昨日、十数年ぶりに、安芸津の正福寺山へ、友人とお花見に行きました。
以前行ったときの同行者の半分は、もう既にあの世に旅立っています。
時の流れを実感させられます。
散り初めの桜の花びらが海風に舞い、お弁当の上を飾ってくれました。
瀬戸の島々を眼下に眺めながら、ぼ~と、していました。
友人:桜の木の下にはね。
私:死体だろ。
友人:誰だったっけ。
私:坂口安吾。
友人:そうか。
私:別に桜の木の下でなくたって、死体なんて、そこらかしこに散らばっているよ。
友人:そう?
私:うん。
友人:お弁当、食べよう。
昔、カンボジアを旅行したことがあります。もちろん内戦後のことです。クメールルージュ。そんな言葉が思い出されます。激戦の地の一つだった川へ至る緩やかな丘陵を歩いていたときのことです。行く手には、人の骨片が無数に散らばっており、その余りの夥しさにそれを避けて歩くことは、到底無理で、靴を通り抜けて、足の裏へ骨の感触が伝わってくるような気がしたものです。そのときのシーンは、乾いた風と共に、未だ鮮やかに甦ります。