長崎原爆忌の朝を待ちながら。「あの海の向こうに」~静かな反戦歌として~
日付が変わる頃、階下の同居人が私を呼ぶ声に・・・・
疲れは取れない。ここ何年かの精神と肉体の疲れが蓄積して、悲鳴を上げてる。
それでも起き上がり、階段を下りて行く。
辛い。辛い。
今日も酷暑と介護の一日が待ち受けている。
「あの海の向こうに」(lulu&tonys)
日付が変わる頃、階下の同居人が私を呼ぶ声に・・・・
疲れは取れない。ここ何年かの精神と肉体の疲れが蓄積して、悲鳴を上げてる。
それでも起き上がり、階段を下りて行く。
辛い。辛い。
今日も酷暑と介護の一日が待ち受けている。
「あの海の向こうに」(lulu&tonys)
ネットで検索すると朝日、産経、関テレなどの項目が容易に検索できるが、私の住んでる広島など地方ではそうしたニュース項目は私の知る限りで新聞などには見当たらなかった。NHKなどメインニュースでとりあげられたのかどうか。
自治会組織は、時に権力組織と化す。言いたくても言えない雰囲気がある。ボス的な存在が意見を封じ込めることもあるし。(実は、私の両親は町内会と折り合わず、以来数十年、両親亡き後も町内会に加入していない)。
今の日本にも依然蔓延している同調圧力。それは戦前から基本的には変わっていないように思う。自治会、町内会などは、時として、国家権力の統治或いは監視システムに組み込まれ、そこでは「個」のあれこれは、抹殺されてしまう。「個」のあれこれにこそ、人は目を配り、お互いに助け合わなければならないのではなかろうか。そう思うのだけれど、それは現在、現代、うまくは機能しないし、心の有り様も変わってしまったのだろうか。あまりにも悲しいし、情けない。
うがった見方をすれば、それは、現国家権力に庶民はからめ捕られ、いいように振り回され、犠牲者を生み出しているのかもしれない。(大阪に限れば、ポピュリズムの極みとも私には思われる政党が地方自治を牛耳っているように思え、そこに絶望的なほどの庶民の妄信も貼りついているようだし、いわゆる弱者には、そしておそらく私にも生きずらい。)
彼の自殺は、他人事ではないのだ。
気が付けばもう8月6日。
この日は原爆忌。同時に先代ルルの命日。
改めて生と死についていろいろ思いを巡らしています。
朝からセミが哭き、風は微風。
今日も30度軽くオーバーしそうな。気配。
階下では同居人の寝息。ああお昼。苦めのコーヒーも飲み干した。
さて。
2020年5月25日月曜日夜。ミネアポリスの悲劇。
#GeorgeFloyd 氏を忘れない。
「怒りと希望」Lulu&tonys
もう一か月以上雨が降り続いているのではないのだろうか。
このまま、夏が終わるような。
それでも、雨が上がれば30度近くまで気温は上昇するし、
体もだるく、気分も優れない。
8月7日は立秋、とまた呟いてみる。それに大した意味は無いのだが。
6月中旬から里山の田んぼの上空をアキアカネの群れが飛び交っているが、まだ尾は紅葉していない。それでも、そういう季節の変わり目。もう一か月もしないうちに立秋である。久しぶりに朝から晴れ間。7月16日。それにしてもよく降った。九州、中国地方、中部地方、いずれも被害甚大。死者も。家屋倒壊、浸水。堤防決壊。江の川もあばれた。
気が付けば、ささゆりは散り、卯の花もそろそろ終わり。ジョギングしている足元に、カンゾウの花が満開だ。
本棚の奥から、薄い文庫本を取り出してみた。
もう何十年も前に読んだサマーセット・モームの「雨」。
当時は裸眼で読めたが、今では老眼鏡をはめても辛いほど。
「・・・ひとり残らず。豚!豚め!」(西村孝次訳 角川文庫版)
幕切れがこんなに過激だったとは。
今では余り目にすることのなくなった、里山に咲くささゆり。
私の子どもの頃は、初夏の山に群生して、その香りと可憐な花に、心惹かれたもの。
両親は、朝、私たち子どもが目覚める前に山に入って、牛や山羊の餌にもなる木々の下草を刈り、そのついでにささゆりを刈り、束にして山を下りてきたのだ。
そのささゆりの花は、小学校へと持たせてくれた。
それは私の家だけではなく、田舎の普通の風景だった。
そんな父母の思い出と共に、この歌を。
「ささゆり一輪、野に挿して」
作詞:Azmi.H.Eijima. 作曲:Kamal&Azmi.H.Eijima
歌:Lulu&tonys
朝に草刈れば
光はとび散り けものは潜む
ささゆり一輪、野に挿して
あなたの香りは
時の忘れもの 野の悪戯よ
ささゆり一輪、野に挿して
ささゆり一輪、野に挿して
野に挿して
(2020.6.17)