昏々。

昏い。のだそうだ。

昨年末、久しぶりに会った友人に寄れば、

俺のブログが、くらい。のだそうだ。

JR新大阪駅方面から淀川を電車が渡る。

葦の枯れた河川敷にブルーシートで覆われた「住まい」が見える。

煙が立ち昇っている。

何年も何十年も変わらない風景だ。

JR大阪駅は、ずいぶん新しくなったのだそうだ。

跨線橋は大屋根に覆われ、巨大な空間を人が行き交い。

風が吹き渡っている。

デパートが人を飲み込んでいる。

それでも、JR大阪駅から阪急梅田駅へと渡る横断歩道界隈は、

何年も何十年も変わってはいない。

混雑と喧騒のさなかに在り続けている。

高架下の僅かな空間には、橋脚ごとに、その脚元にダンボールが敷かれ、

人が住んでいる。

人はネクタイを締め、黒いスーツを着、

ダンボールの上に胡坐をかいている。

群集は押し合いながら、その「住まい」をすり抜けていく。

ありきたりな表現だけれど、

「在り来たり」な日常が何年も何十年も続いているのだ。

昏々と書く俺は、愚かだ。

分かっている。

「翡翠のペンダント」更新

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