喉の奥に、
食道が、ほら気管と分かれるちょうど、
そのあたりなのだけれど、
釣針があって、
飲み込むたびに、
引っかかるというか、
なにもかもが落ち込まないように、
その役割を果たしていて、
それでも、ええいって、勢い、飲み込もうとするのだけれど、
時には、押し戻されて、涙がにじむ。
何ものも、ほら、思い出すきっかけになっているわけで、
だから、押し戻したくはないわけで、
ええいって、勢い、飲み込もうとするのだけれど、
引っかかってしまう。
それは、その釣針の性。
不思議と、最近は、慣れたのか、
慣れって、恐ろしく。
釣針の針の痛みさえも、
薄らいできている。
でも、それでもやっぱり、今日のように、
遠い昔からの、
(裏切りの)メールが届いたときなどには、
その役割を果たしていて、
ええいって、勢い、飲み込もうとするのだけれど、
押し戻されて、涙がにじむ。
それでも、そこで、あきらめる訳には行かなくて、
飲み込もうとする。その繰り返しが、続く
紅棗「サフラン姫」更新