AGAKU(吾学) Feed

2022年5月26日 (木)

三刀屋から斐川沿いの道をひた走って、出雲大社へ。2022年5月22日。

子どもの頃、両親と何度も筒親の運転で通った懐かしい堤防道路。

あれから何十年経った今もさして変わってはいない。

思い立って、古いお札を納めに出雲路を大社まで。

前回お参りしたのは2020年8月21日。ただあの時は閉門間近の夕方。

ゆっくりできなかった。

改めて、古いお札の入った袋の中に、、初穂料の受領日付。平成26年11月9日とある。

もうあれから7年近くが経つ。

変な印象なのだが、今回、拝殿がなんだかこじんまりとした佇まいに感じられた。子どものころから、両親に連れられて、或いは友人と、また一人で、もう、何十回もお参りした社なのだが、こんな印象は初めての経験だった。なぜなのだろうか・・・・。などと。

コロナ禍の中ではあるが、それなりの人出。

お参りを済ませて、生姜糖をお土産に買い求め、黄金の穂波が揺れる麦秋、晩春の出雲路を、浜田方面に車を走らせた快晴、一人ドライブ。

温泉津、大田、江津、浜田、波子の海岸には人はまだ疎ら。畳が浦に立ち寄って、浜田からは、国道で県境を越えた。

Img_4978

2022年5月11日 (水)

灯浮標40(2022.5.11)パーキンソン病とギャンブル依存症。(自宅売却)

今回で灯浮標40回。ゆっくりとはいえ、いつの間にか、である。

Sの自宅売却のことを、メモ書きとして記す。

灯浮標35(2022.4.27)に書いているが、Sのギャンブルによるクレジット破たんで、特定調停から返済が始まったのが、2015年(平成27年)11月。その年の夏7月偈頌運からSは私の家で犬と一緒に暮らすことになる。週1,2回、他都市にあったSの自宅へ私の運転で高速道経由、日帰り帰宅を繰り返していたのだが、Sはもちろん、私にも負担が大きかった。

また、特定調停により返済が始まったにもかかわらず、Sのパチンコ通いは一向に収まらなかった。

金銭的にも厳しい状態が続いていた。結局自宅を持ち続けることは難しく、2018年(平成30年)4月10日、仲介業者を燈して不動産会社(兼工務店)へ売却が成立した。

足元を見られていたというか、結局金額は安かったが、もうそんなことを言っていられる状況ではなかった。団地内に建っていた土地付きのその戸建て住宅は200万円余りで手放すことになったのだった。パーキンソン病のSと共に、その法的手続きなどには全て私が立ち会った。

手続きに際し、Sも知らなかった様ざまな事が分かった。

名義はSの母親とSにあり、既に亡くなっておられたSの母親の戸籍謄本や住民票(取り寄せたり、司法書士さんに頼んだり、Sと私が直接、他自治体の役所に出向いたり・・本当に大変だった。)から、お母様とご主人が共に歩まれた人生の一端も窺えた。(Sの生まれるずっと前の事だが、思いもよらない他県でも暮らしておられたり、ご主人の仕事の関係で中国でも暮らしておられた。)

売却はなったものの、その金額は、お姉様へのお礼金として、また、諸経費や借金の清算に、残りも数か月でパチンコを主とするギャンブルに消えて行ったのである。

これは、特定調停による返済とは別の話である。特定調停による返済は、翌2019年(R1年)9月まで続くのである。その間に愛犬2匹が相次いで旅立つという悲しみも重なる。、

2022年5月 8日 (日)

日本、本州最西北端、川尻岬(2022.4.16)

山口県長門市油谷向津具(むかつく)下、川尻岬(2022.4.16)

Img_4766

Img_4770

Img_4778


YouTube: 「夢岬賛歌」(ゆめみさきさんか)(試作)

2022年5月 7日 (土)

「櫂の音に灯影の揺れる秦淮河」(俞平伯 作)翻訳、始めました。

夜7時ごろ夕食。疲労感も強く、ベッドに横たわってそのまま爆睡。

てっきり夜明けかと思ったら、まだ今日の夜9時過ぎ。で、気分ガタ落ち。

さて。

今から2年半前、2019年10月に私が翻訳した朱自清(1898~1948)の「櫂の音に灯影揺れる秦淮河」(原題「桨声灯影里的秦淮河」1923年10月脱稿)と同名の作品を、俞平伯(1900~1990)も1923年8月に著しています。実は友人だった朱と俞は、その年、秦淮河で同じ船に乗船し舟遊びを楽しみ、それを同名の随筆としてそれぞれに発表しています。当時、朱は25歳、俞は23歳。同じ舟遊びを楽しんだ二人の眼に映った景色の違いに興味が沸き、翻訳をしてみようと取り掛かったわけです。

最初の一行を訳したのが、どうにかこうにかこの4月30日。年内に訳し終えることができるかどうか。はなはだ心もとないのですが。取り敢えず、こうしてメモを残しておきます。では。

2022年4月25日 (月)

灯浮標33(2022.4.25)パーキンソン病とギャンブル依存症&日常。

(メモ1)

「Sの宝くじ(ロト&スクラッチ)購入記録。」(昨年の6月から12月まで。)

<2021年6月~12月>

購入額:105800円(1ヶ月平均17633円)

(尚、ボーナスポイントで+37200円分購入している。購入総額は143000円となる。)

当り額:7600円(6月から12月までの合計)

実質負け:98200円(一ケ月平均:16367円赤字)

購入回数:64回

パチンコがロト、スクラッチに変わっても、ギャンブルからは離れられないSの現実。

(メモ2)

昨日は久しぶりにSの友人が訪ねてくる。

3人で、その友人がネットでレンタルしたスピルバーグ版の「ウエストサイド物語をみる。

Sの好きな思い入れの深い映画でもあり、久しぶりにハイテンション。

改めて、ジョージ・チャキリス、ナタリー・ウッド版が懐かしかったようだ。当時の色々な思い出も語っていた。

挿入曲をピアノで弾いたりして楽しんでいたが、そのあとはお決まりのOFF状態。

昨日は夜はもちろん昼間も幻覚が出ていた。愛犬や虫など・・・

私は一昨日からぎっくり腰で、歩行も辛い。

2022年4月17日 (日)

長門の海へ。東深川から川尻岬。(殿敷侃への旅)

殿敷侃の墓前に御花をお供えしたいと前々から思っていて、数日前、氏の葬儀が行われた浄土真宗法蓮寺(殿敷終焉の地、長門市東深川に座しています。)に電話を掛けてみたところ、30年前、葬儀だけでそれ以外は何も知らないと、そっけなくあっけなく話は終わり、気が削がれ、それで、その東深川は車で通り過ぎただけだったのでした。車窓からは近く或いは遥かに長門の海が見えていました。

2022年4月16日土曜日。風は冷たく快晴の長門行。

同行者なく、気ままにハンドルを握って先ずは、千畳敷へ。

そこから竜宮の潮吹(パンフレットなどでよく見かける元乃隅神社)、東後畑を経由(離合困難な狭い道が断続的に続きます)して二尊院へ。ここは楊貴妃の墓(伝説)の地。

そして、やっと川尻岬へ。もう日が傾きかけていました。キャンパーが数組、テントを張っていました。

息せき切って草原の端にある灯台まで細い急なアップダウンの激しい道を辿りました。そこから、さらに断崖絶壁の本州北西端まで、ロープを伝って下りました。

川尻岬は、殿敷が死の前年5月、「夢岬プロジェクト」を実行した地。此処に立ち、私は私の中でやっと、これまでとこれからの結び目が出来たような想いがしました。

(メモ)

2022年4月16日土曜日

10:10自宅出発~11:00山陽道廿日市IC~12:25富海PA発(他に玖珂PA,美東SAにも停まる)~13:30長門市東深川~

14:00千畳敷発~15:00竜宮の潮吹(元乃隅神社)発~15:30二尊院(楊貴妃の墓)発~

17:40川尻岬発~22:10自宅着

*走行距離448.4Km (往路234.7Km、復路213.7Km)

Img_4788

(長門市、川尻岬、2022.4.16)

2022年4月12日 (火)

灯浮標27(2022.4.12)パーキンソン病患者と暮らす、ということ。

ここ数日、幻覚幻聴の類が増えつつあるようだ。薬の副作用だけではないだろう。発症して17年。Sの脳がパーキンソン病としてのその威力をいかんなく発揮しているとも言える。

今日はデーサービスだったが、帰宅後、特に覚醒状態が芳しくなく、涎が服を濡らし続け、言葉は明瞭さを欠き、私の言葉は彼の脳には到達してはいなかった。

それが数時間続き、眠りにつく午後10時過ぎまで断続的に続いた。

依然として、曾ての愛犬たちがSとともに「現在」に存在しているようだった。

ウクライナの砲火は止まない。

2022年3月29日 (火)

灯浮標24(2022.3.29)パーキンソン病とギャンブル依存症、認知(症)のことなど。

(灯浮標23から続けて。手帳メモから。)

Sのパチンコ通い記録。

<2018年(H30 )>*この年の春、Sは持ち家を売却する。

1月:2回(30000円)、2月:5回(32000円)、3月:10回(100000円)、

4月:14回(145000円)、5月:11回(153000円)、

6月:2回(58000円)馬券(10000円)、7月:3回(37000円)馬券も購入、金額不明。

8月:1回(23000円)馬券も購入、金額不明、10月:1回(23000円)、

(9月、11月、12月はメモをとっていない)

<2019年(H31, R1 )>

1月:2回(金額不明)、2月:2回(7000円)、

*以降メモをとっていない。

9月、4年間に渡った、特定調停に拠る負債の返済が完了する。(実際のATM返済はSに代わって全て私が行う。)

この年の10月末、Sの肺に異常が見つかる。様々な検査が続く。

11月下旬には日赤入院。病名は「膿胸」。12月下旬の退院まで一か月余りの入院生活が始まっている。

退院と前後してCOVID-19 が中国から世界に拡大。

翌2020年、日本でも爆発的な感染。「膿胸」と新型コロナウィルスによって、結果的にこれらがパチンコからSを引き離すことになる。

(ただ、宝くじのロト、スクラッチ購入が代償行為的に続く)

さて、27日夜、S入浴、28日朝も昨日の入浴を忘れていて、また(シャワー)入浴している。昼は通院による言語リハビリ。夜、また(シャワー)入浴している。どうも、認知症的な傾向が見受けられる。

似たようなことがたびたび。

そして、今朝29日。5時には目覚めている。服薬がどうもあいまい。心配。

部屋に無数のカセットテープが散乱している。

昨日夕方排便はあったが、それまでの数日、Sの排便が思うようにいかなかったようで、体調の不調とも関連がある。便秘はパーキンソン病では顕著にみられる傾向だが。

2022年3月26日 (土)

灯浮標22(2022.3.26)パーキンソン病薬変更&ギャンブル依存症のことなど。

灯浮標21でも触れているが、ここのところ、というか、より一層多く強くなっていると感じられるのが、

幻視、幻覚、幻聴。傾眠、躁状態などである。

今日も言語リハビリの後、本人の希望でカラオケに行ったのだが、40分後ぐらいから傾眠の傾向が強く、揺り起こしても覚醒しなくなる。反応がほとんどない。

ちょうどかかりつけ医が近く、急遽、車にどうにか乗せて、連れて行く。

クリニックに着いた頃やっと我に返ってきた様子。

このままでは、私の介護の限界が近いと実感。

Sの思い、私の考えなど、先生に色々、現況について話す。

取り敢えずは、ミラベックス錠を一日3錠から2錠に減らすこと。さらに(これは私が強くお願いしたことではあるが)新しく飲み始めたオンジェンティス錠を、今後は毎回半錠に割って服用させてみることに。果たして改善するかどうか。

昨夜はやはり日付が変わる頃には目を覚ましていた。気分を落ち着かせて寝かしつける。朝4時過ぎにまた起きていた。再び寝かしつける。

朝食後も1時間半ぐらい車いすに座ったまま眠って居る。こうした状況が半年ぐらい特に顕著になってきているような気がする。

また、私の言葉を理解していないのではないかとも思う。

S自身、言いたいことがなかなか言葉にならない様子ですと、言語療法の先生に言われた。

ろれつが廻らないことも度々。

血圧は概ね低めではあるが時おり高くなる。

これから先への不安材料があまりに多い。

(メモ)

以前の灯浮標で触れていることではあるが、パチンコなどのギャンブルで作ったSの負債の件。

8月、簡易裁判所でクレジット会社との間で特定調停となり、その年2015年(平成27年)11月から以降4年間にわたる返済が始まったが、その返済期間中ももちろん、パチンコ通いは止むことがなかった。

私の手帖から。全てではないのだが、メモ書きをしているものだけでもその回数を記す。

回数チェックは翌年2016年からメモをとり始めている。実際は書き落としているものもある。

これは特定調停後の返済しながらのパチンコ通いであることを考えれば、何とも情けない現実がここにある。

<2016年(H28)>

1月:13回、2月:10回、3月:8回、4月:3回、5月:3回、6月:7回、

7月:4回、8月:3回、9月:5回、10月:4回、11月:4回、12月:7回。(計:71回)

(以下次回へ)

2022年3月25日 (金)

厳島・弥山登山(十数年ぶりに!)

2022年3月24日木曜日。薄曇りから晴れ。

思い立って、十数年ぶり、宮島の弥山に登ってきました。

もう何度もいろんなルートで上ったり、尾根つたいに縦走したりした宮島の弥山。

最後に登ったのは、たぶん十数年前。

足腰に自信無かったのですが、上ってみたくて、しかもかなりなハードスケジュール。

宮島行桟橋10時40分~(JRフェリー往復運賃360円)~宮島桟橋着10時50分~

紅葉谷コース11時5分登山開始~

~途中5分休憩をはさんで~弥山山頂(標高535m)着12時15分

(おむすびとバナナを齧って)山頂発12時45分~大聖院コースを下山1時36分~

宮島桟橋発2時10分~(JRフェリー)~宮島行桟橋着2時20分~帰宅

何とかなりました。翌日の筋肉疲労の辛さときたら。

それでも、瀬戸内海を望む景色は最高でした。

コロナ禍、観光客多し。

Img_4558