2022年3月 7日 (月)

灯浮標12(2022.3.7)パーキンソン病と依存症。(遠い砲撃)

3月7日。朝4時、階下からSの呼ぶ声に目が覚める。

まだ寒い。

朝7時の薬を既に服用している。

左の腰、脚、手首は両側。それぞれに鈍痛。

今朝は特に首回りも痛い。

それでも階下に向かう。

左脇から胸にかけて痛がる。消炎剤の塗り過ぎという。

タオルをレンジで温めて蒸しタオル状態にして、脇に詰めてやる。

今日は午前中にケアマネージャー。

午後は言語リハビリ通院。そのあと、4週間ごとの神経内科通院予定。

正直、疲れが取れていない。

Iホーンを開くと、ウクライナのニュース画像。

遠く、ロシア軍からの砲撃の音。恐らくキエフは、陥落しない。

ただ、犠牲者は増えるばかり。

2022年3月 6日 (日)

灯浮標11(2022.3.6)パーキンソン病と依存症のことなど。(受容と我欲)

今にちゃんと向き合い、現実を客観的に見つめ、受け入れる努力をすること。

先日訪問リハビリの先生から「受容」を説かれたS.果たしてどこまで理解しているか。

それで思い出すのが、通所リハビリで、また別の先生の口から、昔ふと漏れた「パーキンソン病の患者さんは、往々にして我欲が強い。ほんの少しでもその欲を捨てたら少しは楽になると思うのが・・・」という言葉。

「受容」と「我欲」については、私も思うところがある。機会があれば、その気になればまた書いてみたい。

(メモ)

臨床調査個人票にかかりつけ医が記入されたものから。(2021年6月)

発症年月 2006年1月。

・安静時振顫有。

・歯車様強剛有。

・動作緩慢有。

・姿勢反射障害有。

・抗パーキンソン病薬の効果有

・L-DOPA製剤使用の有無、使用中。改善がみられる。

・その他としてイストラデフィリン使用。改善がみられる。

・介助歩行

・後方突進現象有。支えないと倒れる。

・Yahr4度。

・日常生活機能障害2度。

・筋強剛有。

・頑固な便秘有。

・症状は進行性。

・症状の日内変動有。

(パーキンソン病関係処方)

マドパー配合錠、(手足の震えを抑える)

ランドセン錠0.5mg(けいれん発作を抑える)

ノウリアスト錠20mg(手足の震えを抑える)

ミラベックスLA錠0.375mg(手足の震えを抑える)

リリカカプセル25mg(神経性の痛みを和らげる)

ヨーデルS糖衣錠ー80 80mg(便通を良くする)

アローゼン顆粒(便通を良くする)

テグレトール錠100mg(けいれん発作を抑える。気分を抑える。神経の痛みを和らげる)

新レシカルボン坐剤(便通を良くする)

サイレース錠2mg(寝つき、熟睡を促す)

MS温シップ「タイホウ」(痛みや炎症を抑える。)

ポルタレンゲル(ここ数か月は処方なし)

(他の内科クリニック)

アムロジピンOD錠5mg(血圧降下剤として)

オルメサルタンOD錠10mg(血圧降下剤として)

ロスパスタチン錠2.5mg(コレステロールを下げる)

ネキシウムカプセル20mg(胃酸の分泌を抑える)

ジクロフェナクNaゲル1%「SN」(筋肉痛、関節痛、炎症、痛みを抑える。)

MS温シップ「タイホウ」

2022年3月 5日 (土)

灯浮標10(2022.3.5)パーキンソン病と依存症のことなど。(今回はルーティン&受給者証など)

昨夜から今朝にかけては、私が小便で2度起き。その度にSを看る。一度目は1時過ぎ。二度目は5時半過ぎ。二度目の時は床のマットレスからベッドに移動していた。体勢を変えてやる。7時の薬を早めに飲ませる。

一昨日は、午前中、訪問看護(月1回)。午後、市内の内科クリニックへリハビリ通院(隔週)。(もう十年以上になる古くからの作業療法士さん。特にパーキンソン病に精通しておられる。色々と相談にも乗っていただける。)

昨日は午前中、通所リハビリ(言語療法。週2回)。午後は男性ヘルパーさんによる入浴介護(週1回)。

今朝は薄っすらと霜。今日はデーサービスの日(週2回)。

今回は、Sの利用している保険証などを書き込んでみる。

・後期高齢者医療被保険車証

・重度障害者医療費受給者証

・特定医療費(指定難病)受給者証

(自己負担上限額管理票)

・介護保険被保険者証

・介護保険負担割合証

・介護保険負担限度額認定証

・身体障害者手帳

(毎年その全てではないが、それぞれ更新年月が近づくと諸手続きが必要となる。)

(以下次回)

2022年3月 3日 (木)

灯浮標9(2022.3.3)春とは言えど。(パーキンソン病と依存症。などのブログです)

1月2月は、久しぶりに、数年ぶりに、いわば本来の寒さ、だったような。とくに2月下旬の雪は10日間以上続き、冬とはいえ、やはりつらく、Sもパーキンソン病の症状顕著。すくみ足、睡眠障害など辛かったようで。それでも、夜中に私を呼ぶことは比較的少なかったようだが、それもつかの間、3月になり若干暖かくなると同時に、やはり、夜はなにかとトラブル。

1日の夜、2日の夜、続けて呼ばれる。12時とか、2時とか、3時台とか。私自身頻尿もあり、それに加えての夜中の介護は体と精神に応える。

因みに、2日午後は訪問リハビリ。

(Sは自分のギャンブル依存症のことを先生に話そうとしたようだが、結局話せず。)

3日午前は訪問看護。午後は隔週のリハビリで市内へ。

連日なにやかや。

朝から、快晴。なれど、体と頭が、しんどい。二人とも。

2022年2月28日 (月)

灯浮標8(2022.2.28)パーキンソン病とテストステロンのことなど。

今朝も団地の坂道を救急車が駆け上がって行く。この団地は造成して入居が始まりすでに50年前後ではなかろうか。高齢化率が高い。まさに頻繁にという表現がふさわしいくらいに、救急車の音を聞く。

(メモ)

朝食事、テレビで男性の更年期障害について特集をしていた。

そこで耳にしたのが「テストステロン」。これは私の記憶にあった言葉だ。

確か、パーキンソン病となんらかの関連性がなかったのではなかろうか、と。

ネットで検索してみると、やはり多くの関連サイトが見つかる。

例えば「パーキンソン病を有する男性におけるテストステロン療法」、「テストステロン欠乏症によるパーキンソン病を有する男性患者における難治性非モーター症状」等々。

鬱症状であるとか、怒りっぽくなるとか、気分が頻繁に変わるとか、極度の倦怠感であるとか、様々な症状がみられる所謂更年期障害は、既に私にも多くあてはまるわけで、他人事ではないのだが、イライラはパーキンソン病であるSの介護にも負うところもあり、また自律神経失調性的症状もみられ、加齢と共に、複合しているのだろう。

ただ、sのパーキンソン病特有の症状が、テストステロン物質の欠乏にも拠ることもまた重要なファクターの一つなのだろう。

などとテレビを見ながらふと思った。

だからどうこうというわけではないのだが。

さて、私の横でSは、何時ものこととはいえ、食事をしながら既に意識が覚醒せず、食べ物をこぼしつつ・・・。ここ半年、いや1年、よくみられる傾向。覚醒状態と非覚醒状態のその変わり目もよく分からない。

今朝私が階段を下りて行った(夜2時過ぎ、5時過ぎにはいびきが聴こえ、よく眠って居たようだが。)6時過ぎ。(階下の部屋で一人眠っている)Sは既に衣服を自分で脱ぎ、シャワーを浴びていた。本当は、一人で早朝にそういった動作はやって欲しくは無いのだが。浴室で万が一の転倒など、怖い。

それから着衣を手伝う。おむつは今日は嫌がり、パンツを穿く。

午後1時からリハビリテーション病院で言語療法リハビリがある。これは月曜と金曜日の週2回。言語療法士と相性がいいのか、先ず先ず積極的である。それもあって、自分から用意をしているのだが、昨夜は血圧の薬を飲み忘れている。これは私の確認ミス。

昨日あたりから昼は気温も10度台まで上昇し、春めく。

(以下次回)

昨日2月27日の、新型コロナ広島県内の陽性者は837人。ここ数週間ずっと高止まりだ。

ただあまり数字にばかり一喜一憂すべきではないのでは。とも思う。

ウクライナ情勢に関するマスコミ報道は少なくともテレビではあまりにも少ない。

結局ネットに頼るが、それもネットによる。何が真実か、事実か。

いずれにせよ、ロシアやアメリカの大国の論理の犠牲になるのは何時も市民であるという事。

先ず、プーチンのロシアは撤退すべきだ。

2022年2月26日 (土)

灯浮標7(2022.2.26)パーキンソン病と共に。黄砂飛来。世界はどんよりとして憤りの中に。

時系列の整理を。

Sがパーキンソン病を発症したのは、医師のカルテでは2006年1月となっている。

定年退職まであと3年のタイミングで休職。休職は3年に及びそのまま定年他誌欲となる。

退職まで数年というタイミングですでに馬券など、ギャンブルにはまりつつあった。

それを決定的にしたのが、ネットで知り合った複数の人物の存在。

一種の洗脳と言えるのではないだろうか。

定年前後の事だと思われる。

定年退職した年。2015年。平成27年。夏の初め。Sは)べてを失っていた。負債を返すためにパチンコ通いという異常な日常。当時10歳と13歳の飼い犬の世話はパーキンソンの進行とギャンブルとでおざなりになりつつあった。私と共通の友人とで諭すが聞く耳を持たない。

債務超過の現実を前に、どうにも立ち行かなくなったSの日常。

結局簡易裁判所に助けを求め特定調停となる。こまごまとした書類集めやクレジット会社、簡易裁判所などとのやり取りは、全て私の作業となる。唯一の肉親であったSの姉にはSはすべてを話してはいない。

7月、私の家に犬二匹と共に同居。

この年の8月申し立てをし、9月特定調停が完了し11月から毎月の返済が以後4年(2019年まで)にわたって続くことになる。

二年後、Sは家と土地を手放す。そのお金は負債の返済とパチンコに消える。

その一年後飼い犬の内の一匹、ミニチュアダックスフンドが14歳で亡くなる。

その一年半後もう一匹の飼い犬だったコーギーが13歳の誕生日を待って夏、旅立つ。

その年の秋、9月負債完済。ただ、パチンコ通いは一向に収まっていなかった。

パーキンソン病によくみられるギャンブル依存症と考えられたが、Sは、私に医師への相談をさせなかった。Sの姉もギャンブル依存症が続いていたことについては知らない。

薬の調整によってもう少し何とかなったのではとも思うが、それも今となってはどうしようもない。私が甘かった面も多々ある。また、特定調停が始まった年の秋、ギャンブル依存から脱却を願って、依存症の会的なサークルに数回参加するが、Sはそれも次第に嫌がり止めてしまう。

2019年(令和元年)特定調停が終わって約2か月後、Sの肺に異常がみつかり入院。一ヶ月以上の入院。12月末に退院。

翌2020年1月、新型コロナウィルスで世間は騒然とし始めていた。

2月、膿胸、寛解。それからパチンコに1度。火は消えていない。翌年2021年秋にも1度。結局入院中から回数が激増してた宝くじのロトにのめり込む。

(特定調停後、ネット詐欺の一人が他都市でほかの被害者に訴えられ、Sも聞き取りの対象となる。刑事や検察庁からの聞き取り。私が立ち会う。)

2022年2月現在もロトは止まない。止むことはないだろう。

緩やかに進行するパーキンソン病の症状。現在ではすくみ足や振顫の回数も、継続時間もゆっくりと増加して行っているような気がする。

週2回のデーサービス。二回の訪問リハビリ。二回の通所言語リハビリ。週一回のヘルパーサービス。それとは別に週1回のヘルパーによる入浴介護。月一回の訪問看護。隔週の通院リハビリ。4週間に一回の神経内科通院(かかりつけ医となる。これはパーキンソン病発症以来のクリニックを、遠方であることなどから、私の負担も限界であり、今年別のクリニックに変更した。)

また、月一回のショートステイも。

どちらにせよ、当人の症状の進行(認知とはまだ言えないが、認知的症状(昼間の不確かな覚醒状態。)頻繁に起きる振顫、すくみ足、パーキンソン痛など)に加え加齢。更に私の加齢と長期に亘る介護からの蓄積した疲労もあり、先行きの見えない、将来への不安を抱えている。

もちろんSの見えない将来は不安である。言うまでもない。だが同時に、あくまで第三者である私の、当たり前ではあるがそう長くは無い、短い将来を考える。どう生きて行けばいいか、これからを。

<ロシア軍のキエフ侵攻!緊迫した世界状況!>

<収束を見せないコロナ禍>

2022年2月25日 (金)

灯浮標6(2022.2.25)パーキンソン病とギャンブル依存症。序の序の・・・

灯浮標5の最後に警察、弁護士等々に触れたが、結局のところ、SはSの職場にも迷惑が掛かるという事を利用にして、告発、或いは告訴までは踏み切れなかった。

ただ、お金を無心したのは彼らだけではなく。

Sが発病して数年後だったと思うが、兵庫県にある県立のリハビリセンターのうわさを聞いて、藁にも縋る気持ちで一ヶ月のリハビリ入院をする。が、そこのリハビリを私が見舞いがてら訪ねて、この目で見た限り、療法士はいかにも経験の薄そうな若者たちで、パーキンソン病に精通しているとは思えず、果たして、Sの体の状況は全く好転はしなかったのだ。却って状況は悪くなり、おまけに脊椎間狭窄症も病名までつけられ、入院から一か月後、コルセットを装着しての退院となった。そこで知り合ったギャンブルにはまってしまっていた男性からお金の無心を何度も受けることになり、断れず、融通するのである。(これは私が電話口ではっきりと断って終わるが。)

ネットで知り合った人物たちとは、なかなか関係が絶ち切れず、Sが負債を抱えてからも数年は続き、時にその中の一人には、私が厳しく進言するも耳を貸さず、さらに金銭を数回にわたって渡している。そうするうちに、ギャンブル依存症の傾向は強くなり、それは馬券へ、パチンコへと急加速していくのだった。枯渇するドーパミンを求めて・・・

(以下次回)

2月16日夕方からの雪は、結局24日の朝も止まず。こんなに厳しい冬は数年ぶりだ。


YouTube: 「雪の朝」lulu&tonys(完全版)

この詞が最初、頭に浮かんだのは、膿胸で入院していたsが退院間近だった12月末のこと。あれから年明け直ぐ、covid-19が猛威を振るい、パチンコどころではなくなるわけだが。今に続く、新型コロナウィルスが無かったら、果たしてSはギャンブルをやめていただろうか。悲観的になるのだ。退院してからも数回はパチンコに通っている現実を見れば!

<2月24日。ロシア軍がウクライナ侵攻。プーチンによる侵略戦争を許してはならない。>

2022年2月23日 (水)

灯浮標5(2022.2.23)出会い系詐欺からギャンブル依存症の加速。

ネットで知り合った複数の人物に言いくるめられたまま、その仔細は知らないのであるが、Sはその人物たちから乞われるままにお金を融通したらしい。最悪なタイミングというか、Sは3年間休職していた仕事を丁度定年退職。まとまった額の退職金が出たばかりで、それがほとんどそのままその人物たちへ流れたのである。その数年前から進行しつつあったギャンブルへののめり込みは、失ったお金の回収という名目もあり、一気に加速する。

すでに借金はかさみ、債務超過となっていた。

当時飼っていた犬二匹の世話はおざなりになりつつあった。

パーキンソン病とギャンブル依存症の関連性は以前からが医学的にも指摘されており、加速の大きな要因でもあった。

競馬もやっていたが、パチンコが圧倒的に多かった。

始めて入ったパチンコ店で大当たりをして、それが発端。

人物からの切羽詰まった金銭要求にこたえる為、パチンコ通いが続く。

取り返しのつかない事態が迫っていた。

私の叱責にも全く聞く耳は持っていなかった。

時系列は錯綜するが、詐欺まがい?の人物への対処をなんとかということで、警察や弁護士事務所にも、Sと同行も複数回する。

(以下次回)

2022年2月21日 (月)

殿敷侃「夢岬プロジェクト」(1991.5、川尻岬)から。「夢岬賛歌」のこと。

最新曲「夢岬賛歌」は、殿敷侃が彼の死の前年、1991年5月に山口県長門の川尻岬で行った「夢岬プロジェクト」へのリスペクトの意味も込めています。

実は、この詞を書いた時点で川尻岬へは行ったことがなく、その岬のイメージは想像であったわけで、その後ふと思い立ってネット検索。川尻岬は本州最西北端の岬で、しかもちゃんと灯台もありました。歌の世界観とは合っているようでありました。

そして、また、この曲の詞が浮かんだのは、朝方の布団の中。うとうと夢の中でした。

「夢岬賛歌」Lulu&tonys

作詞:Azmi h Eijima 作曲:Kamal

灯台の光とどくところ遥かに

明日を指し示し

夢を約束してくれる。

黄昏の風に吹かれて

朝焼けを纏う。

波の音は激しく

心騒ぐ。

1)

草原は 岬の端先へ

朝の光が 背中を押して

夢の岬へ 歩き始める

行く手で蝶が 舞い遊ぶから

悲しい気持ちは 捨てました

寄せては返す 想い出や

はじけて消えた 希望でも

きっと輝く 岬の空で

ああ ああ 夢よ飛べ!

明日を信じて 夢よ飛べ!

2)

灯台の 光を追いかけて

舟を漕ぎだす 夢を見ていた

黄昏どきは 朝焼けの色

羽を休める 岬の蝶に

悲しい気持ちも 拾います

寄せては返す とまどいや

一度は消えた 希望でも

きっと耀く 星の標よ

ああ ああ 夢よ飛べ!

明日を信じて 夢よ飛べ!

ああ ああ 夢よ飛べ!

明日を信じて 夢よ飛べ!

(2022.1.24)

今年の春ごろにでも、時間を見つけて、ぜひ、川尻岬を実際に尋ねてみたい。と思うわけで。


YouTube: 「夢岬賛歌」(ゆめみさきさんか)(試作)


YouTube: 夢岬賛歌(試作、アカペラ)

2022年2月20日 (日)

灯浮標4(2022.2.20)昨日は「雨水」だったけれど。空からも涎。

昨日2月19日は、二十四節句の雨水。

それでも、16日夜から断続的に連日の雪。

溶けかけては積もり、又溶けては積もりの繰り返し。

昨夜は雨でシャーベット状の雪に。

20日の今日も雪が降り続いている。湿った重い雪。

Sは昨日から一泊のショートステイ。

1月の終わり。2月の初め。sが低血圧で気絶すると言うハプニング。1回目はピアノの前に椅子に座ったままで反応が無くなる。2回目は車椅子で同様に。

いずれも昼、排便後15分から20分後ぐらいの出来事。ヘルパーさんが言う「反射」かなとも思うけれど。

医師や訪問看護師に連絡したり、まあ、事なきを得てほっとだったけれど、神経が休まらない。

一回目の時は記録を取っていないけれど、二回目の時は血圧が一時は67-45.脈拍52.

数分後には84-51.脈拍52.さらに数分後、上は100を超え、下も70台に。

2回とも、意識も20分から30分ぐらいで取り戻す。

今回のことで、オキシパルスメーターを買った。

ここ数か月の事だが、食後車椅子に座ったまま意識がもうろうとして、覚醒していないことがよくある。口角からは涎。医師に聞くと、パーキンソン病患者にはよくみられることだとか。

なんだか侘しくなる。

結局、緩やかに進行して、尚且つ、止まらない病だから。

外は依然として止まない雪。

(以下次回)