強く望まれるような気がしてならない。

ドーパミンは身体機能はもちろんだが、個々の精神状態に様々な影響を及ぼす。

時として、それは日常的に極めて深刻な事態をもたらす。

このブログ「灯浮標」シリーズは、元々特に投薬による副作用として、「病的賭博」の実態を記録しようとしたものではあるが、それからどう脱出するか、希望を見出すかについて述べるには、親族ではないものの、余りにも近い位置にある介護者として、友人としての私には、ひたすら、今は、無力感が大きい。

先々週のこと。Sは7月16日17日に1泊のショートステイを利用したのだが、スタッフのパーキンソン病に対する理解度の低さや、日常的な介護の専門知識、モチベーション不足などから、Sに強いストレスを与えることとなった。責任者が私やSに謝罪したものの、どこかすっきりとした気分にはならない。先週末の23日から24日にかけてもショートステイを同じ施設で利用した。前回の事もあり、先ず先ず無難に過ごしてくれたのだが・・・。介護者の昼夜蓄積する疲労からのレスパイトとして、こうした介護サービスを利用せざるを得ない中、常に、ある種のリスクを覚悟しなければならない現状を憂う。

ここ数日、夜中、何度か起こされ、私の疲労が苛立ちに変わっていく。

かかりつけ医と相談して、導眠剤現状5mgに加え2.5㎎を頓服として追加してもらうことに。

また、脚が重く、すくみ足も顕著になってきている。マドパー錠を減薬して幻覚などが落ち付いて来たことはいいのだが、それに半比例して、パーキンソン病の症状の一つ、歩行困難な状態が進行しているようだ。

中々有効な解決方法は見つからない。

2022年7月22日 (金)

灯浮標55(2022.7.22)パーキンソン病と暮らす。

Sと同居を始めたのが2015年7月下旬。それから丸7年。8年目が始まっている。

その間には、もともとのこの灯浮標のテーマであった、パーキンソン病とギャンブル依存症に関することはもちろんではあるが、ここに書くことのできない余りにも多くの事柄が暮らしを覆っては去って行き、また、以前として今も覆いかぶさっていることもある。

同居を始めてからも、パーキンソン病の進行は止むことなく、ゆっくり、或いは加速度をつける。

私もSも確実に老いて行く。(因みに、パーキンソン病は早老病でもあるとか。)

未来は見えない。明日でさえ深い霧の向こうに、おぼろげながら不確かに在るようにしか思えない。

この空虚な現実感の中で、何が一体できるのだろうと、黄昏、そしてまた途方に暮れ、将来への不安で、眠りは浅くなる。

2022年7月11日 (月)

一夜明けて。この空虚。2022年7月11日。朝。

彼が斃れたことがどういう結果をもたらしたのか。

同情票(とは思いたくはないが、やはりそれが後押しは若干しているのだろう。)にしろ一票は一票。

時代はゆっくりと、そして加速度的に前のめりになって行く。

自民大勝。か・・・

昨日の新型コロナウイルスワクチン4回目接種の副反応、筋肉痛、頭痛。明けてまあまあ治まってきている。

2022年7月10日 (日)

灯浮標54(2022.7.10)パーキンソン病患者と生きている。4回目接種。

本日、Sと私、市内の集団接種会場でコロナウイルスワクチン4回目接種。

接種後7時間経過した現在。

Sは副反応なし。

私は注射した周辺の筋肉痛有。頭痛も次第にひどくなり、結局、夜中にロキソニン1錠服用。発熱はなし。

(因みに私は過去3回とも副反応有。ただ、回を追うごとに副反応は緩くなっている印象。Sは過去3回とも副反応なし。)

集団接種会場、日曜日だと言うのになんだか閑散。こんなん、有り?

(接種記録:sと私、同時接種)

1回目:2021年7月4日。ファイザー。

2回目:2021年7月25日。ファイザー。

3回目:2022年2月1日。武田/モデルナ。

4回目:2022年7月10日。武田/モデルナ。

ほぼ1年余りのうちに4回接種。まあ、政府の方針に忠実に応えてはいるが・・・

私は相変わらず夜明け前からSの排尿の始末等々、介護に追われている。

数日前は顔面神経痛がキツかった私である。

まあ、メモまで。

2022年7月 5日 (火)

梅雨明けに路傍の白い花咲けど。隠した爪も隠し切れず。あいつら油断ならず。

台風4号の影響もあって、今週日曜日、7月3日からぐずつく天気。時折激しく降ったり、薄日が差したり。また梅雨に逆戻りしたみたい。

今朝は4時前に起きて、かわらない介助。それからなんとなく眠れず・・・・

先日、自民党議連で配られたというある神道系宗教組織の小冊子に書かれていたこと。

同性愛は依存症、病気である。とか、LGBTQの自殺原因は当事者本人に起因する、とか。

この偏見と憎悪に満ちた差別言説は許し難い。

政権与党の多くの議員がこの組織メンバーに名を連ねているともいう。

胸糞が悪くなる。

私の周りを見渡せば・・・、悲しいかな、世の中、庶民レベルでも、こうした偏見、誤解、無知による差別は、まだまだごく普通に転がっている。

国家は私たちに決して奉仕はしない。それどころか、隠し持った爪が時折露わになる。

油断ならず!

先日、参議院選挙(7月10日投票)の期日前投票を済ませた。私は、今のままで此の世の中良いなんて思わない。当たり前だけど。

政権与党はもちろん、その補完勢力と目される政党、立候補者にもNo。

消去法にはなるのだが、少なくとも、この社会とその構造を少しでも変えようとしている候補者と政党に1票を託した。

選挙結果で全ては終わらない。これからも続く厳しい閉塞情況に、無力感に苛まれながらも抗い続けるしかないのだろう・・・

それにしても、地上波TV を始めマスメディアは今回の件、私の知る限りでは完全無視。

嗤えない現実がそこに在る。

外は次第に明るくなってきたが、雨が降っている。激しく雨が降っている。

2022年5月29日 (日)

灯浮標49(2022.5.29)パーキンソン病と依存症、或いは・・・・疲労の海に。

数日前、Sと同じパーキンソン病を患っていらっしゃる方から電話あり。

ここのところ、その方は気分も優れず、それで、ふと私宛に電話を掛けられたらしい。

Sより更にご高齢の女性の方で、お一人で暮らしておられ、もうパーキンソン病歴40年になるとか。

それでも、杖を頼らず、なんとか自立しておられるのだが、さすがに、ここのところ、辛さが増して苦しくやりきれないと。その気持ちを何処に持っていけばよいのか。誰に訴えればいいのか。

そして、その相手はとうに自立されて家を出られたお子様やお友達でもないようだ。

パーキンソン病患者で作られた組織(患者会のようなもの:正式名称は書かないでおく)があるが、その方のおっしゃるには、その組織もその組織が年に数回発行する会報も私の悲しみを掬ってはくれないと・・・

いったい、あの組織は私にとってなんなのかと。必要な存在なのだろうかと・・・。

それは、私も部外者ながら、時折思っていたことではある。Sやその介護に明け暮れる私にとって、その組織はいったいなんなのだろう・・・

そんなことも交えてその女性の方と話した数日後、ちょうど、その組織から最新の会報が届いた。

全国の各支部が発行する支部版と全国版の2部、それにちょっとしたお知らせのチラシ。加えて今回は、新年度の会費振込用紙も同封されてある。

会費は、年金生活者の私たちにとっては、決して安価ではない。確かにこの会費を一番の収入とし、あとは広告料や寄付金などで運営されている組織であることは承知ではあるが、やはり、私には安価ではない。

ちょっとネットで調べてみた。公的機関の数字(一応R4 年とあるが)によると、私の県のパーキンソン病患者数は、現在3300人余り。恐らく、ここ数年の数字であろう。数年前まで支部組織におられた方の話ではあるが、私の県の会員は300人に満たないようだ。一割にも達していない。

これが組織の現実であり、部外者ながら、一抹の寂しさを感じる。

それでもSは、新年度の会費は払うつもりのようだ。

また、支部版、全国版の会報を読んで毎回思うことがある。

それは、介護者の視点があまりにも少ない、というか、殆どないのだ。

患者が主体の組織であるからしかたがないのだろうか。それにしても、介護者もまた当事者であると私は思う。

介護者無くして患者の生活は成り立たない。

さらに、負のベクトルには傾かない。

ギャンブル依存症、性依存症、買物依存症など、パーキンソン病では、実のところ、これらの病的依存は深刻である。そしてこれらが全てではないが、介護疲れに加えて、そうした病的な依存が引き起こす様々なトラブルによって、夫婦間や、家族が崩壊していった例を、私は身近にも複数知っている。

しかしながら、こうした問題が会報に反映されることも、私が知る限りない。

そうしたことを、ちょっと組織に近い方に尋ねてみたことがあるが、匿名性が担保されにくいし・・・といった応えだった。その方は、電話相談も受けていらっしゃったのだが、その相談の多くは、圧倒的に患者のギャンブル依存症だったともおっしゃった。(ほんとうに深刻である。)

まあ、当事者のプライドもあるのだろうし、更にうがったことを言えば、会報には多くの医療関係(製薬会社や病院など)の広告があり、それは大事な収入源の一つであり、病的賭博などは、パーキンソン病薬の重大な副作用の一つでもあるわけで、それを特集するなど、なかなか難しいのだろうなあ・・・とも考えてしまう。

それにしてもである。

かつて、その組織の全国大会に数回、介護者としてSに付き添って参加したことがある。ある分科会だったか、確か性的依存症についての問題定義の手が一般参加者から上がったことがあるが、それは議題ではないと司会者に軽くあしらわれた状況を直接見たことがある。だからといって、その問題定義が後日、何らかの形で、会報なりに取り上げられたことは、私が知る限りない。

日々は続く。

今日も日は暮れ、疲れ果て、当事者二人、呆けて行くばかりかも。

繋ぐものを求めているようでいて、実は、それらあれこれを断ち切ることを急いだりもしている。

今日はSの友人が訪ねてくるはずだったのだが、その友人の職場で新型コロナウィルスの陽性患者が出て、急遽、叶わなくなった。Sを散髪に連れて行く。

2022年5月19日 (木)

灯浮標45(2022.5.19)パーキンソン病と不眠、むずむず症候群、そして若干の経過メモ。

今から十数年前になるのだろうか。Sがパーキンソン病との告知を受けて数年後。

Sは、かかりつけ医や知り合いの患者に勧められるまま、期待を胸に県外のH県立リハビリ専門病院に約1ヶ月入院した。そこはパーキンソン病専門の病院ではなく、所謂リハビリテーションの総合病院だった。脳梗塞や交通事故、そしてさまざまな難病を抱えた患者が入院しており、もちろんパーキンソン病患者もその中に含まれてはいた。

私は、Sが入院して一、二週間後にお見舞いに行って見たが、私の第一印象は今一つだった。施術の様子も見たが、パーキンソンを意識したものとは思えず、全ての患者に同じようなリハビリを行っている様子。しかもひと昔のスタイルというか、がんばれがんばれなのである。まだ圧倒的に若い療法士が補飛んで、臨床経験が豊富とは思えず、療法士自体もパーキンソン病に対しての深い知識や経験があるようには見えなかった。

私は、直観的に何かしら不安を覚えて、すぐに退院を促したことを今でもよく覚えている。

果たして一か月後、退院時には、パーキンソン病に加えて、脊椎間狭窄症の病名もつけられており、コルセットを装着、状況は全く芳しくなかった。入院時は自分の運転で3時間での往路も、復路は、6時間以上かかってSの自宅へ辿り着く有り様。

帰って来てから、地元の複数の整形外科病院で再検査をしてもらうと、脊椎間狭窄症はまだコルセットを付けるほどのことはないと言われる始末。だが、もう後の祭り。

あの入院が後々までSの病状とその進行に影を落とすことになる。腰痛は進行し、歩行もふらつき、すくみ足などが顕著になる。

以前も書いたような気もするが、もう一度、時系列を整理しておく。

2003年(平成15年)8月6日:Sの愛犬、先代Rが17歳で死去。

2005年(平成17年)4月末、私の母が自宅で朝転倒。そのままほぼ寝たきり状態となる。

2006年(平成18年)1月:かかりつけ医による診断書では、S,この年の1月がパーキンソン病の発病となっている。

2006年(平成18年)8月22日:私の父、76歳で死去。(直腸癌)

(SがH県立リハビリテーション病院に約1か月入院したのは、おそらくこの期間(2006年~2007年)のどこかだったと思われる。それが秋も深まりつつある11月ではなかったか。お見舞いに行ったとき、山々は紅葉がすでに深かった。)

2008年(平成20年)11月21日:Sのお母様、91歳で死去。(間質性肺炎)

2010年(平成22年)1月9日:私の母、79歳で死去。(誤嚥性肺炎)

2013年(平成25年)5月12日:友人の愛犬Pちゃん死去。(その友人のお父様もほぼ同時期に亡くなっておられるようだ。)

2014年(平成26年)3月:S定年退職。(定年までの3年間は病気の為に休職。)

2014年(平成26年)4月23日~27日:Sのシンガポール旅行に私も同行。シンガポールでは、S,カジノに入り浸る。この年、友人とマカオにも言っているが、同様にカジノ通い。

(この頃、H県立リハビリ病院で知り合った男性からのお金の無心がたびたび。Sはそれに断りきれず何度か幾らかを送金している。最後は私が電話での無心にSに代わって断っている。それ以降は連絡なく結局返却も無し。その男性もギャンブルによる負債があったようだ。)

2015年(平成27年)7月:Sの多額のカードローンによる債務超過が発覚。(大きな原因の一つとして、見知らぬ人物からのネット詐欺による負債もあった。)既にギャンブル依存症は深刻な状態にあった。 S,我が家で同居。相前後して、このころ、警察、刑事、探偵事務所(私の知らないうちにSだけの判断で多額の無駄金を出費している。)、弁護士、検察庁、簡易裁判所、ギャンブル依存症関係のボランティア組織など、本当に様々な方面とのコンタクトが途切れることなく続き、そのほとんどに私も関わる。

2015年(平成27年)11月:S,特定調停による返済が始まる。

2018年(平成30年)1月28日:Sの愛犬R、14歳で死去。

2018年(平成30年)4月10日:Sの自宅売却。

2019年(令和1年)8月7日:Sの愛犬T、13歳で死去。

2019年(令和1年)9月1日:S,特定調停による返済完了。

2019年(令和1年)10月末:Sの肺に異常が見つかる。検査入院を経て、膿胸で11月19日から12月21日まで一か月余り入院。(寛解は翌2020年2月)

2019年(令和1年)12月:中国武漢で新型コロナウィルス(Covid-19 )による肺炎が発生する。

2022年(令和4年)2月:かかりつけ医をY医院からM医院に変える。

*かかりつけ医を変えた頃から幻覚が次第にひどくなる。

追記:

2015年11月からSの特定調停による返済が4年間にわたって始まるのだが、その間もSのパチンコ通いは一向に収まらなかった。却って激しさを増したと言ってもよいぐらいだった。時には馬券もそれに加わる。引っ越してきた私の街のパチンコ店は大方全て行っているのではなかろうか。

Sの家と土地を売却して得た少しばかりのお金も、多くはパチンコに消えて行った。

パチンコには自分がバスやタクシーで出掛けるのだが、大概は返れなくなり、私が迎えに行くことも多かった。当然ながら口げんかも絶えず。

パーキンソン病薬がもたらす病的賭博だけではなく、Sの元々の家庭環境や資質も幾分かはあったのではとも思える。因みにSが幼いころ、商店をやっていたSの家では、宝くじも扱っていたらしい。そういうところからか、昔から「くじ」が好きだったようでもある。

特定調停の返却作業は全て私が行った。パーキンソン病であるSにはその作業自体も困難であり、ギャンブルから抜け出せていなかったSにとって、お金を動かすこと自体もリスクを伴っていた。

パチンコ通いが激減するきっかけは、膿胸と新型コロナウィルスの蔓延であろう。これがなかったら、事態はどうなっていたことか。

追記2:ここのところ、Sは、幻覚に加え、いわゆるむずむず症に悩まされている。パーキンソン病の薬による副作用の一つとしてポピュラーなものではあるらしいが。また、病気に関係なくお年寄りにはこれに苦しんでいる人も少なくは無いらしい。これが不眠の原因の一つともなっているようだ。