雪はやっと止んだ様子。午前3時過ぎ。
深夜1時過ぎ、階下に下りて、胚乳に失敗しておしっこまみれになっていたK君の介護。
洗濯物は膨大。
着替えさせて、シーツを換えて、染みた畳を拭いて、二時半ごろまでかかる。
そんな日常のなかで、相変わらず、左手が痛む。
深夜1時過ぎ、階下に下りて、胚乳に失敗しておしっこまみれになっていたK君の介護。
洗濯物は膨大。
着替えさせて、シーツを換えて、染みた畳を拭いて、二時半ごろまでかかる。
そんな日常のなかで、相変わらず、左手が痛む。
(近況メモ)
思い起こしてみれば、今年の4月から5月にかけて体調絶不調だったわけで、この秋、11月ほぼ3週間、またまた絶不調で、頭痛激しくカロナールやらロキソニン系の薬に頼っても辛く、お医者さんは、まあストレスが一番の原因と。口内炎もほぼほぼ一ヶ月治まらず。免疫力が落ちているんでしょう。
今夜は連れがちょうどショートステイ。私は久しぶりにRespite。
午前中は、予約しておいた胃カメラによる久しぶり胃癌検診。結果は問題無し。おまけにピロリ菌も見つからず、胃(医)的な意味でね、しあわせポリープ(ハッピーポリープ)があります。胃癌にはなりにくい体質でよかったね、とかお医者さん。
一応、先生に勧められるまま胃がん検診、大腸がん検診、肺がん検診、前立腺がん検診ともにセーフ。
今日は終日激しい脱力感で、検査後、自宅に帰ったものの、動くにも動けないほど。
ああ、やっぱりストレスでしょう。で、やっと頭痛ほぼほぼ収まり、口内炎もほぼほぼ消えかかり。
こうして、日付の変わった深夜、ミルクチョコを齧り続ける私です。
(ゆめも#1 2021.11.15)
ここのところ、頭痛がひどく、ロキソニン系やカロナールや湿布や消炎剤やら色々試してはみるが、なかなか鎮まらず。行きつけの医師からはまあストレスでしょうなどと軽くあしらわれ。
おまけに、口内炎も酷い。もう二週間消えない。
さてと、
母は女学校時代の友達との話が弾みよっぽど楽しかったらしく、一泊二泊したいと急に言い出す。
私は時間が気になり、バス停にある時刻表を眺めていた訳で、尾道方面からまだ福山にも用があるわけで、ここはいったい。恐らく吉舎か甲山、尾道のすぐ手前の長江あたりか。バス停のすぐ横に二階建ての日本家屋があり、その二階で母は同級生らしき女性二人と話が弾んでいるのだが、私にもう少し滞在したいと言うタイミングを捜していたとか。そう言って母は道を挟んで反対側にある食堂兼タクシー乗り場へ向かった。私は、その母の願いをかなえてやりたいが、用もあるわけで、いったい私はどうすればいいのか。父は家に待っているし。と、階下から私を呼び続ける声がして目が覚めた。あんなに楽しそうな嬉しそうな母の笑顔と笑い声を夢にしろ見たのは初めてだったのだが。もう旅立って十数年になるけれど。
(2021.11.15.未明)
昨日2021年11月7日は立冬でした。
そして今日は午後から冷たい雨。久しぶりに本降り。
明日は、寒くなりそうとか。
写真は先週6日(土)の女鹿平。広島近郊では、例年最初にスキー場がオープンします。
今年もそろそろ人工雪の準備が始まるのでしょう。
「冬かたみ」作詞:Azmi h eijima 作曲:Kamal 歌:Lulu&tonys
眠ってた ハンカチに
日が射して 広げれば
かわいた 足の爪
音も無く 転がった
髪 耳 頬 鼻
くちびる 首筋
抱きしめた 背中越し
感じてる 生きる意味
2)
冷えた足 手のひらで
包みこみ あたためた
爪切る 指先
あなたは 見ていた
抱き返し 微笑んだ
あなたと 生きて行く
眠ってた ハンカチの
思い出が 濡れて行く
ララララ・・・・・・
ララララ・・・・・・
(2020.11.8)
今年は、9月下旬と、11月上旬の2回、金木犀が開花。芳しいに香りを放っています。
中秋から晩秋へ。
25年ぶりの長門の海。
1996年9月10日の日付がプリントされた数枚の写真が出てきました。
あれから25年余。2021年9月19日(日)。
その同じ海まで車を走らせました。
長門市日置町二位ノ浜。
(平家物語ゆかりの地名。安徳天皇と共に入水した二位局(にいのつぼね)が打ち上げられたのがこの浜とか。)
美祢インターチェンジを下りてからの道のりは不確かで、途中なんどか道を迷いながらも、朝6時前に家を出てから3時間半。
時折雲が空を覆いながらもほぼ快晴。以前とほとんど変わらない小さな入り江に台風が去った後の波が打ち寄せていました。
サーファーたちが十数人波に乗ったり浮かんだり。
打ち寄せられた漂流物が浜を汚していましたが、波はそれなりに澄んでいました。
ただ、前回はまだ咲き乱れていたハマオモト(ハマユウ)の花は今回、時期が少し遅かったのか、殆ど散り果て、数輪、その名残が確認できるのみでした。
(メモ)
トノシキタダシ(殿敷侃)のこと。
1942(S17)年1月22日、広島市大手町で誕生。
1945(S20)年8月、母の背中で二次被爆。
1970(S45)年、朝日ジャーナル(12月6日号)表紙に「は(2)」(油彩)掲載。
1972(S47)年2月、国鉄退職。山口県長門市東深川に転居。
1975(S50)年、「自画像の風景」(油彩)
1977(S52 )年「ドームのレンガ」(銅版)
1977(S52)年、「釋寛量信士(鉄かぶと)」(油彩)
1978(S53)年、「釋寛量信士(父のつめ)」(油彩)
1978(S53 )年、「釋妙昭信女A(じゅばん)」(油彩)
1981(S56)年、「ケロイド(1)」(シルクスクリーン)
1987(S62)年、45歳
3月15日(日)、山口県大津郡日置町二位ノ浜、
インスタレーション「山口ー日本海ー二位ノ浜、お好み焼き」
7月18日、広島平和公園、インスタレーション「赤くぬられてヒロシマがみえた。」
1989年(H2)、インスタレーション「タイヤの生る木[plan.5]」
1991(H4)年、山口県油谷町川尻岬、インスタレーション、夢岬プロジェクト「夢装置」
1992(H5)年2月5日、絶筆「僕は 夜明けを 信じた」
1992年2月12日死去、50歳
*2021(R3)年5月13日付中国新聞記事に「殿敷侃 長門のアトリエ近く取り壊し 周縁で世界見つめる 来年没後30年 原爆原点に創作」。
YouTube: 月亮歌(げつりょうか)lulu&tonys[練習中]
今年の中秋の満月は。雲に隠れて。それでも十六夜はくっきり。
「路傍の歌」
作詞:Azmi H Eijima 作曲:Kamal
届け 届け 君に 君に
届け 届け 僕の 気持ち
歩け 歩け 君に 君に
歩け 歩け 僕の 気持ち
伝えたいから
歌え 歌え 涙 拭い
笑い ながら 僕の 気持ち
伝えたいから
ラララ ラララ ラララ ラララ
ラララ ラララ ラララ ラララ
歩け 歩け 君に 君に
歩け 歩け 僕の 気持ち
伝えたいから
(2021.8.2)