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2022年5月26日 (木)

三刀屋から斐川沿いの道をひた走って、出雲大社へ。2022年5月22日。

子どもの頃、両親と何度も筒親の運転で通った懐かしい堤防道路。

あれから何十年経った今もさして変わってはいない。

思い立って、古いお札を納めに出雲路を大社まで。

前回お参りしたのは2020年8月21日。ただあの時は閉門間近の夕方。

ゆっくりできなかった。

改めて、古いお札の入った袋の中に、、初穂料の受領日付。平成26年11月9日とある。

もうあれから7年近くが経つ。

変な印象なのだが、今回、拝殿がなんだかこじんまりとした佇まいに感じられた。子どものころから、両親に連れられて、或いは友人と、また一人で、もう、何十回もお参りした社なのだが、こんな印象は初めての経験だった。なぜなのだろうか・・・・。などと。

コロナ禍の中ではあるが、それなりの人出。

お参りを済ませて、生姜糖をお土産に買い求め、黄金の穂波が揺れる麦秋、晩春の出雲路を、浜田方面に車を走らせた快晴、一人ドライブ。

温泉津、大田、江津、浜田、波子の海岸には人はまだ疎ら。畳が浦に立ち寄って、浜田からは、国道で県境を越えた。

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2022年5月25日 (水)

灯浮標47(2022.5.25)パーキンソン病と睡眠障害、幻覚、排尿の事など。

5月23日夜から24日朝にかけて、またもSの幻覚がひどい。加えて脚のむずむず症がでて、朝方までSも私もほとんど全くと言っていいほど眠れず。Sは、1時間から2時間おきぐらいに私を呼び続ける。その度にレンジで蒸したタオルで、脚や股、脇、お腹などを拭いてやる。

口げんかも激しい。心身の疲れはピーク。

それでも、24日はデーサービスへ何とか連れて行く。

24日夜は、比較的おとなしく眠ってくれた様子。私は疲労からいつの間にか眠ってしまっていた。

翌日25日。朝方、S自分で衣類を脱ぎシャワーへ。

リビングで眠って居たのだが、防水シートもマットレスも、尿を吸い込んでいる。

尿瓶は二つとも利用している。

リビングを拭いたり、大物を洗濯したり、着衣を補助したり。朝の段階で疲労困憊。

午前、ヘルパーさん1時半。午後、訪問リハビリ。

2022年5月23日 (月)

灯浮標46(2022.5.23)パーキンソン病&ショートスティ。

Sが我が家で同居するようになって、最初の数年は、年に1回一泊だけショートスティを利用してもらっていた。それは私が毎年秋にマラソン大会に参加しており、同行が無理なためだった。

それから、やっと昨年末あたりから、月に一度のショートスティを納得してくれるようになった。

それでもなおかなり抵抗感があるようだ。いちばんの原因は夜中の排尿介助や入浴、そして最近では幻覚など。そのたびにスタッフの手を煩わせなければなあらない。これがSには、抵抗があるわけで。

普段は、私がそれらすべてを一手に担っているわけで。私のレスパイトの意味合いが、ショートスティにはある。これがSにはなかなか理解できない。

直近では5月21日から1泊二日の22日まで利用した。

今回も夜、幻覚もあり、それなりに大変だったようだが、どうにか凌げた。

20日の言語リハビリでは、ここ数日は幻覚の若干治まりつつあると先生に話していたのだが、その20日金曜日夜から21日朝に掛けては、再び幻覚がひどく、朝はまた排尿もうまくいかず、マットレスからシーツ、着衣まで濡れてしまった。

まあ、あまり期待し過ぎても・・・・・ということか。

昨日22日夕方、ショートステイから帰って、同じパーキンソン病の知人と電話で話す。

たわいもないことだが、そうしたことが大事なのかとも。

結局5月はショートステイを2回利用した。

6月からは月2回の利用をローテーション化する予定で、本人も一応は納得しているのだが、果たしてどうなるか。

2022年5月18日 (水)

灯浮標44(2022.5.18)パーキンソン病と幻覚、不眠など。変わらぬ日々。

5月16日。月曜日。未明に起こされる。体の痛みをうったえる。排尿補助。

朝方も呼ばれる。

午後からN病院で」言語リハビリがあるが、私が疲れ果て、眠りも浅く、腰も痛い。タクシーを利用しようかとも思う。車を運転する自信がない。

それでも結局、自分の運転で、どうにか連れて行く。

その後、Sの体調オンが続くようなので、久しぶりにカラオケ店へ。1時間半ほど滞在。

17日。S,デーサービス。朝から頭痛が続くが、Sを送り届けてから、スーパーで買い物。色々用事を済ます。4時過ぎに迎えに行く。

18日。日付が変わって12時過ぎ、転寝をしてしまっていた私が階下に降りて見ると、S、リビングで眠って居る。体勢を安定させて、薬を用意して、下剤、睡眠薬2.5mg一錠を飲ませる。

朝、6時前、S、リビングのマットレスの上で尿まみれ。尿瓶がこぼれたようだ。

おしめも履いてはいたのがだが、うまくいかなかったらしい。

色々いつもの、あいも変わらない処理をする。洗濯物どっさり。

朝9時過ぎ、訪問リハビリ。45分滞在。私の体を心配してくださる。

実は、昨日が私の誕生日で、また一つ老いたわけである。

S、リハビリの先生が変えられた後も、ベッドで眠って居る。

朝から穏やかに快晴。

2022年5月15日 (日)

灯浮標43(2022.5.15)パーキンソン病と幻覚、不眠。(沖縄本土復帰50年。)

5月14日土曜日、午前2時、体勢を整えてやる。5時過ぎ、排尿が上手くいかなかったらしく、敷布、マットレスなども大きく濡れている。

幻覚で体に上ってくるものを防ぐためにしたと本人。両足首をTシャツで縛っている。

着替えさせて、敷布やマットレスを拭いたり洗濯したり。

昼間はデーサービス。

15日は、夜中に熱くしたタオルで体を拭いてやる。

朝方6時過ぎに階下に降りて見ると、リビングに移動して車椅子で眠って居る。

リビングのマットレスに移動させて、体を拭いてもう一度眠らせる。

今日は、どうも覚醒状態が悪い。目力がない。(睡眠不足や導眠剤2.5㎎を2錠服用した関係か。)

それでも、ここ数日は、幻覚がマックスだったころと比べれば、若干の落ち着きが見られる。

まだまだ油断はできないが、ほぼ2週間前からの減薬の効果がほんの少しは出てきたのかもしれない。

このところ、食欲があまりない。体重が一ケ月~2か月前には70キロ前後あったのだが、現在は67キロ前後か。増えたら増えたで、減れば減ったで悩ましい。

今日15日は、沖縄の本土復帰50年の日。


YouTube: 「あの海の向こうに(レゲエ版:reggae version)」lulu&tonys

2022年5月12日 (木)

灯浮標41(2022.5.12)パーキンソン病患者の幻覚と我欲の間で。

せいぜい一瞬ではあるが、私の時間。風呂から上がってパソコンを開くと、あと30分足らずで日付がかわる。

今朝は、というか、未明、2時過ぎに階下からの声に呼ばれて、Sの部屋を開けると、ベッドから床に下りようとしていて、どうにか支えて床のマットレスに寝かせる。

午前3時過ぎ、再び私は蒲団に体を横たえる。朝、6時前、階下から呼ばれるままに、襖を開けると、マットレスもSの体も小便に濡れている。尿瓶にうまく排尿が出来なかったらしい。おしめも排尿で膨らんでいる。

レンジで蒸しタオルを作り、体を拭いてやる。敷布や衣類を洗濯機に詰め込む。

午前9時、訪問看護。帰り際、アドバンス・ケア・プランニングの話をされる。

午後、HクリニックでW先生のリハビリ。

ほとんど24時間拘束の状態に、私はいら立ちが募る。

Sは、体の辛さ、幻覚の辛さが先に立ち、私のいら立ちが理解できない。

睡眠不足から、車の運転も辛い。

午前の事だが、Sには、まだやり残していることがあると、看護師に話していた。

それがまた、結局のところ、私を更に拘束していくことは、おそらく言うまでもない。

そして、今日初めて、その訪問看護師に、S自らの、ギャンブル依存の過去や、それによって、愛犬の世話がおろそかになった悔恨が、幻覚の根っこにもあることなどを話す。

そしてまた、Sが階下から私を呼ぶ電話の着信音。もう日付が変わる。排便の為にトイレまで誘導する。眠れない夜の開幕。

2022年5月11日 (水)

灯浮標40(2022.5.11)パーキンソン病とギャンブル依存症。(自宅売却)

今回で灯浮標40回。ゆっくりとはいえ、いつの間にか、である。

Sの自宅売却のことを、メモ書きとして記す。

灯浮標35(2022.4.27)に書いているが、Sのギャンブルによるクレジット破たんで、特定調停から返済が始まったのが、2015年(平成27年)11月。その年の夏7月偈頌運からSは私の家で犬と一緒に暮らすことになる。週1,2回、他都市にあったSの自宅へ私の運転で高速道経由、日帰り帰宅を繰り返していたのだが、Sはもちろん、私にも負担が大きかった。

また、特定調停により返済が始まったにもかかわらず、Sのパチンコ通いは一向に収まらなかった。

金銭的にも厳しい状態が続いていた。結局自宅を持ち続けることは難しく、2018年(平成30年)4月10日、仲介業者を燈して不動産会社(兼工務店)へ売却が成立した。

足元を見られていたというか、結局金額は安かったが、もうそんなことを言っていられる状況ではなかった。団地内に建っていた土地付きのその戸建て住宅は200万円余りで手放すことになったのだった。パーキンソン病のSと共に、その法的手続きなどには全て私が立ち会った。

手続きに際し、Sも知らなかった様ざまな事が分かった。

名義はSの母親とSにあり、既に亡くなっておられたSの母親の戸籍謄本や住民票(取り寄せたり、司法書士さんに頼んだり、Sと私が直接、他自治体の役所に出向いたり・・本当に大変だった。)から、お母様とご主人が共に歩まれた人生の一端も窺えた。(Sの生まれるずっと前の事だが、思いもよらない他県でも暮らしておられたり、ご主人の仕事の関係で中国でも暮らしておられた。)

売却はなったものの、その金額は、お姉様へのお礼金として、また、諸経費や借金の清算に、残りも数か月でパチンコを主とするギャンブルに消えて行ったのである。

これは、特定調停による返済とは別の話である。特定調停による返済は、翌2019年(R1年)9月まで続くのである。その間に愛犬2匹が相次いで旅立つという悲しみも重なる。、

2022年5月 9日 (月)

灯浮標39(2022.5.9)パーキンソン病と幻覚、その他。&#「いつもの道だけれど」

先週6日(金)、もうどうにも体が動かない。

午前中はSの言語リハビリ。N病院へ。

帰宅後、夕方からSの入浴介護で、男性のヘルパーさん。Sも振顫が強く体も動かず。

それでもなんとか言葉がけをしながら入浴させてくださる。さすがである。

そのあと、ヘルパーさんが、嫌がるSをなんとか納得させて、急遽、一旦はケアマネージャーさんに依頼しながらも断っていたショートステイに日曜から月曜までの一泊だけ行くことに。S、どうにかOKを出してくれる。金曜から日曜日までも夜は幻覚に苛まれるS。私はもちろん、圧倒的寝不足。

そしてどうにか、昨日今日と一息。だからといって何もする気にはならず。

ほとんど、ぼーっとしている。

今日、夕方、Sを迎えに行く。

昔書いた詞。不思議と自分では気に入っている。まあ、自己満足の極みだけれど。

「いつもの道だけれど」

作詞:Azmi H Eijima 作曲:Azmi H Eijima、 Kamal

いつもの道だけれど いつもとちがう

足音がする

いつもの道だけれど いつもとちがう

草の実こぼれ

いつもの道だけれど いつもとちがう

ひとりのわたし

いつもの道だけれど いつもとちがう

風に揺れている

いつもの道だけれど いつもとちがう

星くず踏んだ

いつもの道だけれど いつもとちがう

(2019.3.11)


YouTube: いつもの道だけれど(lulu&tonys)練習中(2019.11.19)

2022年5月 8日 (日)

日本、本州最西北端、川尻岬(2022.4.16)

山口県長門市油谷向津具(むかつく)下、川尻岬(2022.4.16)

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YouTube: 「夢岬賛歌」(ゆめみさきさんか)(試作)

2022年5月 6日 (金)

灯浮標38(2022.5.6)パーキンソン病と幻覚、幻聴、幻視のことなど。

S,ここ数か月。特に激しい幻覚に悩まされているここ数週間。

特に先週末から今週に掛けては、熾烈を極める。

最近は、蛇やトカゲらしきもの。ぬめっとした存在も現出している。

朝は言語リハビリ。夕方からは入浴介護。なんとか凌げた。

私は、精神安定剤のお世話に。

時々ふらつきや頭痛が私を苛む。

今日は、数年前から幻覚に悩まされているNさんに電話で話を聞いてみる。

それからMさんから思いがけず電話。私を気遣ってくださる。

夜12時前、Sをなんとか寝かしつける。